第2話 公園にて

 合同会社説明会の会場で、運命の出逢いにより見出みいだした〝理想の男〟に猛アタックを敢行し、必死に拝み倒して、やっとの思いで個人的に会う約束を取り付けたけいは、一時間以上も早く待ち合わせに指定した公園に着いていた。



 会場からほど近い場所にある件の公園にはボートで周遊できる大きな濠があり、その周囲は格好のジョギングコースとなっていて、近隣の中学や高校の部活動でもよくロードワークに使われる。

 また、あちこちに緑豊かな木立もあって、陽が落ち始める頃からは恋人同士が愛を交歓する隠れスポットの様相を呈してくる。

 さらには、そんな恋人たちの熱い語らいを、息を潜めて、否、鼻息を荒らげて、つぶさに観察せんとする出歯亀も出没する。

 何にせよ、昼夜を問わず賑わう公園であった。



「来てくれるかな?」


 濠の周りを高校の野球部員たちが走っている。

 恋人たちが集うには、まだ早い時間帯だった。


 香月かつき翔太郎しょうたろう。それが、蛍の〝理想の男〟の名前である。

 懇願して名刺を貰った。肩書は『預金係』とある。大手地銀の行員だ。

 その日彼は説明会につどった学生たちの案内役として派遣されていたのだった。



「早かったんですね」


 不意に、背後から声がした。


「えっ?」

 

 驚いて振り向くと、そこに〝理想の男〟香月翔太郎が佇んでいた。


 あなたの方こそ早いのでは? そんな表情を浮かべた蛍に彼は言った。


「今日は直帰だったんです。それで、約束の時間には早いけど、公園で少しのんびりしようかなと思って来てみたんです。そしたら、あなたがもう来ていたから」

「のんびりする暇、なかったですね。無理を言ってすみませんでした。来て下さって、ありがとうございます」


 見も知らぬ自分との約束を守ってくれた上に、仕事の都合とはいえ一時間も早く訪れた翔太郎の実直さに蛍は恐縮した。


「就活で僕に何かアドバイスできることがあれば、お話を聞きますよ。と言っても、自分もまだ二年目で、新入行員に毛が生えたみたいなものですが」


「毛……いえ、だから、あの……私は香月さんが勤める銀行に就職したいわけじゃなくて」

 蛍は相手の思い違いを解こうとしたが、急にまどろっこしくなった。

「つまりあなたは、私がずっと探し求めていた理想の男性なのでありまして。ゆえに、私と結婚して下さい! ったく、乙女に何言わすんですか!」


 キレ気味にド直球でプロポーズ。そして都合良く乙女になる蛍だった。


 翔太郎はといえば、呆気にとられたような顔になっている。

 

「冗談ですよね?」

「冗談でこんなこと言いませぬ!」

「変わった人だ。ってか、変な人」

「そうです。私がヘンなおじさんです」


 白い歯を見せて翔太郎が笑った。

 その笑顔に気を良くし、蛍はもっとギャグをかまそうと調子に乗りかけた。

 

「あそこに座りませんか?」


 はからずも蛍のギャグを阻止した翔太郎が指し示す先には、濠に向けて設えられた木製のベンチがあった。


「ラジャー! (`・ω・´)ゞ」

「……?」


 ふたりは、間に一人分のスペースを空けて腰を降ろした。


月見里やまなしさん、たとえ冗談でも知らない人にいきなり結婚なんか申し込むものじゃないですよ」


 西陽を受けて光る濠の水面を眺め、眩しげに目を顰めながら諭すように翔太郎が言った。困った人だとでも言いたげに、密やかなため息を交えながら。


「これから知ればいいのでは? 初めはみんな知らない者同士でしょう。だから、もし現在いま、香月さんに決まった人がいなくて、そして私のことが蛇蝎の如く嫌でなければ、何卒!」

「無理ですよ。だって僕は……」

「わかってます。私だからわかります。香月さん、ゲイですよね」 

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