第2話 再開


 「ママさん、おかわりお願いします。」


 「はいはい、冬華ちゃんは食べっぷりがいいね。うちの娘なんて食が細くって、何食べさせても同じ量、決まった分しか食べないんだから。そのくせデザートのアイスはパクパク食べるのに。」


 「夏美、それはよくない。糖質は必要な栄養素だけどバランスよく摂らないと。特にタンパク質は意識的に摂取すべき。普段の食事の中だとないがいろにしがち。」


 「そうそう、もっとお肉や魚も食べないと。冬華ちゃんもっと言ってやって。」


 「……うるさい。」


 テーブルの向かいで唐揚げをおかずに白米を頬張る

冬華と、キッチンで追加の唐揚げを揚げている夏美の母との板挟みに、夏美は頭を抱えた。


 何故彼女、五月雨冬華が夏見の家の、テーブルを挟んだ向かい側で、夏美のTシャツを着て一緒にお昼ごはんを食べているのか。時間は一時間ほど前に遡る。


 ◆


 夏美は部活動の練習を終え、家に帰宅しようとしていた。最近は記録的猛暑ということもあり、普段の練習時間よりも開始時間を一時間早めての練習となっていた。それでも練習終わりごろには暑さに体力と気力を奪われ、誰しもエアコンがない練習環境に不満を抱きつつも、色とりどりの清涼剤を身体に塗りたくって暑さを誤魔化していた。


 練習後に遊びに行こうなどと言い出すものなどおらず、夏美もその他の例に漏れずに持ってきていた替えのインナーに着替えて更衣室を後にした。


 坂道を自転車でビュンビュン飛ばし、鬱陶しい汗を払い去る。


 (帰ったらシャワーを浴びて、お昼を食べて、エアコンの効いた部屋で寝よう。)


 「ただいまー。」


 「おかえりって、ちょっと汗だくじゃない!」


 ん?


 夏美は額を拭ってみたが、うっすらと汗が付いた程度だった。


 「そう、着替える時にシートで拭いてきたけど。」


 「あんたじゃないわよ、ほら早くシャワー浴びて、夏美は着替えを貸してあげて。」


 夏美はそこでようやく、自分の背後の存在に気がついた。その人物は目元をベッタリと前髪で隠し、絞れば滝が出来そうなほどのウェアを着て立っていた。一瞬、妖怪か何かと見まがうほど、五月雨冬華は恐ろしいなりをしていた。


 ◆


 「で、何しに来たの。てかどうして家の場所知ってるの。」


 夏美は問いただす。西山高校に通う冬華は夏美の住所をどうやって知ったのか。


 西山高校には少なからず夏美の同級生も在籍しているが、夏美と親しい人間はほぼ東谷高校を受験していたし、そのほとんども住所を知らない。非合法な手段で手に入れたのでは、と夏美は訝しげに問う。


 「つけた」

 

 「…まさか、学校から私の家まで?」


 「そう」


 「ちょちょちょっと待って。そもそもなんで今日部活の練習があることを知ってるの。」


 「知らない。今日たまたまロードワーク中にここら辺を走っていたら、たまたま体育館の方から音が聞こえてきて、たまたま夏美が出てきたのを見つけたからつけただけ。」


 「そっか~、たまたまか~、何て言うわけないだろ。西山の地区から東谷までどんだけ距離がありと思ってんだ。前練習試合で行ったときも電車で行ったんだぞ。」


 「あれぐらい余裕。」


 「うちについた時、汗だくだくで息荒げてたのは誰。」


 「あれは夏美が下り坂をかけ降りるのが悪い。急にペースを上げられれば息も上がる。危うく見失うところだった。」


 夏美は溜まった鬱憤を吐き出そうとしたが、途中であきらめた。疲労の上塗りにしかならない上に、本人に罪の意識が一向に芽生えそうにない。三日前にコートで会っただけだが、冬華の自尊心肥大化っぷりはよく知っている。


 「はぁ、もういいから、それ食べ終わったら帰ってくれる。私忙しいんだよね。」


 「練習?それなら一緒に行く。」


 「違うし、てか午前中練習してきたんだっての。」


 「?、復習は大事。」


 「あっれ、私が間違ってるみたいに聞こえる。そうじゃなくて、そう、なんだ、課題!夏休みの課題を進めないと。」


 「え、夏美はまだ終わらせてないの…。」


 信じられない、といった夏美に目線を送る。気が付けば夏美の母も「もう、威張って言う事じゃないでしょう。」ぼやいていた。


 「いやいや、夏休み始まって一週間しか経ってないのに課題全部終わらせてる人の方が少ないから、少数派だから、模範生だから!。というか、ああいうのは計画的に、少しずつやることに意味がないし、まとめてやったって身に付かないし。」


 「私、実力テストで学年二位だった。」


 「……ソンナ、ヒトモ、イルカモネ」


 「夏美は何位だったの?」


 「あー、いやー、私のところって順位を掲載しないんだよね。勉強って誰かと比べるものじゃなくて、自己研鑽のためにやるというか、自分の将来のためにやることだから、競争が基準にならないようにってのが東谷高校の教育理念らしくて。」


 「おお、すごいな東谷。意識高い系ってやつだ。」


 そうそうと調子よく答えていると、追加の唐揚げが盛られたお皿を夏美の母が持ってきた。夏美にしか聞こえない声量で「嘘つき」とだけ言い残し、またキッチンへと戻っていった。


 「とういうことだから、それ食べたら帰ってね。」


 「それはできない。私は夏美とバスケをしに来た。」


 夏美の抱いていた嫌な予想は見事的中した。


 「まあ、そうだろうね。でも言ったでしょ、忙しいって。」


 「だから先に課題を手伝う。それが終われば忙しくないでしょ。」


 「は!?、いや、ほら、それ以外にも家の手伝いとか、友達との約束とか、ボランティア活動とか。」


 「じゃあそれも手伝う。」


 (いやいやいや、家の手伝いを手伝うってなんだ。友達の約束を手伝うって、一緒についてくる気か?ボランティアとか何するんだよ私も知らないよ。)


 夏美はあれやこれやと言い訳を並べ立てるが、冬華の二言目には「手伝う」の一言が帰ってくる。夏美は冬華の圧に折れそうになっていた。あまりに直線的な冬華の姿勢に、傍若無人を通り越して子供のような純粋さを感じていたからだ。


 天然ものの無邪気さを浴びて、なおも心の中に潜む億劫との葛藤を繰り広げている夏美。そんな夏美の葛藤を一網打尽に両断したのは、背後からの一言だった。


 「夏美」


 「……はい。」


 「つべこべ言わず、とっとと行きなさい。」


 夏美は二つ返事で答えていた。死角で見えなかったが、きっと手には包丁でも握っていたに違いない。でなければこんな暑苦しい部屋の中で、背筋が凍り付く様な寒気を、一人間から感じることなどできるはずがなかった。



 


 


 


 


 

 

 

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