第28話:ありがとうホト君

「ありがとうホト君」


 涙を浮かべたまま、嬉しそうに微笑むふわり先生がとてもとても可愛い。

 この世のすべての女性の中で一番可愛い。ダントツで可愛い。


 そんな気持ちが胸にあふれた。

 カウンター越しに座るふわり先生が、あまりに愛おしすぎる。


 俺は思わずカウンターに手をつき、上半身を伸ばして、バーのカウンター越しにふわり先生の唇に口づけをした。

 先生は一瞬驚いたような顔をしたけど、目を閉じてキスを受け入れてくれた。


 ──まるで映画のワンシーンのようなキスだ。


 唇を離すと目を開けた先生が、恥ずかしそうに顔を伏せ、上目遣いに俺を見た。

 めちゃくちゃ可愛くて、俺、どうしたらいいんだろうって感じ。


「んもう、ホト君ったら」

「ねえ先生。教師と生徒だって、付き合うことはできるだろ」

「だめよ。付き合えない」

「なんで?」

「教師と生徒だから」

「真面目かよ」

「真面目で当たり前でしょ。教師なんだから」

「むぅ……」


 俺が納得いかない顔をしてると、先生は困った顔をした。


「こらこらワタル。駄々っ子みたいな態度を取らないの。大人には大人の事情があるんだから」


 突然、店の奥から真紅しんく姉さんが現われた。

 そしてカウンターの中で俺の隣に立って、ふわり先生に頭を下げた。


「今まで黙っていて、ごめんなさいね先生」

「あ、いえ……」

「私はこの店のオーナーで、十六夜いざよい 真紅しんくって言います。穂村ワタルの従姉いとこで、事情があってワタルは両親と離れてるから、今は私がコイツの保護者やってます」

「あ、そう言えば。知ってます」


 ふわり先生が即答した。両親が一緒に住んでいないこととか、従姉の姉さんが親代わりとか、担任の先生ならそれくらいの事情は知ってて当然か。


「まあ保護者としては、先生がワタルと付き合うことは全然オーケーなんですけどね。どうですか?」

「あ、いえ……えっと……」


 いたずらっぽく笑う真紅姉さんの言葉に、戸惑いを隠せないふわり先生。

 よしっ、ここはチャンスだ!


「ほら先生。保護者がいいって言うんだから、これはもう付き合ってもオッケーでしょ!」

「んんん……」


 指をあごに当てて考え込む先生。

 なにを考える必要があるんだよ?

 保護者がいいって言ってんだから、付き合えばいいっしょ?


「いいえ。やっぱり今は付き合うことはできない」

「え……? なんで?」

「いくら保護者がいいって言ったとしても、自分の教え子の穂村君と付き合うのは、他の生徒に対しても学校に対しても色んな問題がある」

「真面目過ぎるよ先生」

「そうだね。そうかもしれないけど、ケジメってものを私はちゃんとしたいの」

「ええぇぇ……」


 先生の言うのはわかる。そういう真面目で真っすぐな所がふわり先生のいい所だ。

 だからこれ以上無理を言ってふわり先生を困らせたくない。

 ──そう思った。


「わかった。今は付き合えないのはわかった。でも『今は』って言うことは、卒業すればいいってこと?」

「うん。穂村君の卒業まで待って、お互いにまだ好きなら付き合おう。いいかな?」

「うん、わかったよ」


 横で聞いていた真紅姉さんは、二人が決めたことだからと言って賛成してくれた。


 卒業までまだ2年もある。

 だけど先生に会えないわけじゃない。

 それどころか毎日学校で、先生の顔は見れる。


 しかし教師と生徒という範疇を超えるようなやり取りや、個人的に会うようなことはしないことに決めた。だからメッセージのやり取りもしない。


 また先生は、バーcalmカルムには今までのように頻繁に来るのはやめると言った。

 でもたまには顔を出してくれるみたいなんで、まあ良しとしよう。


 それにしても、だ。

 バーで女性たちのの姿を目の当たりにして、女っていう生き物に幻滅していた俺が。

 ついこの前まで、恋をすることなんてあり得ないと思っていた俺が。


 こんなふうに、真剣に付き合いたいと思うなんて。

 しかもそれが担任の先生だなんて。


 人生って、どうなるかわからないもんだよなぁ。


 ──なんてことを、めちゃくちゃ可愛いふわり先生の笑顔を眺めながら考えていた。


 うん、やっぱ可愛いぞ、ふわり先生。


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次回最終話です。

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