第31話 芽吹かなかった種子

「《ファイアーストーム》!」

「《アースクラック》!」

「《オーバーシャドウ》!」


 炎が包み、大地が割れ、影が飲みこむ。

 敵をすべて対象にとる大魔法が入り乱れる。


 パーティがみな魔法使いといっても、さすがに全員を似たようなクラスにするわけにもいかず、俺がサポートにまわり、アピアナは回復に専念している。

 先手を打ってあらゆる属性の全体攻撃で焼き払えば、魔力を大量に消費するものの無傷で殲滅できる。

 当時は面倒がってやらなかった最後のレベル上げも、こうやって共に行動する感覚があると、がぜんやる気が湧くものだ。


「景色はとてもきれいなのに、すごく寒くて、恐ろしい気配を感じます……」


「そりゃあ最終層だからな」


 氷に閉ざされた森の中、漂う霧の向こうを怯えた様子で見つめるエルフの娘。

 一方の俺は、敵が落とした素材をせっせと集めていた。

 少々グロテスクではあるが、じつはサバイバル動画を好む自分は、それなりの知識と耐性があるのだ。

 狩りはワンパターンで、自分の出る幕はない。やれることをやっていれば、勝手に経験値が入ってくる。

 黙々と手を動かしながら、旅に焦がれた日々を思い出す。


 あの小説のような冒険に憧れ、子供のころはスカウト活動にいそしんでいた。

 近所に住んでいた帰国子女のお兄さんに誘われて入ったんだっけ。


 黒縁メガネを掛けて、あらゆる遊びの達人だった隊長。

 鼻がでかく、陽気にウクレレをかき鳴らしていた副隊長。

 名前に黒がつくせいか、電話番号がやたら厨二病ぽかった上級隊員。

 自分の学年は最も賑わっていた世代で、人数が特に多かった。


 若いころは楽しかった野外活動も、次第にほかの興味に負けていく。

 年を重ねるごとに、仲間はひとりまたひとりと減っていった。

 やがて俺とあいつを除いて、みんな来なくなった。

 隊長と副隊長も家族を選んで、上級隊員が引き継いだ。

 そして自分も行かなくなったある日のこと、夜中に一本の電話が来た。


 あいつが死んだって。


 皮肉なことに、散り散りになった奴らが葬式でみんな集まった。

 ひょっとしたらあいつは、また全員で一緒にやりたかったのかもしれないな。

 俺が小説家になると心に誓ったのは、あの日の帰りだった。

 でも己の才能のなさに絶望し、いつしか遊び呆けていた。

 俺はいったい何をしていたんだ?

 こんなことをしている場合なのか。


 ああ、俺も死んだんだった──。



「そろそろいったん休憩しませんか?」


「そうさな。魔力を回復せんと」


「はぁ、汗かいてきちゃったぁ」


 俺はハッとした。すぐさま、頭に入れていた地図の情報を引き出す。


「近くに泉があるはずだ。そこで回復して狩りを続行しよう」


「え~、休みましょうよぉ」


「もう足がくたくたです……」


「なにをいまさら急いでおる。今までぐーたらしていたくせに」


「こんなところで休憩している場合じゃないんだ」


「まあまあ、のんびりやろうじゃないか。ひとまず泉へ行くとしよう」

 ジェイドはゆったりとした動きで場をなだめる。


 ああ、そうか。

 俺が思い描く師匠とは、あんたのことだったんだな、隊長。

 火遊びしたときはさすがに怒られたけど、それ以外はヘマをしても笑いながら助言をしてくれた。飄々ひょうひょうとしていて余裕があり、すべてが格好よかった。


 想像なんてものはすべて自由であるべきで、根っこが現実だなんて認めたくない。

 それでも一つひとつたどっていくと、行きついてしまうのだ。


 俺が苦手とする物語は寓話であり、その最たるものが風刺だ。

 高校のとき、読書感想文のためにあらためて読んだ『ガリヴァー旅行記』。

 子供のころは夢のある物語だと思っていたのに、それを粉々に打ち砕かれた。

 数行ごとに付けられた注釈を読むと、この人物は当時の政治家を皮肉っているなどと興醒きょうざめのオンパレード。


 いま目の前にいるエルフたちを前にして、後世にこの妖精たちのイメージに大きな影響を与えた著名な人物が、寓話を嫌悪していたのを思い出す。

 ひょっとしたら、あの人も同じことを考えたのかもしれないな──。


「きゃあああああ!」


 しぶしぶ腰を下ろして休んでいた俺は、またアピアナの声で邪魔をされた。


「なんだよ、大声なんて出して」


「しー、しー、静かにするのよ!」


「もぐう!」


 メリフェラは妹の口を手でふさいだ。


「どうしたんだ?」


「待て、お前さん動くんじゃない!」


「うん?」


「おぬし慌てるでないぞ、ゆっくりとこちらに来るのだ」


「なんだよみんなして」


「て、テンマさんうしろ……」


「またまた、驚かそうたってそうはいかないぞ──」


 くだらない流れに呆れながら振り返る。

 とそこに、まるで小山のようにばかでかい牡鹿が立っていた。


「こ、こんにちは……、どちらさまですか……」


「こやつはエイクスュルニル!」


「わたしたち倒したはずよね……?」


「ななな、何なんですかあの化け物は!」


「いつの間にかリポップしていたようだな」


 巨大な角をこちらに向け、怪物は鼻息を荒げる。


「早く回復を──って薬はぜんぶ置いてきたんだ」


 やはりフラグだったか。アイテムがない時に限ってピンチはやってくる。


「逃げよう、すでに討伐済みだし、こいつは目当てじゃない!」


「そうしましょう……!」


 三十六計逃げるにかず。

 俺たちはエイクスュルニルに背を向けて、一目散に逃げだした。

 そういえばモチーフとなった神話では、あの鹿から流れ出す滴がフヴェルゲルミルと呼ばれる泉につながっているとされている。

 なかなか原典に忠実に作っているではないかと感心していると、前方からまた別の巨大な獣影が現れた。


「げえ、囲まれてる!」


「あやつはヘイズルーン!」


「なんて大きな羊さんでしょう……」

「ああ、やっちゃったわね……」

「ここがおれの墓場となるか……」


「……お、終わった」


 草食動物でも怒らせると怖い。今まさに、それを思い知っている。

 仲間たちはひとりまたひとりと、頭突きを喰らって吹き飛んでいく。

 こんなことになるなら、少ない体力でも鹿と戦っていたほうがマシだった。

 自分の身長よりも大きな角に絡め取られ、俺は空中へ高々と放り投げられた。


 ああ、白銀の世界がまぶしい。

 小さな双葉が空を舞っているのが見える。

 どんな大樹も始まりは小さな種だった。

 風に運ばれ、土に植わり、水を得て芽吹き、成長し、葉をつける。

 そして最後には、天に枝葉を大きく伸ばして、陽光をその身に受けるのだ。


 俺は、ゲームの世界でも木になることはできなかった。

 森にはあんなにも木々が立ち並んでいるのに、その小さな一本にすら届かない。

 ここまでか……。


 俺は二度目の死を迎えた。

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