第6話

 赤い鳥居があった。

 マキさんが教えてくれたのと同じ造りだから間違いない。

 …でも

『…』

 そこは朽ち果てた建物があるだけだった。

 鳥居もあちこちが剝げ落ち、今にも倒れそうなほど傾いている、元は綺麗に整えられていたのだろう砂利の境内は雑草が至る所に生え、遠い昔からここが既に無人であることを物語っていた。

『そんな…莫迦な』

 神社はもうその意味を失ってた。

 ここにはもう、神職さんも神様もいない。 

(ああ…親父さんはこれが分かっててボクをここに連れて来たんだ)

「このワールドには…神様なんて要らないのかも…」

『…メイ殿?』

 ボクたちには『真価』がある、元居た世界よりも平和で便利で大抵の人が不自由なく暮らしていける、勿論悩みや心配事は沢山あるけれど、それだって周りの人に助けて貰ったり頑張れば自力で解決できるんだ。

 きっと…

「マキさん…ボクが倒さなきゃいけない、ボクの父さん、母さんを殺したのはね…ボクたちが前の世界から奉じてきた神様なんだ」

 涙がひとつ…

『なん…ですと?』

 ボクたちの家は代々…山の神ベルクツェーンの信者として彼に仕えてきた、ボクたちにとって彼は偉大な父であり生きていく上での道標そのものだった。

「アイツはこの世界に来てから…何かが変わっていった、最初は気付かないほどの変化だったけど…多分アイツにとっては大変なものだったんだ…でも、だからと言ってアイツのしたことを許すなんて出来ない」

 アイツはある時、狂ったように怒り、父さんと母さんを奪った。

 ショックが大きくて詳しくは思い出せないけれど…それだけは事実だ。

「神職さんやマキさんの神様に何があったかは分からないけれど…きっとこの世界に来たから…こんなことになったんだと思う」

『う…う……』

 マキさんも感じてたんだと思う。

 だって参道を通ってここに来るまで誰にも会わなかったし、神様が近くにいるのにアヤカシが出るなんておかしいって…

「ふぅ…」

 ボクもどうすればいいのか、分からない。

 親父さんは真っ当な生活を望んでいて、同時にボクの幸せも願ってくれている。

 女将さんはボクを本当の子供のように思ってくれて、離れたくないと願っている。

 マキさんは…生きる意味を…失ってしまった。

 だったら…

「マキさんにはまだ言ってなかったよね…ボクの『真価』」

 両手を前に組み…祈る。

 ボクの目の前に『花』の文字が現れ光を放つ。

 みるみるとそれは周囲を照らし、

 生長していき、

 緑の絨毯の上、

 白い花々が神社を埋め尽くした。

『綺麗…ですな…これは何の花ですか?』

「フリージアって言うんだ♪ ボクの一番好きな花…この辺りに元々何が咲いていたか分かんなったからコレにしちゃった」

 青空の下、白いフリージアの花が咲き誇る、それはまるで名のある庭師が手がけた庭園のような趣きがあった。

「親父さん…ごめん」

 改めて、ボクは誓った。

「ボクはそれでも前に行くよ…マキさんはどうする?」

『某は…メイ殿に生かされた身、最早戻る場所のない今、メイ殿の為に尽くしましょうぞ』

 よかった…

「ありがとう」

『こちらこそ…メイ殿は本当に優しいお方だ、主様によく似ておる』

 手向けの花…ううん、やっぱり思い出の場所は綺麗であって欲しい…ただそれだけのつもりだったけど…ボクにとってもこの場所は大切な場所になったんだ。

「じゃあ…行こうか」

『はい…』

 そうして、ボクらの旅が始まったんだ。


「とまあ、こんな感じでボクとマキさんは出会ったんだ」

「へぇ~、なんか…ぐすっ…良かったな」

 ここはとある孤島、ボクは現地の案内の少年、タクトに道すがらマキさんとの馴れ初めを話していた。

「親父さんと女将さんは?」

「うん、月山亭に戻ってひと月くらいはお世話になったよ、親父さんの腰痛がまだ残ってたからね」

『お別れする時は大変でした…メイ殿も大泣きで』

「や、そんなことないよ?」

 実際は女将さんとふたりで号泣だったけど…

「そうなんだ~」

 タクトの奴、にやにやしてる。

『以後はふたりで旅をして某が御業の師匠としてメイ殿に特訓を行った訳です』

「そっか、それでメイねーちゃんは変な呪文で戦ってるんだ」

 タクトは好奇心旺盛な黒い瞳をしてた。

 暑い地方だからかの黒い肌に、真っ白な髪色が凄く目立つ、背はボクよりちょっとだけ低い…でも多分数年後には追い抜かれるよね。

「変じゃないもん、古代語だもん」

『どうも自身の国の言葉の方が御業との親和性が高いのでしょうな』

「ニダガン マンシャフト ヴィント コメ…だっけ?面白いよな~」

「これがカッコいいんです~」

 暑い日差しの中、原生林を進むボクら…どうしてこんな所に来たかというと勿論アイツ…ベルクの噂を聞いたからだ。

 曰く、神の住む山に最近何かの気配がすると…

「しっかし、それでずっと旅をしてるなんて…羨ましいなぁ」

 タクトはこの世界で生まれ、この群島地域から出たことが無いという。

「おいらもいつか…いや、成人の儀式で『真価』を貰ったら絶対外の世界に出てやるんだ!」

 一人で燃えてるよ…

「まあ…イイことばかりではないけどね」

『そうですな』  

 そう、あれから半年くらい経ったけれど…正直上手くいかない日の方が多いくらい…今まで一度もアイツと出会ってない。

 でも、焦るのは止めにしたんだ。

 つらくなったときは、もう一度最初に立ち返り…

 あの白い花咲く庭を思い出し、ちゃんと進もうと決めたから。

「さあ、いっくよー!」

 視界の先の山を見据え、今日こそは、そう思いながらボクたちは歩き出したのだった。


                           

                           おしまい 

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