第4話

 夜の営業も終わり、明日の仕込みも終わってから、ボクと親父さん、女将さんの3人はマキさんの事情を改めて聞いた。

 簡単にいうと、マキさんは昔、とある神社の神職さんの持ち物として、大事にされていたそうだ。

 その甲斐あってか…付喪神として目覚め、長らく神職さんと彼が奉じている神様に仕えてたんだという。

 ところが、ある時を境に記憶が曖昧になり、どうやら神職さんの手から離れてしまったんだそうだ。

『恐らく…神職様と旅をしていたのです…何故かは思い出せぬのですが…そして神社に帰る前に某は…長い眠りについたのです』

「神職さんと一緒なら神気?が不足することはないだろうから…何か離れ離れになるようなことがあったのかなぁ?」

 神職というのは神に仕える職業だという、ということはボクと同じようにマキさんに力を与えることが出来たはずだ。

『そうかも知れませぬ…』

「それで、アンタは故郷の神社に帰りたい…そういうこったな」

 親父さんが結論を言った。

『はい、どうかもう一度神社に帰り、神様と神職様にお会いしとうございます』

 マキさんには顔色は無いけど…とても寂しそうだった。

「…ボクもマキさんの願いは…叶えてあげたい…かな」

『メイ殿』

「でも神社の場所はどこなの?それは分かるの?」

『ここが何処かは存じませんが…神社のあった場所に近い風景を感じます…そう遠くは無いのではないかと…』

「もしかしたら…あそこなんじゃないかねぇ」

 それまで無言だった女将さんだ。

 親父さんに目配せしている。

「かも知れねぇな…」

『お判りになるのですか!?』

「その神様のお名前は……なんだろ?」

 なんでだろう、親父さんは耳打ちするように小さな声でマキさんに尋ねていた。

『そう!そうでございます!!』

「ここいらじゃ天神様として有名だったんだ」

「そうねぇ、よくお祭りに行ったもんだよ」

「ということはそんなに遠くないの?」

 だとしたら絶対嬉しい!

「いや、乗合馬車で1日、さらに歩いて数時間は掛かるなぁ、俺達も祭りに行く時は数日掛けたもんさ」

「そっかぁ…でもそれならすぐにでも帰れるね」

『はい…良かった…本当に良かった』

 ボクも嬉しかった、思ったより短い旅になったのは…予想外だったけど…

「親父さん、それじゃあ明日からなら少しはお客さんも少なくなるだろうし、早速マキさんを届けてくるよ」

「ああ…そうしてやんな」

 そうと決まったら急いで準備をしなきゃ、上手くいけば3日…いや4日は見ていた方がいいかな。

 その時だった。

 勝手口の扉がゆっくりと開いて…アルザスさんがお店に入って来た。


「どうやら、今日はそういう日らしいなぁ…」

 親父さんはそう微かな声で言った。

 まるでアルザスさんが何しに来たのか知っているようだった。

「夜分にすまない、ここは剣豪、月山両衛つきやまりょうえの血縁の家だと聞いたのだが…」

「ああ、俺の祖父が両衛だ」

「剣豪の所在を知りたいのだが、何かご存じではないだろうか?」

 アルザスさんの瞳が鋭く光ったように見えた。

「あの人が生きているか、どこで何をしているのか、俺は知らんよ」

 親父さんはアルザスさんの気迫にも動じてないようだ。

「そうか…それは残念だ」

『剣豪、月山両衛殿の噂は某も聞いた事がありますぞ、確か薮内道場五十人切りとか』

 なにそれ、なんかスゴそう…

「とにかく強かった…けれど、人としてはどうだったんだろうな」

 親父さんは寂しそうだった。

「俺は父が大好きだった、だから父と同じようにここで料理屋を続けている…でも…父は祖父が大嫌いだった」

「あんた…」

 女将さんもその話は知っていたんだろう…親父さんを支えるように傍に立った。

「ガキの頃、父と帰って来た祖父が大喧嘩していた光景を…俺は忘れない…父は言っていた、強くなんて無くていい、大事な人と生きていければそれでいい…とな」

 そうか、だから親父さんはボクのコトも心配してくれてたんだ。

 アルザスさんは黙ってそれを聞いていたけれど…

 最後に軽く頭を下げた。

「…邪魔をしたな」

 アルザスさんも、きっと剣豪側の人間なんだ。

 踵を返すアルザスさんを親父さんが止めた。

「一度、父が死んだ後に祖父がここに来たんだ…ビックリしたよ、俺がガキの時に見た姿そのまま、まだ三十前後の若々しいもんだった」

「それが一番自分の実力が出せる姿だったんだろうな」

「孫よりも若いなんて…父の気持ちが分かった気がしたよ…その時祖父が俺に渡したもんがあるんだ」

 そういうと親父さんは納戸から手紙のようなものを取り出した。

「いつか、自分のことを探しに来る者がいるかもしれない…その中でも本当に強い者が来た時はこれを渡して欲しい…ってな」

 そんなものがあったんだ…

「まあ、何回かは祖父の言った通り、腕自慢が来たがね、どれも祖父には到底敵わなそうだったんで渡さなかったんだ」

「…貰っても、いいのか?」

「ああ…アンタは恐らく相当強い、祖父と戦うだけの素質がある筈だ」

 親父さんが頭を掻きながら空しく笑った。

「皮肉なもんでな、武芸はとんとダメだが相手の強さを見る目だけは父も俺も継いでいるらしい…」

「そうか…ではありがたく受け取ろう」

 アルザスさんは親父さんから手紙を受け取ると出口に向かった。

「ありがたいかどうかは分からんぞ、アンタの命日になるかも知れないのだからな」

 そうだ、アルザスさんは強い…けれど剣豪も凄いんだろうし、そんなふたりが本気で戦ったら無事で済むとは思えない。

「そうだな…だが自分も戦うことしか出来ない人間なのだ。許してくれとは言わないが…どうかそういう人間もいるということを覚えておいて欲しい」

 それきり、無言でアルザスさんは去って行った。

 少しだけ、空しそうな背中だった。

「メイちゃん…あれが強さを求めるってことなんだよ?」

 女将さんが親父さんの気持ちを代弁するようにボクに言った。

 とても優しい…

『メイ殿?』

 マキさんは事情を知らないから困惑してる、でもボクは… 

「そろそろ…ねむくなっちゃった…ボクもう休むね」

 それしか言えなかった。

「明日も早いしな」

 それぞれが複雑な想いを抱えたまま、その夜は更けてったんだ。

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