第16話 想像力
「行って帰ってくるだけだし、アガレスはいいか……。ようし、出でよセーレ」
左手を掲げて唱えると、中指に着けられた指輪がまばゆく光る。
呼びかけに応え、移動を司る魔神がたちまち目の前に現れた。
「誰だお前」
「ん、なんだご主人くんか。やだなあ、ぼくだよ、セーレだよ」
「いや、なんだその顔は……」
「パック中に喚び出すほうが悪いんじゃないか。言っとくけど、つけたばかりだから外さないよ? これ高いんだからね」
「いや、アバターじゃないんかい!」
「悪魔の方もそんなことされるんですね」
「美は一日してならず。日頃の努力がなければ大成しないのさ、何事もね」
「ふん、言うではないか」
くそっ、なにも言い返せない!
「それじゃいくよん。きらっ! あーよれたぁ!」
パックをつけてウインクした悪魔を生まれてこのかた初めて見た。
移動を完了するなり、セーレは嘆く。
「うぅ、じつはぼく、目尻のしわが気になって……」
「お気の毒です、職業病ですね」
ニヒルな笑い方をする俳優の頬が、片側だけしわになった話を思い出した。
そうこうしているうちに、典獄長はただちに姿を現す。
「これはこれは大魔王さま。いかがなさいましたか」
「勇者と面会しに来た。ただちに開放してやれ」
「なんですと、法を曲げなさるので?」
「人は二百年も生きられぬ。悪魔の法でさばくのは適切ではない」
「なるほど、ではピットをお呼びいたしましょう」
陰気な鍵番と共に、ひんやりとした地下牢の通路を歩む。
淫魔の檻を素通りして奥へと進んでいくと、やがて荒ぶる叫びが聞こえてきた。
「出せ、このやろう! 俺を誰だと思ってやがる!」
「ええい、うるさい、静かにしていろ。──あ、これは大魔王さま」
「なに、奴だと?」
「久しいな、エゼルレオン」
「テンマ……」
なるほど、たしかに誰がどう見てもコテコテの勇者である。
武器こそ奪われてはいるが、その瞳に成り上がり者らしい強い闘志が見てとれた。青と白を基調とした爽やかな色合いの鎧を身に着け、貴公子にはない精悍さを具えた容姿は、並みの女性なら目を引かれぬことはないだろう。
ふと横のアルディナを見やると、初対面が最悪だったせいか、その顔にときめきの色はない。
「もう目を覚ましていたか。臭い朝飯は済ませたのか?」
「ああ、美味かったぜ! お風呂も入ってスッキリした」
しまった、俺としたことがすべての施設レベルを完璧にしすぎた!
そういえばインキュバスの野郎は、ここを
想像力が足りていなかった。これがアウトプット不足か……。
「そうか、それは良かった。ピット、出してやれ」
「へ? どういうことだ」
「余は、貴様と王国軍との戦いをしに舞い戻った。正々堂々、正面からこの魔王城を落としにくるがよい」
「ぐう、敗戦つづきだから、居留守を狙うつもりだったが……」
「何か言ったか?」
「いやなんでもない。その首、洗って待っていろ。後悔するなよ」
小悪党じみたセリフを吐いて、勇者エゼルレオンは衛兵に連れていかれた。
「さてと、あっさり準備は済んだな」
「なにかあるのかい?」
「午後六時より、奴との決戦だ。これが最後の戦いとなるだろう」
「ふうん」
「なにを他人事のように。お前も来るんだぞ、セーレ」
「ぼかぁほんらい、戦いには向いてないんだ。そこのサキュバスくんもね」
「そんなことは関係ない。余は気に入った奴を使う」
「へえ。うれしいこと言ってくれるじゃないか」
「お供しますと言いたいところですが、戦うのは怖いです……」
「なあに、軽くひねりつぶしてくれる」
大魔王が大魔王たるゆえんは、最強だからである。
ソロモンの指輪を用いて圧倒的な力をもつ魔神の召喚を行ない、この世界の強力な武具を集めてきた。もはや俺に勝てる者は存在しないと言っていい。
