2-05 第二幕ラスト

 と、ナナシが部屋の外から見えない壁に飛びつく勢いで、彩音に向けて目を輝かせる。


「で、で、パントマイムって、なんなの? どういうの? 僕、さっきそれやってた? どんなのか、おねえちゃん、やってみてよぉ」


「えっ? えっ、と……でも、あの」


「早く早く! パントマイムー!」


「あの、えっと、恥ずかしいし……今日は疲れてるから、また明日じゃ……ダメ、かな?」


 頬を僅かに赤らめて俯く彩音に、ナナシが少しだけ残念そうに頬を膨らませる。


「ええ~っ……、っていうのがだけど……うん、疲れてるっていうなら仕方ないかなぁ。うん、それじゃ、寝て起きたら、今度こそ教えてね!」


「えっ? 正しいかどうか微妙って、どういう……あっ、ナナシくんっ?」


 彩音の問いかけが届くよりも先に、ナナシは自分の部屋へと戻っていった。彩音は自室の扉を閉めながら、少しだけ申し訳ないという気分に陥ってしまう。


「……あんなに案内してくれたのに、悪いことしちゃったかな……私ばっかり、質問攻めにしちゃったし、少しくらい教えてあげたらよかったのかしら……」


 多少の罪悪感に囚われながら、彩音はベッドに腰を下ろす。ピアノのほうへは視線を向けないよう注意しながらベッドへ勢いよく寝転ぶと、スカートのポケットから太ももの外側へと異物感が伝わった。


「あっ……スマホ」


 そこでようやくスマートフォンの存在を思い出した彩音が、スカートのポケットから取り出す。画面をタップしながら、表示される内容を確認した。


「圏外か……当たり前よね」


 こんな場所にまで、電波が届いているはずもないだろう。明らかに外界から切り離されたようなこの場所で、期待していたわけでもないが、何となく溜め息を吐いてしまう。


「……お母さん、心配してるかな……」


 今まで家出すらしたこともない彩音にとって、それは確かに残された気がかりではある。

 けれど、それでも彩音は、この万魔殿に住むことを決めた。元いた世界への執着など、完全に失ったと思っていたのだ。


「…………」


 スマートフォンをスカートのポケットに入れ直し、ピアノからは背を向けるようにして寝転ぶ。よほど疲れていたのだろうか、目を閉じてから意識が落ちていくまで、時などほとんど要さなかった。

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