番外
side 美和
「出ていってほしい」
直幸からそう告げられた美和は、鼻で笑った。美和が女児を出産してから三年が経っていた。
「今更なあに? 自分だって滅多に家に帰らなかったくせに、外で遊ぶあたしを責められるの?」
「そうじゃない。とにかく、ここにいてもらう訳にはいかなくなったんだ。金ならいくらか渡す。だから、何も言わずに出ていってもらえないかな」
「なによそれ。子供はどうするの? あたし、手放さないわよ」
直幸は驚く。
「育てる気があるのか?」
「まさか。でも、あの子がいれば、あなたは私に養育費を払わざるを得ないじゃない。あたし、今の生活水準を保てないなんて考えられないの。慰謝料だって要求するわよ」
「なあ、美和」
「それと、財産分与としてこの本邸はあたしがもらう。当たり前でしょう? ここはもうあたしの家だし、明日も明後日もパーティの予定で忙しい……」
「僕たち、結婚してないんだ」
——————は?
まさに口をあんぐり開けて、歪んだ目尻の皺が痙攣を伴う程に不快を表した美和の顔面。直幸の言葉の意味を呑み込めないまま聞き返せば、その返答に美和の思考は停止する。
「三年前にきみが結婚した相手は僕じゃない。だから、初めからきみは鷹司家の人間じゃないし、子供も、鷹司家とは関係ないんだ」
「なにを言っているの? あの子は、あなたのっ」
「違うよ。僕の子じゃない。昭彦の子供だろう? もうとっくの昔に鑑定して結果が出てる。千紗子の父親は昭彦だ」
「う、嘘よ! ずっと知っていたなんて嘘だわ! じゃあどうして、あなたはあたしをこの家に置いたの? 千紗子の世話だって、ずっとこの家の使用人がやってきたじゃない!」
「贖罪だよ」
「なによそれ」
「美和。最後に千紗子の姿を確認したの、いつだった?」
美和の目が、泳ぐ。
「千紗子は今、昭彦のところで暮らしてる」
「ちょっと待ってよ」
「本当はきみが出産したその日から、千紗子は昭彦の戸籍に入ってるんだ。きみがサインした婚姻届の隣に名前を書いたのは昭彦。きみが結婚したのは昭彦なんだよ」
「待ってって言ってるじゃない! いや、え? 意味がわからない。昭彦さんとはもう、何年も会ってないわ」
「会える訳ないよ。きみは法律上、もう存在しない人間なんだ。
夏川美和——違和感のある名で呼ばれた美和は、目に涙を溜めてその場に崩れ落ちる。
座り込む美和を、直幸は哀しげに見下ろした。
「そんな馬鹿な……死んだ? あたしが? だって慶三さん、あたしの膨らんだお腹を撫でて言ったのよ? 鷹司のために、元気な子供を産んでくれって」
「言葉の通りだよ。その発言は嘘じゃない。でも、きみの居場所はもうここにはないんだ。わかって欲しい」
それだけ言い残して、直幸は去った。
取り残された美和はその場に尻をつき、絶望に打ちひしがれるように目を見開く。
「許されない……許されないわ、こんなこと」
美和は興奮を連れて立ち上がると、一直線に自身の鏡台へと走った。
おぼつかない手でガチャガチャと引き出しを漁れば、そこに入っていた小瓶を片手に鼻を膨らませ、深い呼吸を繰り返す。
「やってやる。やってやるわよ。私を侮辱し、立場を奪い取ったこと、必ず後悔させてやるわ……美聖」
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