第7話

 ラリア・ローエスタ。

 ローエスタ公爵家の次女であり、生まれながらに圧倒的な剣才を持ち、高い智謀と鋭い観察眼を持つ才女。

 そんな優秀で将来有望な彼女ではあるのだが、残念なことに社交界からは完全に浮いてしまっている。


「くくく……貴公が我の新たなる契約者か」

 

 理由は単純でその性格。


「我の持つ過酷な流れ、その運命。無謬なる混沌が渦」

 

 何の意味もなく眼帯を身につけ、怪我もしていないのに腕へと包帯を巻き、謎のポーズを取って口上を上げる少女。

 肩までの長さに短く揃えられた金髪のショートカットに片目が隠された金の眼。

 誰もが見惚れる美しさを持ちながら誰もが困惑する衣装に身を包み、最早何を言っているのかもわからぬ妄言を高らかに呟く少女。

 

「我が道は冥きに閉ざされ、光を失いし場。我より幼き少年が歩くには、あまりに過酷」


 僕がウェルリンク公爵閣下に任されたローエスタ公爵家の次女、ラリア・ローエスタは所謂厨二病を患った少女なのである。


 厨二病が社会から浮くのはたとえ世界が代わり、時代が変わったとしても何も変わらない事実である。

 まぁ、よくわからない言葉を話す厨二病が受け入れられる社会なんていないだろう。普通に考えれば。


「くくく……余の見込み違いか?少女よ」

 

 そんなラリア様を前にして僕は意味深な笑みを浮かべながら口を開く。

 魔法でもってまるで玉座かのような巨大な席を自分の背後に作り出し、自分の身を纏う衣を執事としての燕尾服から黒を基調とした軍服へと変えてから鷹揚たる態度で席へ腰掛け、足を組む。


「余がただの少年であると、本気で思っているのか?」


 そんな状態で僕は誰よりも不遜に、誰よりも堂々たる態度で口を開く。


「なん、だと?」


「余が魂は一つにあらず、複雑に絡み、混沌なる運命。闇に差し込む一つが光を手にしになお、落ちし我が身」


 嘘は言っていない。

 前世の魂があるし、異世界転生など数奇なる運命であることに変わりない。

 パンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻、中国の経済不安にアメリカ社会の混乱と食料及び燃料問題、野党の脆弱性による政治の腐敗と世界全体の問題である地球温暖化。

 あまりにも問題が多く、闇に包まれた社会の中に差し込んだ宝くじという光。

 それに驚き、喜びすぎて階段から物理的に落ちた僕の体。

 うん、何も嘘は言っていない。


「喜びたまえ、童。君が前の男は凡夫にあらず。人ならざるも者なり」

 

 悪魔の末裔であり、先祖返りである僕は人ではなく悪魔寄り。


「深淵を望むか?童」


「わ、我は望むぞ!深淵を!飽くなき深淵を!!!」

 

 僕の言葉に対してラリアは目を輝かせながら大きな声で返答する。


「我が道、我が定め、我が業には深淵が必要……ふっ。汝はわが道を照らすに、値するのだろうか?」

 

「案ずるな。我より適した者はなし。任せたまえ、童よ。余と共に来い。見るべきものを見せてやる」


「う、うん!」

 

 僕の言葉にラリアはこれ以上無いほどに目を輝かせながら頷く。

 くくく……僕とて過去、中学生の頃に黒歴史を積み重ねた一人の同胞が一人。

 彼女の厨二病ワールドに合わせるなどあまりにも容易ッ!

 

 厨二病なんて所詮はただの陰キャボッチ。

 どれだけ一人でいたも別に問題ないしぃ?みたいな表情を浮かべていても人に飢えている悲しき存在。

 自分の理解者を見つければころっと心を許し、ハイテンションで自分の設定を語り続けること間違えなし。

 厨二病の信頼を勝ち取るのは非常に楽と言わざるを得ない。


「良き返事だ。ローエスタ公爵閣下。君の親より教育係の役目を僕は任されている。余が生徒としてビシバシ鍛えてやる上、感謝するといい」


「これからよろしくお願いします!」

 

 ラリアは瞳を輝かせたまま、僕に向かって深々と頭を下げたのだった。

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