だが、それは装備に大きく依存した強さだ。すべて取り除けば、残るのはいくつかの能力を備えた人間だけ。
「さてと、時間がもったいない。また呼んだら来てくれ」
「あいあい」
移動を司り、ウインクひとつであらゆる望みを叶える美青年の魔神は、顔にパックをつけたまま帰っていった。
彼らにも生活がある。これまで意識していなかった空想の世界での現実に、想像力を大いに刺激された。
自分が『デモニック・キャステラン』に没頭することになった理由もそこにある。
すなわち、細かい部分を自ら決められる余地が残されているのだ。
たとえばスキル。簡単な選択方式により、プレイヤーオリジナルの魔法を生みだすことができる。
脇役のNPCにまで名前をつけられるのもそう。万が一、DLC、つまり世界が拡張されたときのために、あのままずっとクリアをしないで、すべての名もなきキャラに命名してまわってもよかったかもしれない。
もっとも、ゲームでそれをするぐらいなら、自らの創作と向き合えという話だが。
「尾張さ……テンマさま、質問してもいいですか?」
兵士を除いてふたりきりになると、初見さ……アルディナがそっと尋ねた。
「なんだ」
「あちらのお三方の名前は、どういう意味があってお決めになられたのでしょうか」
「あの二体はロイヤルガードであるからして、騎士のknightと鉱物のniteとを掛け、AとBから始まるナイトがつく単語を探した。それでアラゴナイトとベリロナイトを思いついたというわけだ」
「なるほど、鉱物にお詳しいのですね」
「まさか。前々から似たようなことを考えていたから、たまたま覚えていただけだ。インプはあんな見た目だし、幼児語の牛乳を連想してミークにした」
「すごいですね。私は名前辞典から適当に決めて、どんどん描いてしまいます」
「ほう。気になるな、君の……そなたのスタイル」
肘掛けに座る彼女の体をちらと眺めながらつぶやく。
出会ったとき、つまり生前の彼女は眼鏡を掛けていて、服装も暗く、なんとも地味な印象がした。やや陰となっていたし、慌ただしくてさほど覚えてはいないが。
今はこんな薄着で寒くないのか、というか恥ずかしくないのだろうか。とんがった耳にコウモリの翼。平然としていて、コスプレを楽しんでいるようにも見えた。
「バイトを掛け持ちしてて、時間があまりとれないんです。だから、あまり下調べをしてなくて、とにかく手を動かしてます、いえ、今となっては過去形ですね」
「創作のモチーフはどこから湧いてくるんだ?」
「身の周りのこととか、読んだ漫画からですかね」
「それで描けるのか」
「いいえ、どこかで見たようなものばかりになって。かといって、なにから調べたらいいのやらわからないままやっていました。これじゃ上手くいくわけないですよね」
そう言って恥じらうように笑う。
こちらが遊んでいる間、この子は頑張っていたのか。それでいて、俺よりも創作に時間を当てているとは……。
「やり方は人それぞれ。なにが正解かはわからない。だが近ごろ、自分はインプットばかりでアウトプットが欠けていたことを痛感していた。俺たちは似た者同士だが、スタイルはまるで真逆のようだな」
「この試練が終われば、女神さまは本当に蘇らせてくださるのでしょうか?」
「謎の多い女神だが、なぜか信用はできる気がする」
「えへへ、それじゃあ、もしその時が来たら、お互い意見を交換しましょう。今まで恥ずかしくて人に見せてこなかったけど、もう知らない仲ではないですし」
「……そうだな」
最初の約束を思い出す。この試練は俺が与えられ、その報酬は彼女の蘇りだ。
ついでに自分も……とはとても言えまい。
いつの間にか、自分にも未練が残っていることに気がついた。
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