第30話 師の面影

「ああ、アンタたちなら絶対そういうことをすると思っていたよ」


 背後から現れた三人組に向かい、俺はかぶりを振った。

 思うに自分が理想とする教師とは、冗談が言い合える関係なのだろう。


「こっちのアピアナちゃんも可愛い~!」


「きゃああ! いきなり何をするんですか!」


 黒髪たなびく妖艶なダークエルフのメリフェラは、エルフを演じるミヤを抱きしめて頬ずりした。薄地の衣装をまとう美女ふたりが絡み合う。

 じつにいい光景だ。次はこちらもお願いしたい。


「紛らわしいからテンマくんと呼ぶとしようか」


 ウェーブのかかった長い黒髪を垂らし、黒装束をまとったジェイドという名の男は言った。その瞳は、髪と不釣り合いな薄青の虹彩をしていた。

 おそらくこちらの思考を読んだのだろう。いま俺が演じている人物は、ほんらい別の名前であったはずだから。


「ボンクラなのは相変わらずだの」


 この口が悪いロリババアはメリッソドラ。

 純粋なハイエルフの血が流れる、という設定の、見た目上は小柄な美少女。しかし才能があるがゆえに高慢で、人当たりはかなりきつい。

 最も強いという設定があだとなり、物語に組み込むのが困難となった。


「いったい何年ぶりなのやら……」


「待ちくたびれたぞ。レベル上げをほっぽり出して、今まで何をしておったのだ」


「お前さんは昔から反復が苦手だからな」


「わたしもそういうのきらーい」


「あはは……なんとなくどういうキャラかはわかりました」


 初見さんの処理能力が上がってきたようだ。毎度毎度、道中をすっ飛ばし、初対面のキャラとラスボスを共に戦うのだから、さぞや大変なことだろう。

 とりあえず合流はできたので、宿屋の一室に場所を変えることにした。


「ひとまず状況を整理したい。今はどうなってるんだ?」


「すでにマップの解放はすべて終わっている。おれたちの平均レベルは90、この構成では99に上げないと無理そうだと判り、きみはとんずらした」


「ほんとに根性なしだの」


「くっ……」


「誰だってイヤよねえ」


「うーん。それじゃあどこかでレベル上げをしなくてはいけないんですね」


 たしかに同じことの繰り返しは得意ではない。俺はストーリーがなにより重要だと考えているからだ。


 突然だが、ゲーマーには四種類が存在すると考える研究者がいる。


 ひとつ目は、最強を目指す者。

 ふたつ目は、冒険を求める者。

 みっつ目は、目標を遂げる者。

 よっつ目は、交流を楽しむ者。


 ひとりで遊ぶオフラインゲームでは最後を除外するとして、追及するものが戦いか物語かで大きく分かれるのだろう。

 俺が患っている『ラスボス前症候群』は、海外ではあまり見られないが、日本では少なくないとされている。

 現実の徴兵制度がゲームにも大きな影響を及ぼしているという考えは、異文化交流をすると肌で感じることはある。


 しかしこの手のイメージ──たとえば同調圧力などは、実際のところ海外のほうがむしろ高いという研究結果があったりして、事実と乖離かいりしているケースがある。

 あるMMORPGの開発者が語った話だが、挙がってくる意見というものはどの国も大差ないという。

 日本の場合、コメント欄が荒れやすいので閉じてしまうなんて言われてはいるが、翻訳をかけてみると、案外みんな同じことを思っている。せいぜい海の向こうの兄貴たちは、ウィットな表現でクスリとさせてくるぐらい。


 結局のところ比率の問題であって、どの国にも一定数いるのではないだろうか。

 やめてしまう理由はさまざまだが、多くは物語を大切にする層に見られるようで、心理学的観点からこの傾向を興味深いと考える人物もいるようだ。

 今後、この研究が進んでいくことがあるかもしれない。


 閑話休題。


「ボスの前に経験値稼ぎをしないといけないとは……。どこか効率のいい所を知っていたら教えてほしい」


 すると子供のような容姿のハイエルフはぞんざいに答えた。


「宿屋で寝泊まりして、リポップする強敵を倒せばよかろ」


「それは困る。あまり時間をかけてはいられないんだ」


「わがままな奴め。だいたいイメージを優先してこんな妙ちくりんなパーティを組むのが悪い」


 魔術結社という設定を模索していた時期だったので、全員が魔法使いなのである。

 前後に分かれて隊列を組む仕様上、男ふたりは生贄のごとく前衛にされていた。


「ぐう。道中はぎりぎりいけて楽しかったんだが、ラスボスは格が違った……」


「あんまり強い技もないものねぇ」


 グラマラスなダークエルフの姐さんが、なまめかしく頬に手を添える。

 余談だが、褐色のこの妖精族は胸が大きくあるべきだと、某絵描きが言っていた。

 俺は決してそんなことはないと思うのだが、偉い人が言うのだから素直に従うのが賢明である。伝統とは、守らなければ廃れていってしまうのだから。


「初代のバランスがめちゃくちゃだったからって、強いスキルを削除しすぎたんだ。勝機があるとしたら、状態異常をかけて、その隙に瞬殺するしかない」


 ちなみに俺は、敵をがんじがらめにするこの戦法も好きだ。

 これはとあるネトゲで、召喚師が弱い期間が長すぎたために、妨害に長けた魔術師をたしなんでいたことが影響していると思われる。


 少し話は逸れるが、昔そのゲームで、新規実装された対人戦を身内でやってみようという話になったとき、ある人にすべての妨害魔法をぶちこんだところ、しばらく口を聞いてもらえなくなった。みんなも気をつけよう。


「話はついたかね」


 どの技が有効か、あれやこれやと相談していると、黙っていた男が口を開く。

 誰しもクールな人物になりたいと憧れたことはあるだろうが、こいつはその願望を受けて生まれたキャラクターであった。

 自身の性格と掛け離れているがゆえに、あっという間に別人格になっていった。

 魔術師について調べていた際に影占い師というものを知り、その道を求める人物に設定が固まっていく。

 そして彼もまた強くなり過ぎたため、主人公の師匠へと鞍替えする。

 自らが求める教師像を反映し、やがて愛嬌のある存在に変わってゆくのだが……。


「ここで悩んでいても仕方がない。最終層の雑魚を狩ってレベルを上げよう」


「私もスキルを把握しておきたいです。いきなり強敵だと混乱するので」


「よし、そうと決まったらさっそく出掛けよう」


「資金不足でまだ買えていない装備もある。持っていく薬品は最低限にして、素材を持ち帰るために鞄を空けておくといいだろう」


「そうさな、雑魚相手に薬品はいらん」


「そうよねぇ。重いもの持って歩いても疲れちゃうだけだもの」


「様子見でラスボスに挑んだときのままだから、詰まってて重かったんだ。置いてこ置いてこ」


 みな揃ってガラス瓶を机に並べていく。なんと全部で59本もあった。

 脱出用のアイテムと保険の蘇生薬を忍ばせ、俺たちは迷宮へと向かう。

 あそこはたしか、冷たい氷に閉ざされただったな……。

 

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