第5話

 次の日、一番忙しいお昼の仕事を終えてからボクたちは出掛けることにした。

 小道には風が流れ、冬の合間の温かい晴れ間が心地よかった。

 マキさんのコトはひとまずナイショにした方がいいということで馬車の中では直接は話さなかったんだけど、ふたりともとてもワクワクしていた。

 マキさんにとっては長年待ちわびた主人との再会な訳だし、ボクにとってもこうやって旅をすることは…なんだろう、自分が生きている意味みたいな感じがして、嬉しくなるのだ。

 ボクは基本的にはインドア派なんだけどね。

 道中は景色を見たり他の旅人の話を聞いたりして、特に問題もなく目的の町まで辿り着くことが出来た。

 夕方、ここから歩くと目的の神社まではまだ遠かったのでボクたちはここで一晩宿屋に泊まることにした。

「はぁ~…ようやくマキさんと話せるねぇ」

『某も嬉しいです』

 布団を敷いて、ちょこんと座る。

「今日はどうだった?なにか思い出したりした?」

『ええ、この町の風景、街道の姿、某の神社の近くのような気がします』

「おお~」

『もう少し近付けば恐らく確信持ってご案内出来るかと』

「そーかー、それはよかったねぇ」

 お布団に横になると、やっぱり疲れているのか瞼が重くなってきた。

『今日一日、メイ殿を見ていましたが、メイ殿は存外穏やかな方なのですね』

 突然マキさんが心外なことを言ってくる。

「ボクは基本的にこんなかんじだよ?」

『そうなのですね、初めて会った時が戦場いくさばでしたから勝ち気で活発な印象が強かったのです』

 なるほど

「そーだねー、戦闘の時は敢えて元気でいるかも」

 そうしないと、多分負けてしまう…気がするんだ。

『昨日の話ですが、メイ殿は強くなりたいのですか?』

「うん…マキさんには言ってなかったけど…ボクは強くなって…うんと強くなって倒したい奴がいるんだ」

 夜風を通す窓を眺める、星が綺麗だ。

『それならば我が主に教えを乞うのも良いかも知れませんな』

 マキさんがえっへんと胸を張っているように見える。

『我が主は御業の達人です、更に神様もお力を貸してくれるやも』

「そっかぁ…そういえば神社には神様もいるんだよね?」

 どんな神様なんだろう…

『ええ、某も直接相見えるのは年に数回ですが、当然素晴らしいお方ですしメイ殿の事情を知ればきっとお力になってくれる筈です』

 マキさんの言葉は嬉しかったけれど、少しだけ複雑な気分だった。

『メイ殿?』

「あ、ごめん…かんがえごとしてた…ふぁぁあ」

 目をこすりながらあくびを一つ、そろそろ休む時間だ。

『明日に影響が出るといけませんね、それではお休みなさいませ』

「うん、おやすみ~」


 そして次の日の朝

「さあ、しゅっぱつだ~」

 あさごはんをたべ、準備を整えたボクたちは街道とは別の小道を歩いていた。

 きっとこれが神社へと続く参道なんだろう。   

 今日もいいお天気、この分なら今日中に月山亭に帰れるかもしれない。

 いや、神社で歓迎されちゃうかも?

