第14話:さあ、賽は投げられた

 昼休みの終わり頃に、笑川えみかわが声をかけてきた。


「ミッション完了なのである」


 なんだその口調。可愛いけど変なやつ。

 つまりふわり先生に事情を説明して、今日の放課後に和田を呼び出す手配が完了したらしい。


 そして放課後になった。

 いよいよ──湯上ゆがみさんと直接話す作戦決行の時間がやってきたのである。


***


 教室から文芸部室に移動する湯上さんのあとををこっそりつける。

 途中、ふわり先生が廊下で和田を呼び止めるのが目に入った。


「和田君、ちょっといいかな。教科準備室まで来てくれる?」

「あ、はい。湯上、先に部室行っといて」

「あ……うん」


 和田は湯上さんに声をかけて、ふわり先生と二人で職員室の方向に向かって歩いて行った。よし、作戦通りだ。


 部室に向かう湯上さんの後ろをさりげなく着いていく。そしてが一人で文芸部室に入っていくのを見届けて、俺は一度深呼吸をした。


「さあ、賽は投げられた。──今風に言うなら、スタートボタンはタップされた、だな」 ──知らんけど。


 などとアホなことを考えながら、文芸部室のドアを開けて、中に入る。

 部屋の中ほどに立っていた湯上さんは、ぎょっとした顔で俺を見た。

 俺は後ろ手にドアを閉める。


 改めて正面から彼女を見た。

 ショートの黒髪にメガネ。長めのスカートにきっちりとしたブレザー。

 小柄で地味で、いかにもオタクな女子だ。


 うん、嫌いじゃないぞこういうタイプ。

 普段ケバい女性を大勢見ている反動か、こういうタイプを見るととても落ち着く。


 心のオアシスと呼ばせていただこう。

 でも今はほっこりしている場合ではない。


「こんにちは」

「えっと……何の御用でしょうか?」


 後ずさりながら、小動物のようにびくびくしている湯上さん。

 いかにも気が弱くて、コミュニケーションが苦手だとわかるおどおどした話し方だ。声が震えている。

 これってはたから見たら、どう見ても俺の方が悪役キャラだろ。


 なんか俺が弱い者いじめしているみたいでやだな。

 とにかく早く話をつけてしまおう。


「単刀直入に訊くけど、笑川えみかわさんをストーキングしたり、脅迫するような手紙を出したの湯上さんだよね?」


 笑川から預かっていた手紙を上着の内ポケットから取り出して、封筒のまま湯上さんに見せた。

 小動物のような女の子はぎょっとした表情になった。


「え? わっ、私じゃないですっ! いったいなんの証拠があって、そんなことを言うのですか?」


 ──うーむ。もしかしたらなかなか口を割らずに、真相を究明するのに手間取るかと心配したけど……この感じだと大丈夫そうだな。


 今のリアクションで、十中八九、犯人は湯上さんだと確信できたし。


「あのさ湯上さん。普通いきなりこんなこと言われたらなんの話かって、きょとんとするよね。『私じゃないです』って返答は、俺が言ってる内容を理解してるって証拠だよ。つまりキミが犯人だ」

「あ……」

「さらに。古今東西、探偵物で『証拠はあるのか?』発言をする登場人物って、だいたい真犯人だよね」

「いえ……あの……えっと……」


 湯上さんは青い顔で呆然と立ち尽くしている。

 うーむ……やっぱ弱い者いじめしてるみたいで気が引ける。


「自分がやった何かを隠し通すって、すごく心に負担がかかることだよ。ましてや、こうしてバレたなら尚更だ。今ここで本当のことを言ってしまった方が楽だよ」


 湯上さんはメガネの奥から、探るような目でじっと俺を見ている。あとひと押しだ。

 俺は自分のメガネを外して、手で前髪をかきあげた。そして彼女の目を見つめる。


 こちらの目がしっかりと見えている方が、相手に対する説得力が高まる。

 人は目を見て話される方が、ごまかしにくいものだ。


 湯上さんは俺の素顔を見て突然「あわふぅっ」って変な声を上げた。

 大丈夫か?


「ねえ湯上さん。俺は別にキミを責め裁くつもりはない。なぜあんなことをしたのか真実を知りたいのと、もう笑川えみかわを困らせるのはやめてあげてほしい。ただそれだけだよ」


 俺はバーで多くの女性客から『癒されるイケボ』と評される声で、できるだけ優しく、諭すように話した。


 言ってることはすべて本音だ。

 ──伝われ、この想い。


「ふぁっ……は、はい。わ、わかります。ごめんなさい」


 小動物系の少女は観念した顔で、ぴょこんと頭を下げた。

 やっぱり湯上さんって、ホントは悪い人じゃなさそうだ。


「ありがとう。じゃあなぜあんなことをしたのか教えてくれるかな?」

「はい」


 湯上さんはぽつりぽつりと説明を始めた。

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