第5話
ウォルリンク公爵家が邸宅の一室。
マキナ様の部屋でもあり、実質的に僕の部屋でもある広々とした一室で。
「……美味しい。あのおじさんの串焼きはいつも美味しいわ」
「タレが本当に美味しいですよね。流石は人生を串焼きに捧げているだけのことはあります」
僕たちは二人隣だって座布団の上に腰を降ろし、屋台のおじさんがくれた串焼きを食べていた。
「うん、そうだね……いつもくれるの本当にありがたい」
「そうですね」
「……うぅ、もっと……私も、話せるといいのだけどぉ」
「焦る必要はありませんよ。自分と共にゆっくり改善してまいりましょう」
「ありがとぉ」
「僕はいつまでもマキナ様の味方ですから。それでマキナ様。僕が出していた勉強の課題の方はどうですか?」
「うぅ……」
僕の言葉にマキナ様は言葉をつまらせ、視線を下げる。
マキナ様は僕としか会話をまともにすることが出来ず、当然。マキナ様の教育に関しても僕がやるほかない。
前世から持ち込んだ知恵と知識による底上げとこの体の生まれながらのスペックの良さのおかげで僕はかろうじてまだ若いマキナ様の教育係としての職務を果たせていた。
この国の王侯貴族は王都にある学園に通うことが義務付けられている……学園が始まるまでにある程度はマキナ様のコミュ障をなんとかする必要があるよね。
学園でも常に僕の服に顔を埋めているわけにもいかないし。
「おや?マキナ様。とうとう自分とも目線を合わせられなくなったのですか?」
「……う、うにゃぁ」
「ふー、自分にも一応通常業務もございますので、自分が教えられない時間帯は自学のほどをお願いしたいのですよ。先生は私だけですから」
「……が、頑張っているよ?」
「それなら良かったです。それでは結果も伴えるよう一緒に頑張りましょうか。自分の出した課題の中でわからなかったところは?」
「ちょこ、ちょこ」
「でしたらまずはそこをやってしまいましょうか」
「……うぅ、わかった。もうちょっと普通の雑談を続けたかったけど……」
「マキナ様は生まれながらに平民たちが稼いだお金の一部を税として徴収し、裕福な暮らしを送れる代わりとして数多くの義務を背負う貴族の娘にございます。いつまでも楽しい暮らしだけをしていられるわけではございません」
「うん、わかっているよ。勉強も頑張る」
「流石です。それでは始めましょうか」
「うん!え、えっと……教材は……」
マキナ様が渡されている自身の教材を探すために立ち上がろうとしたそのとき、僕たちのいる部屋の扉がノックされる。
「ん?」
「失礼します。マキナ様、ロキ様」
そして、扉が開けられて文官の男性が一人、部屋の中へと入ってくる。
「キシャァァ!人だァァ!」
「溶けないでくさだい、マキア様」
それを受けてマキナ様は悲鳴を上げながら体をどろどろに溶かし、自分の体を己が座っていた座布団の下へと潜り込ませていく。
「ロキ様。ウォルリンク公爵閣下がお呼びでございます」
だがしかし、そんなマキナ様の奇行にも最早みんな慣れてしまっている。
マキナ様がどろどろに溶けた体を座布団に隠し、ぐでぐでの表情が浮かぶ頭を僕の方にだけ向けているという珍状況であったとしても、文官の男性は眉一つ動かすことはなく淡々と自分の仕事をこなしていく。
「了解しました。ウォルリンク公爵閣下は今、どこにいらっしゃるのですか?」
「執務室にございます」
「ありがとうございます。それではマキナ様。自分はウォルリンク公爵閣下に呼ばれました故、執務室の方に向かいますね」
「……ぁ、あ……」
「了承のほど、ありがとうございます」
どろどろのマキナ様が僕の言葉に同意したことを受け、僕はゆっくりと立ち上がる。
「それではしばらくした後に戻って参ります……あっ、勉強のほどは自分が戻った後に行いますので心の準備と教材の準備をお願いします。自分とマキナ様の寝室は同じ。いつまでも出来ますからね」
「……ぅ」
「それでは、参りましょうか」
「えぇ、ご案内いたします」
僕は文官の男性の言葉に頷き、己の前を歩く彼の後を追って自分も執務室の方に向かうのだった。
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