3-02

 入り組んだ通路を進み、再三に渡って横道に逸れても、大男は執拗に追ってくる。彩音の左手を引きながら逃げ続けていたナナシが、軽く頬を膨らませた。


「もぉ~、しつこいなぁ。いつもはこんなに追ってこないのに……おねえちゃん可愛いからさ、本当に気に入られちゃってるのかもよ?」


「え、縁起でもないことっ……はぁっ、い、言わないでっ……」


 息を切らしながら反論する彩音には、限界が少しずつ近づいている。このまま逃げ続けていても、大男が諦めない限りは、いずれ捕まってしまうだろう。


 そういう判断だったのだろうか――ナナシが、突拍子もないことを言い始めた。


「僕が囮になってアイツを引き付けるからさ、おねえちゃん、その間に逃げなよ」


「え? ……ええっ!? なに言ってるの! ダメよ、そんなことっ!」


「まあまあ、大丈夫大丈夫。えっとさ、この通路を先へ行ったところに、ぽつんって一個だけ部屋があるから、そこで落ち合おうよ」


「ちょ、ちょっと、ナナシくん……聞いてよ、危ないってば!」


「大丈夫だって。それじゃ、行ってくるから、また後でね~」


 ちょっとそこまで、と言わんばかりの軽い足取りで、ナナシは大男の雄叫びがするほうへ走っていった。と、次の瞬間――


「ほーらっ! こっちだよーっ!」


「ウゴォ……ウボォォォエアァァァ!」


 ナナシの声と、大男の一際大きな叫び声と共に、軽い足音と重い地響きが混ざり合いながら、少しずつ遠ざかっていく。


「……ナナシくん、お願いだから、無茶しないでよっ……!」


 ナナシの命知らずな行動に冷や汗をかきながら、彩音は彼の言った通り、通路の先へと進むことにした。


 その刹那――蝋燭に照らされてもなお薄暗い通路の先に、彩音が人影を確認する。びくりと身体を大きく震わせて、彩音はそのまま立ち止まってしまった。


「なっ、あっ……だ、誰なの……?」


 彩音の問いかけに答えるように、人影はおもむろに近づいてきた。その姿が蝋燭の明かりではっきり照らされるのと同時に、彩音は思わず息を呑む。

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