第13話:そんなカッコいいもんじゃねぇよ
いつの間に、誰が、どうやって
家に帰ってからもずっと考えていたがわからん。
バーでのバイト中も、つい気になってそのことを考えてしまう。
真剣に悩んだ難しい顔をしてることが多かった。
「今日のホト君は憂いを身にまとって渋いねぇ」
お客さんにそんなことを言われた。「まあね」と答えておいた。
そしたら客は「カッコいい!」とキャーキャー言って喜んでくれた。
顧客サービスみたいなもんだから、まあそれでいいだろ。
お客さんが引けた後に、今度は
「今日のホト君は憂いを身にまとって渋いねぇ」
「は? そんなカッコいいもんじゃねぇし」
さすがに真紅姉さんには、まあねなんてカッコつけたことは言えない。
大笑いされてこっぱずかしい思いをするのがオチだ。
「あはは。そんな切羽詰まった顔をするなんてあんたらしくないね」
「仕方ないだろ。俺のせいでストーカー野郎を刺激してしまったんだ。俺が何とかしなきゃ
「だからねワタル。そんな必死な顔をしてたら、見えるもんも見えなくなっちゃうぞ。もっと肩の力を抜けって!」
バシンっと背中を叩かれた。
「イテっっっ!」
相変わらず手荒い人だ。
だけどそのおかげで、何かが頭の中で閃いた。
あれっ?
今日、確かに笑川のすぐ近くまで近づいた男は誰もいなかった。
だけどストーカー犯が男だって、なぜ俺は決めつけてるんだ?
そっか。
──手紙の一人称は『僕』。
──可愛い女子をストーカーするのは男……という先入観。
──一週間前に笑川が男子を振ったという事実から、和田を怪しいと思い込んだ。
ストーカーは男だと頭から信じ込んでいたけど、もしも手紙の差出人が女子だとすると……
今日の昼間の記憶をもう一度辿る。
思い出せ。思い出せ。思い出せ。
そうだ。今日、笑川のすぐ近くまで近寄っていた女子が一人、確かにいた。
廊下を歩いている笑川に偶然ぶつかった女の子。
だけど俺はその子が誰なのかよく知らない。顔は見覚えがあるし同じ学年だ。だけど違うクラスの女子。
よし、明日笑川に確かめよう。
***
翌朝。登校してすぐに、教室で笑川を捕まえて、ストーカーはもしかしたら女子かもっていう話をした。昨日近くに寄ってきた女子に心当たりはないか訊いた。
「そう言えば昨日、廊下を歩いてる時にぶつかった子がいたね。えっと……あっ、3組の
「湯上さんって言うのか。俺が記憶にあるのと同じ人かな」
「うん。じゃあ確かめに行こ!」
「うわっ、引っ張るなよ!」
教室の中でいきなり手首を掴まれて、引っ張られた。
思わず大きな声を出してしまったから、クラスのヤツらが何ごとかと俺たちを見た。
やめてくれ。思いっきり目立ってしまってるじゃないか。
笑川に引っ張られたまま廊下に出て、3組の前まで移動した。
廊下に面した窓から、こっそり3組の教室内を覗く。
いた。確かに昨日笑川にぶつかった子だ。
ショートの黒髪にメガネの地味な女子。
「あれが湯上ちゃんだよ」
いきなり後ろから、耳のすぐそばで笑川の声が聞こえた。
しかも耳たぶに吐息がかかるというオマケつきでゾクゾクした。
「うっわ、びっくりした!」
思わず声を上げて、横っ飛びで距離を取った。
振り向くと、笑川がお腹を抱えてケラケラ笑ってる。
「ぷはっ、ホムホム面白ぉ~い」
「おい待て。大きな声を出すな。湯上さんに気づかれたらどうすんだよ。とにかくここを離れよう」
すぐに3組の前から立ち去った。だけど自分たちの教室に戻って話すのも目立ちそうだ。
廊下の突き当りまで行って、階段の踊り場横のスペースで話すことにした。
「湯上ちゃんって文芸部だよ。で、あたしが先週振っちゃった和田君も文芸部。部長だね」
なんと。そういう関係か。
そんな偶然があるか?
これはやっぱり湯上さんがストーカーだという可能性が高いな。
「わかった。今日の放課後にでも、俺が湯上さんと話をしてみる」
「あたしも一緒に話そっか?」
「いや、俺一人の方がいい。もし彼女が手紙の主だとして、直接の相手の笑川に問い詰められると真実を話しにくい気がする。俺に任せてくれ」
「ホムホムがそう言うなら任せる」
──あ、しまった。
自然な流れで、ついこんなことを言ってしまった。
確かに俺一人の方が話をしやすいと思っているのは事実なのだが。
そもそも笑川のために、俺がメインで行動する義理なんてないはずだ。
くそっ、俺ってお節介すぎるよな。
でもまあ、一度言ってしまったからには仕方ない。
「わかった。任せてくれ。でも、どうやって二人で話す機会を作るか、だな……」
知らない俺が急に湯上さんに話しかけても、二人で話せる場所まで来てくれるとは思えない。
「文芸部員だってことだから部室に行けばいいかもしれないけど、他の部員もいるだろうし……」
「ふわりちゃんに協力をお
「なんのことだ?」
「ふわりちゃん、文芸部顧問だよ」
小説好きでラノベ好きなオタク、
そう言えば確かに文芸部顧問だった。
「文芸部って今、部長の和田君と湯上さんの二人しかいないからさ。顧問の先生になんだかんだ理由をつけて、部長を呼び出してもらったらいいじゃん」
「それだ!」
「じゃああたし、ふわりちゃんに事情を説明して、お願いするよ」
「大丈夫か? なんなら俺が先生に……」
「ホントなら湯上さんとの話もあたしがしなくちゃいけないのに、ホムホムに頼っちゃうんだからさ。先生にお願いするくらい、あたしがすべきっしょ。ブイ」
また『ブイ』って口に出しながら両手でVサインをしてる。
それにしても──
笑川っていつも天真爛漫で、あまり深く考えていないように見える。だけど将来の夢と言い、今のことといい、実はものごとをしっかりと考えるタイプなんだな。
それがわかると、単に容姿がいいだけじゃなくて、人としても魅力的なんだという気がする。
──いやいや。女子に幻想を見るな。
バーで多くの女性客のウラを目にして、俺にはわかってる。
見た目は美人で表向きは愛想もいいけど、裏では性格悪い女が山ほどいることを。
「じゃあまたあとで。ふわりちゃんにお願いできたらホムホムに報告するよ」
「ああ、頼む」
「おけ。ブイ」
また両手でVサインをして天真爛漫にニコリと笑う笑川は、やはり超絶美人だった。
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