第27話:ねえホト君。本当のことを教えて
突然ふわり先生が「ホト君って、やっぱりウチのクラスの穂村君だよね」と言い出した。
ただならぬ雰囲気を察して、
これは俺とふわり先生が周りの目を気にせず話せるようにという配慮だ。
こういった話に変に絡んで手助けをするんじゃなくて『自分の力で解決しなさい』と俺を突き放す。
真紅姉さんって、そういう人だ。
──俺はふわり先生の質問に即答した。
「いや違うよ」
ふわり先生の言うことを認めてしまったら、バイト禁止の校則に反しているのが学校にバレてマズい。
それに、今の俺はふわり先生を好きなことを自覚してしまっている。
バーテンダーのホト君としてなら、先生とこうして近しい特別な関係で接することが可能だ。
だけど俺が先生の教え子だってわかってしまうと──
それはもう先生としての立場上、俺と特別な関係で居続けることはできない。
それは俺のことを好きなふわり先生にとっても、望まないことのはずなのに。
なぜ先生は、あえてそこを深くツッコんでくるんだろうか。
「ねえホト君。本当のことを教えて」
ふわり先生が俺を見つめる眼差しは、どこまでも真剣だった。
ああっ、誰か他の客来ないかなぁ!
そしたらこの話題から話を逸らせられるのに。
だけどこういう時に限って誰も来ない。
「ホントだよ。ふわりちゃんだって、さっきは『完全に別人だ』って言ったでしょ? なんでまた急に、ワタルと俺が同一人物だって言いだすんだよ?」
「あのねホト君。……いえ穂村君。実は私、わかってるの」
「……な、なにが?」
ふわり先生はとても悲しそうな目をしている。
「ホト君と穂村君が同一人物だってこと」
「だから違うって」
「学校で穂村君と身体が密着した時に気づいたのよ」
「……え? なにが?」
「まず、ホト君と穂村君の香りが同じだった。シャンプーの匂いも、全身から感じる匂いも。私、匂いにすごく敏感なのよ」
「そんなの偶然同じってことあるでしょ」
「それともう一つ。穂村君とホト君。二人ともあごの下の同じ場所にホクロがあるの。しかも3つも」
「……え? あごの下にホクロ?」
そんなの知らないぞ。マジか?
「自分じゃなかなか見えない場所だし、小さなホクロだからね。でもいくら
「いや、あるよ。それは偶然だ」
可能性が低いことであっても、ゼロじゃない。
だからあくまでしらを切りとおす。それしかない。
──って決意した俺の心を切り崩すように、ふわり先生が、俺の心に真っすぐ届くような優しい声で語りかけてきた。
「あのねホト君。聞いてくれる?」
「なにを?」
「実は私ね。ホト君と穂村君が別人だったらいいのに。別人であってほしいって、心から願ったの」
ふわり先生の澄んだ瞳が俺をじっと見つめている。
俺は思わず息を飲んで、何も声を出すことができなかった。
「香りのこととかホクロのこととか。完全に二人は同一人物だって確信してからも、私は二人が別人だって思い込もうとしたの」
ああ、だから時々、突然『まったく別人』だなんて言ったのか。
「二人が別人なら、私はホト君を好きなままいられる。だけどホト君が穂村君なら恋愛なんて許されないもんね。自分の生徒なんだから。だから二人が同一人物だって事実にはこのまま蓋をして、ホト君との恋が上手くいくように頑張ろう……なんて思ったの。だけどね、穂村君。私……」
心の底から思いのたけを吐き出すように、ふわり先生はそこまで一気に話した後、大きく息を吸った。
「私はやっぱり教師なのよ。私の個人的な感情で、生徒の人生を狂わせるようなことは絶対にしちゃいけない。そう思い直したの」
生徒の人生を狂わせる?
そんなことあるもんか。
──そう考えていたら。
先生は突然ポロポロと大粒の涙を流し始めた。
「私だってね。私だって……ホントは気づきたくなかった。このままホト君との関係を続けたかった。でもね。でも……気づいちゃったのよ。仕方ないじゃない。気づいてしまった以上、教師として、知らないふりは続けられない」
「せ……先生……」
そうか。だからふわり先生は『完全に別人』って言ったと思ったら、なにやら思いつめるように考え込んでから、やっぱり同一人物だって言い出したのか。
「私は、だから、真実を知りたい。いえ、真実を知るべきなの。ねえホト君。キミは本当は穂村君だよね?」
「あ、いや……」
やっぱり本当のことは言いたくない。
このまま嘘をつきとおす方がいい。
そうすれば今までどおり、ふわり先生と特別な時間を過ごすことができるんだから。
「お願い。ホントのことを言って」
涙をぼろぼろ流しながら、心の底から絞り出すような声で訴えるふわり先生。
自らの恋のことよりも、教師としての責任を全うしようとする責任感の強いふわり先生。
こんな姿を見せられたら、俺は──
「うん。騙しててごめん。俺、穂村ワタルだ」
ついに本当のことをふわり先生に明かした。
「だよね」
既に確信していたからだろう。
ふわり先生は驚く様子はなくて、納得するように微笑んだ。
「私の方こそごめん。教師なのに、生徒である君に恋をしちゃって。私、教師失格だ」
「なに言ってんだよ。ふわり先生は自分の生徒だって知らずにホトと接していたんだから、何も悪くないだろ。それより先生だってわかっていて、隠していた俺の方が悪い」
「でも穂村君はバイトしてるのがバレるのがいやだったんでしょ?」
「あ、まあ……」
「それは仕方ないよ」
先生は俺がバイトをしているという校則違反は一切咎めることなく微笑んだ。
「あのね穂村君。やっぱり悪いのは私だよ。だって教師と生徒だってわかっても……やっぱりキミを好きだって気持ちは変わらないの。やっぱり教師失格だね」
ふわり先生は……教師失格なんかじゃない。
「待ってよ先生。俺も……ふわり先生が好きだ」
俺が初めてはっきりと気持ちを告白した瞬間。
ふわり先生は静かに微笑んだまま、俺を見つめた。
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