4-06
「よいっ……しょっ、っとぉ!」
渾身の力で、カーテンを勢い良く閉めた。
一仕事を終えたというように、ナナシが手の甲で額を拭う。
「ふう……これでよしっ!」
ああ、ナナシの言う通り、これで怖いものを見なくて済むように――
「――って、根本的な解決になってなくないっ!?」
相変わらず取り乱しっぱなしの彩音に、ナナシはきょとんと呆けていた。
「え? いやあ、ここから出られるわけじゃないし、あんなのどうしようもないし」
「で、でも……アスモデウスさんに、知らせなくていいの? きっと今だって、攻撃されてるのよっ?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。さっきの鳥人間が万魔殿の中まで入れた試しがないし、放っておいても大丈夫って、万魔殿の主のアスモデウス様が言ってたんだもん」
胸を張って言い切ったナナシに、彩音は思わず唖然としてしまう。
「……な、なんで、そんなに気にしないの……? ナナシくんも、アスモデウスさんだって……いくらなんでも、おかしいわよぉ……」
情けない声を出す彩音だが、ナナシは相変わらずの調子だった。
「うーん、アスモデウス様に聞いても、生きるために必要な《何》を失ったのか聞いた時と同じでさ、聞くたびに変わるんだよねー。犯した《罪》のためだとか、受けるべき《罰》のためだとか、ただ単にアスモデウス様が《悪魔》だから攻撃してくるんだとか、この万魔殿の存在が《規律》に反するからだとか。まあ、適当に言ってるだけかもしんないけどね」
「………………」
無言でナナシの話を聞いていた彩音が、唐突にうずくまり、手の平で顔を覆った。
「ふ、ふえーん……も、もぉ、やだぁ~……みんな、変なんだもん……変なんだもん……」
「あっはっは、そりゃそうだってば。生きるために必要な《何か》を失ってる人しかいないんだもん。変じゃないほうが、珍しいんだと思うよ? あはは」
「ふえぇん……笑いごとじゃないわよぅ……ばか、ばかぁ……」
軟体化してしまったように、彩音は弱々しい声を上げ続ける。
しかしそこでナナシが――いつもとは違う、やや低めの声を発した。
「ところでさ、僕のこと、やっと部屋に入れてくれたね」
「……えっ?」
いきなり何を言い出すのかと、彩音が思わず顔を上げる。そこに立っているナナシは、いつもとは雰囲気が違うように思えた。
先ほどの《顔のない天使》の件――慌ただしくとはいえ、彩音は確かにナナシを呼び、そしてナナシはそれに応えてここにいる。
しかしそれは、もしかすると――大きな間違いだったのだろうか。
「ずっと、気になってたんだけど――おねえちゃんの《心の準備》が整うまでは、仕方ないかなって、我慢してたんだ。でも、こうしておねえちゃんの部屋に入れたんだから……もう我慢する必要なんて、ないんだよね――」
「な、ナナシ、くん……?」
ナナシくんと、くん付けで呼ばれる彼は、だけど本当は彩音よりずっと長い時を生きてきたのだ。それを思い出した瞬間、彩音は全身の毛がよだつのを鮮明に感じた。
年端もいかない少年の顔が、どことなくいやらしく、大人びて見える。その顔に《男性》を意識してしまった彩音は、背筋に何か疼くものが走るのを感じた。
「い、いやっ……な、ナナシくん、落ち着いてっ……!」
「えっへっへ……ダメだよ。僕、もう我慢なんて、できないんだからさぁ……!」
じりっ、と一歩、ナナシが足を前方へと踏み出す。彩音は逆に足を一歩引くが、後方は既に壁際だった。逃げ道の無いことを理解し、彩音が震える左手で胸元を押さえる。
一歩、また一歩、ナナシが足を前に出す。
「ま、待って、ダメ……ナナシくん、やめてっ!」
「ふふっ……そういうわけには、いかないよ」
「そ、そんなっ……」
じりじりと後ずさる少女――距離を詰める少年の姿をした《男性》
そしてついにナナシは――勢い良く、飛び掛かっていった。
「い、いやぁっ――!」
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