第9話 ふたたび女神の間

 次に気づいたとき、俺とミヤは女神の前に落下していた。さいわい敷かれた座布団がその衝撃をやわらげる。


「うるさいのー。大声ださずとも聞こえておるわい」


「いてて、もうちょっと座標を下にしてくださいよ」


「そう思って座布団しいといたじゃろ」


「ああ、やっぱり女神さまってこのお方だったのね」


「なんじゃ、もうバレよって。おぬし、大根役者じゃのう」


「すみません。でも、俳優志望ではないのでお許しください」


 この子の容姿ならそれも不可能ではないように思われるが、漫画家になるという夢を聞いてしまった以上は応援するしかない。


「ちなみに、さっきのはポテチじゃないわい。煎餅じゃい」


「いや、カロリー気にして!」


「あぁ、あんなに床に散らかして。よかったら私がお掃除いたしましょうか?」


 先ほど見せた気配りといい、ずいぶんと気立てがいい。ひょっとしたら、どこかのお嬢さまなのだろうか?

 いや、それだったら掃除なんて自らするわけないか。こう見えて案外、苦労人なのかもしれない。


「結構じゃ。おぬしらにはやることがあろう」


「そうでした。先ほどの『デモニック・キャステラン』は時間待ちになってしまったので、いちど後回しにして、別の試練をお与えください。どうかお願いします」


「はて、あのラスボスなんて楽勝だったはずじゃが?」


「どうもゲームで遊んでいたときとは事情が違っていて、重大なトラブルが発生したんです。だいたいあの世界はなんですか? どうやってあんなものを」


「神さまVRじゃ」


「謎の技術! でも納得するしかない!」


 いいなぁ、俺も神として生まれたかった。

 いや、神とはるものか。ふとそのようなゲームを遊んだ記憶が脳裏をよぎった。


「おぬし、物書きよりお笑いのほうが向いてるんじゃないかえ。そこの娘はボケで」


「あなたがツッコミどころ多いだけですから。というかどうして俺の夢を知ってるんですか。盗み聞きしないでくださいよ」


「ちゃんと果たしたかどうか、確認せにゃならんだろうに」


「と、とにかく、早く次の試練を! タイムリミットはいつですか?」


「今晩の二十四時にしとくかの~。わらわも寝たいし」


「わかりました。さあ、早く!」


「そう急かすでない。えーっと、次はっと……」


 煎餅のかすがついた手を指で舐めてから、ぱらぱらと台帳をめくる。アンタは紙がめくれないお爺ちゃん教師か! このペロリストめ。


「んー、それじゃあ、お次はこれにするかのう。ずいぶん懐かしいタイトルじゃな。今より二十五年前に発売、税込み価格……」


「値段はいいから!」


「おぬしにしては珍しく、中古で買ったんじゃのう」


「発売からだいぶ時間が経ってて、新品は売ってなかったから仕方がないんですよ。ということは、それを指しているのはひとつしかない」


「そうじゃ、『プライマル・イマジネーション・タクティクス』」


 懐かしい名前だ。方々を探してやっと見つけた中古を買うか悩んで、結局買った。でもすぐに新品の廉価版を見つけて、ひどくガッカリした記憶が蘇る。


「でもおかしいですよ。俺はそれをちゃんとクリアしたはず」


「ふむ、たしかにボス自体は倒してはいるが、これは特定のアイテムを所持しているとマルチエンディングが発生する。しかしおぬしはそれを手に入れられなかった」


「ああ……。昔は攻略本なんか絶対に見ない主義だったから、途中で投げてしまったんだった」


「それは悔いが残るのう」


「ええ、あの人の作品は、全部やり遂げたかったから」


「それじゃあゆくぞ、レッツラゴ──」


 そのとき突然、ミヤが話を割り込んできた。

「あの、ちょっと待ってください。どうしてこんなことをされているんですか?」


「ちょっとした事情があってね」


「なんで死んだあとにゲームしてるんですか? 意味がわからないですよ」


「うん、俺もわからない」


「なにか目的があるんですか?」


「それは……ねえ?」


 俺は言いよどんで、ちらと和装の美女に目を逃がす。あ、いま煎餅に手を伸ばそうとして、やめた。


「こっちに振るでない。ほれ、おぬしの口から説明せい」


「ええと……女神さまが約束してくださったんだ。試練を乗り越えた暁には、蘇らせてくれると」


「なんですって?」


「だから急ごう。時間制限があるんだ」


「わかりました。遮ってすみません、続けてください」


 女神はあらためて咳払いすると、いかにも日に当たってなさそうな手を向ける。


「それではゆくがよい。真のエンディングを見届けよ」


 光が放たれる。

 思わず両手でそれを遮るも、辺り一面が真っ白になった。

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