 考えてみるとマキさんの提案はとても魅力的だ。

 ニムエおばさんと戦った時も思ったけどボクはまだまだ強くならないとダメだ…だとしたら少し留まってでも修行とかした方が良いかもしれない。

 ただ、アイツを見つけないと話にならないから…どうしても動いていないと気が済まないんだけど…

 やっぱり考えがまとまらないなぁ。

 大きく頭を振って横を見る、小道の近くには森が広がってる。

 ふと、なんだか嫌な気配がしたような…

「マキさん、森の方…なんか変な感じしない?」

 森の奥は影になっていて、ここからは何も窺えない。

『ふむ…某には何も感じませぬが…少し見てきましょうか?』

 ふわふわとマキさんが漂う。

「ううん、気のせいじゃないかな…いこ?」

 再びボクらは歩き続けた。

「ところで神職さんってどんな人なの?」

 ご挨拶する前に聞いておきたかった。

『知識が豊富で優しい、実直なお方です。絵を描くのもお好きで某を描いたのは別の絵師殿でしたが某を大層気に入ってくださり大事にしてくれました』

 声からも好意の念が伝わるなぁ。

「若いの?」

『もう何年も同じ姿でお供していましたので実年齢は存じませんが見た目は40前後くらいでしょう、某が何度か嫁の貰い手を尋ねましたがどうもその気は無かったようです』

「ふ~~ん…そういう点もボクと似てるかもね」

 神気?という共通点もあるからボクは神職さんに親近感を感じていた。

『ええ、某も最初神職様が起こしてくれたとばかり思っていました』

 そして急にマキさんが閃いたように開いた。

『神職様とメイ殿はとてもお似合いやもしれませぬ!』

 嬉しそうに左右に動いてる。

「そんな、気が早すぎるよ~まだ会ってもいないしボクはまだ14歳…子供だしね」

『いえいえ、某の知る限りこの地方で十四といえば元服…成人しても構わぬ文化でしたよ』

「え~~?」

 ダメだ、マキさんはすっかり乗り気だ。

 当分御厄介になる可能性は考えてたけれど、そんな風になると問題だなぁ…

 そうボクが困っていると…

 ガサガサっ

 森の畔で草が鳴った。

 何か…いる?

『メイ殿…これは…妖気ですぞ』

 射すくめられるような視線を感じた。

「ようき?」

 陽気…じゃないよね?

『アヤカシ…メイ殿流に言えばモンスターの持つ力です、某も付喪神として多少の妖気を持っています』

 言われてみるとマキさんの気配と少し似ている。

 ボクは背中に掛けていた弓に手をかけた、念のために額窓ステータスから取り出してたのだ。

 そして構えようとした瞬間

「キエエエエエエエ!!」

 うるさい声と共にそれは襲い掛かって来た。

 ボクとマキさんは左右に分かれる。

 突進してきた黒い影はボクらを捉えきれず小道を過ぎると振り返った。

「…熊だ」

『いえ、アレはアヤカシ「クマニツバサ」ですぞ!』

 あ、確かに黒い熊の背中には白くて大きな翼が生えてた。

 しかも尻尾は可愛いまん丸のではなく、何故か魚の尾びれのような形と質感をしていた。

 明らかに普通の動物じゃあない。

 鳴き声も鳥みたいだったし…

 ボクは落ち着きながら矢を放つ。

 クマニツバサ、略してクマは怯むことなくボクに突進してきた。

 ボクは難なくかわしたけど…何だか甘い臭いがする?

 ピンク色の、霧みたいなのがクマの口元から漂ってる。

『しまった、それをまともに吸うと寝てしまいますぞ!』

「あぅ!」

 確かに急激に眠くなってきた。

 足元がフラフラする。

『熊め!メイ殿から離れろ』

 マキさんが火の玉を投げてクマを威嚇してる。

 でも、止まらないっ

「絶対負けるもんかぁ!」

 ボクは叫びながら全力で持っている矢を一度に全部放った。

 弧を描く刃がクマを撃つ。

「キエェエ!」

 堪らなくなったクマが背後に飛び上がった。

 その隙にマキさんが来てくれた、すると大分眠気が消えていった。

『今、神気を直接流しております、これで少しは楽になるでしょう』

「ありがとっ」

『クマニツバサの尾は毒を持っています、それから先程の甘い息と牙と爪、そのあたりが脅威ですな』

「それはもうちょっと早く言って欲しかったなぁ」

 軽口をたたく、それくらいには落ち着いてきた。

『申し訳ない』 

「でも、もう大丈夫だよねっ」

『無論!』

 もうボクの手元には矢は無い、けれどとっておきがあった。

 大きく弓を引く…

 ギリギリとしなる先、

 ボクの右手に大きな白い光と共に力が生まれた。

 ボクの元々の魔力とマキさんから貰った神気、それを全てこの一矢に込めた。

『行きますぞ、「降陣風来」!』

 クマの周囲に風が逆巻き、翼を封じられバランスを崩したクマは風の勢いも合わせてボクたちの方へと落ちていった。

 そのタイミングで…撃つ!

「Schießen (シィースン!!)」

 ボクの渾身の光の矢はクマを貫いた。

 クマ…クマニツバサはそのまま森の近くまで飛ばされると、地面につく前にキラキラと消えていった。

「やった…やった! 勝ったよマキさん!!」

『メイ殿、見事でしたっ』

「ナイスコンビネーション、だね♪」

 パチンっ

 ホントはハイタッチをしたかったけど、マキさんに手は無いので巻物の端っこを軽く手に平で叩いた。

『メイ殿のお手柄です』

「いやいや、マキさんのフォローのおかげだよぅ…って、とは言ってもまたこんなのに会いたくはないから早く神社に行かないとね」

 さすがに連戦とかしたくないよ。

『そうですな、もう神社まではすぐです、早く参りましょう』

 そうしてボクらは神社に向かって歩いて行った。

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