3-03

 そこに現れたのは――この世の者とは思えないような、絶世の美女だった。


 すらりと細い手足は作りの良い芸術品。覗く素肌は透き通るような白絹。神の気まぐれによって作られたのかとさえ思える美麗な顔立ちは、眉根一つも微動だにしていない。


 腰にまで届きそうな銀色の髪は、この薄暗い場所にあって、蝋燭の光を反射して薄っすらと輝きを放っているようにさえ映る。


 ただ、その碧い瞳からは一切の輝きも窺えない。全く生気を感じさせないその佇まいは、まるで良く出来た人形のようだった。


「……メイド、さん?」


 彼女の衣服は、まるで使用人の着る《それ》だった。見た目にすら高貴な雰囲気を醸し出す彼女には不釣合いでありながら、それが逆に美しさを引き立てる要素とさえ思える。


 異性同姓の別なく、彼女を見れば惚けて立ち尽くしてしまうだろう。それは彩音でさえも例外ではなかったのだが――


「ヴォオォォォ……」


 思わず見惚れて立ち尽くしていた彩音の思考を、遠くに聞こえる大男の咆哮が現実へと引き戻す。ここで惚けているわけにはいかないと、彩音は改めて逃げ出そうとした。


「あの、えっと……あなたも、早く逃げたほうが良いですよ?」


 彩音が遠慮がちに声を掛けるが、使用人姿の美女は一切の反応を示さない。


「あ、あの……早く逃げないと」


「……おはようございます、お嬢様」


 不意に彼女から紡がれた言葉は、鈴の音のように透き通って響いたが、その内容はいまいち会話として成立していない。


「えっ? お、お嬢様? あ、じゃなくって、逃げないと……」


 こうしている間にも、大男の声は彩音達のいる場所にまで響いてきている。ナナシが引き付けてくれているとはいえ、いつまたここへと迫ってくるかも分からない。


「……っ、と、とにかく、あなたも逃げるんですっ!」


 彩音が左手で彼女の手を引くと、彼女は特に拒否の姿勢も見せず付いてきた。


「かしこまりました、お嬢様」


「えっ……あっ、きゃあっ!」


 彩音が手を引いていたのも束の間のこと。美女はその細い腕からは考えられないような力で彩音を担ぎ上げ、同じく細い足からは想像もつかない速度で駆け出した。


「あっ、あの、ちょっと!」


「お嬢様、舌を噛みませんよう、ご注意くださいませ」


 美女に注意を促され、お姫様だっこされるような形で担がれていた彩音が、思わず口元を両手で押さえる。


「……も、もうっ、今度は一体なんなのよっ!」


 彩音が思わず発した言葉に、今度は何の返事もなかった。

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