1-05

「さあ、着いたよ」


 数分と歩かない内に、少年がそんなことを言いながら立ち止まった。突然だったもので、彩音も思わず戸惑ってしまう。


「……着いたって?」


の、ご主人様の部屋」


 少年の言うとは、城とも館ともつかぬそのものを指しているのだろう。


 その部屋の扉は他と比較しても非常に大仰で、見ているだけでも重苦しさが伝わってくるようだった。そしてその部屋にいるのは、この不思議な場所の主なのだと少年は言う。


「じゃあ、適当に挨拶してきなよ、おねえちゃん」


「えっ? な、ナナシくんはついてきてくれないの?」


「うん、邪魔しちゃ悪いしさ。おねえちゃんが出てくるまで、この辺で待ってるから、安心してよ。案内も終わってないしね」


「……そ、そう……」


 若干の不安は拭えないまま、彩音は一つ深呼吸してから、重たげな扉に手を触れた。


 ――ギィ、と重苦しそうな音を立てながらも、しかし扉は羽のように軽い。まるで、初めてここへ来るときに触れた、あの入り口の扉のようだった。


「…………」


 彩音は心細さから、ついナナシのほうを見た。ナナシは軽く破顔して――


「いってらっしゃい! おねえちゃん!」


 何とも快く送り出してくれた。


「……い、いってきます」


 もうどうにでもなれ、と彩音は若干投げやりになりながら、室内へと足を踏み入れた。

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