ラスボス前症候群の俺が、すべての敵に決着をつける
かぐろば衽
果てなき戦い
第1章 ゲームのはじまり
第1話 不完全なる完璧主義者
俺の名前は、尾張総一郎。
織田信長のような天下人になることを期待され、両親から名づけられた。
あいにく子供のころは、『終わりそう』なんて不名誉な
いつからか『完璧主義者』と呼ばれるようになった。
これは、妥協せずに隅々まで完璧にさせられる人間を指しているわけではない。
初めから完璧に仕上げようと意気込んだものの、序盤でつまずいて、ずっとそこに
学生時代、テストで難しい問題に当たったら飛ばせと、散々思い知ってきたのに、いつの間にかそんな当たり前のことすら忘れ去っていたらしい。
そんな俺には、誰にも言えずに、ずっと心に秘めている夢がある。
今現在、それはまさに完璧にしたいがゆえ、なおざりになっている。
決して忘れているわけじゃない。いつか必ずやろうとは思ってるんだ。
でも、まるで百日を一日と数えるかのごとく、いたずらに時間だけが過ぎていく。
『浦島太郎』に『アリとキリギリス』、そのような
それらが何を目的として子供向けに作られているかは、誰しも大人になるころには嫌でもわかるだろう。
俺は……ずっと子供だったのかもしれないな。
無限に時間があるかのように錯覚していた。
しかしあるとき一瞬にして、終わりというものはやってくる。
その命が燃え尽きる前に、やりたいことはやっておいたほうがいい。
あの手のお話は全部、死んだ人間からの忠告だったってわけだ。
気づくのが、遅すぎた──
その日、俺はいつものようにネタ探しに没頭していた。
断じていやらしいものではない。れっきとした創作のモチーフというやつだ。
調べることは昔から好きだった。
つらかった学生時代、出会ってよかった言葉のひとつに、『作るとは、学んでそこに何かを付け足すこと』というものがある。
だからパソコンのフォルダーには、こつこつ集めてきたデータが大量にぶち込んである。インプットしていればなんかやった気になれるんだ。それで満足しちゃうからダメなんだと、いちおう自分でもわかってはいる。
今日も今日とてディープな神話から最新の科学情報までたっぷり味わった。これでまたひとつお利口になったに違いない。この情報はいつか必ず役に立つことだろう。
本日の分、終わり。さて、遊ぶとしようか。
タブの広がりすぎたブラウザを閉じて、ゲームを起動する。
『デモニック・キャステラン』──悪魔を支配したと言われるソロモン王の指輪を手に入れた一介の人間が、著名な魔神を従えて魔王城のあるじとなり、日々奔走していくオフラインの洋物ゲームだ。
正直なところ、ややベタな世界観であり、グラフィックもやはりバタ臭い。
しかしそれを補って余りあるゲームデザインにほれ込んで、ずいぶんとやりこんでしまった。
すでに終盤。始めたころは無能揃いだった配下の魔物たちも今ではすっかり有能な部下となり、すべてのレベルは99とカンストしている。
あとは最後の難敵、勇者エゼルレオンを迎え撃つのみ。
「ねえダーリン、いつまでも玉座に座ってないで、早く私とイイコトしましょ?」
女夢魔のサキュバスが、肘掛けに座りながら腕に触れてくる。
「まてまて、アルディナ。これからジミマイと大事な話があるのだ」
「えー、つまんなあい」
「お前に付き合っていると干からびてしまうわ」
「もう、いけず!」
「ハッハッハ。我らが大魔王さまはお盛んですなあ」
男魔術師の姿をした悪魔は、体を揺すって微笑んだ。
この者は四大魔王の一柱。能力が最も高いため、イベントの進行を務める政務官に任命している。
たわいない会話を眺めながら、つい興味本位でうっかり先を促してしまった。
「それではジミマイ、話を聞こうか」
「はっ。現在、魔王城の状況は──」
「大変ダ、大変ダー!」
突然、赤子に似た容姿のインプが王の間に飛び込んできた。
「何事だ! 面会中であるぞ」
屈強で漆黒の体躯をもつグレーターデーモン二体が、矛槍を交差させて道を塞ぐ。
小悪魔はそこから顔を出して、大声で叫ぶ。
「緊急事態ダ! 勇者ガ! 勇者ガー!」
「なんだと! よし、通れ」
近衛兵たちが得物を下げると、伝令兵は玉座の前まですっ飛んできた。
「大魔王サマ! 勇者一行ガ幻影ノ森ヲ抜ケ、姿ヲ現シタトノ情報ガ!」
「ついにやってまいりましたな」
「あ~あ、勇者ちゃんってホントお邪魔虫なんだからあ。ダーリン、盛大に血祭りにしてあげちゃいましょうよ」
「いよいよ決戦の時か!」
「我らの正義を知らしめましょうぞ!」
……案の定だ。
普段からなるべく情報を遮断してプレイしているのだが、風の噂では、たったいま発生したこのイベントの後はエンディングロールが流れるだけで、クリア後に楽しむ要素は皆無とのことである。
だから俺は、ほかの横道をしらみつぶしに遊び倒して、決戦直前に至るまでの要素をコンプリートするまで、ラストイベントを先延ばしにしてきた。
重い気持ちで窓辺へと向かうと、勇者を先頭にして人間たちの大軍勢が見えた。
「これがとうとう最後の戦いとなるでしょう」
「ふふふ。ひとり残らず精気を吸い取ってあげるわ」
「コテンパンニシテ、ヤッツケテヤル!」
「陛下、我々はどこまでも付いていきます」
「大魔王さま、万歳!」
──そうか、これで本当に終わってしまうんだな。
最初はボロ布をかぶった人間からのスタートだった。
ひょんなことから悪魔を召喚する伝説の指輪を手に入れ、物語が大きく動き出す。
あまたの戦いを経て仲間を増やし、貴重な装備をかき集め、この魔王城と城下町を築き上げてきた。
悪魔ゆえに一筋縄ではいかなかった連中とも、これでいよいよお別れか……。
そう思った瞬間、俺はキーボードのAltとF4キーを押して、ゲームを閉じていた。そしてそのままパソコンの電源を落とす。
暗くなった画面には、虚ろな顔をした現実の自分が映っていた。
急に夜風に当たりたくなった。
支度を済ませると、しっかり戸締りを確認してからエレベーターに向かう。
ここはマンションの七階。可愛がってくれた祖母が去年まで暮らしていた場所で、親が未だに維持し続けているため俺は一銭も払っていない。
大学を卒業してもぶらぶらしていたところ、いいかげん動き出せと小言がうるさいので、逃げてきたのである。
時刻は午後の十一時半。自然といつもの散歩コースをたどり始める。
季節は冬。雪こそ降ってはいないものの、恐ろしく寒い夜だった。
ぬるま湯に甘えて暮らす愚か者には、このぐらいの温度がちょうどいいのさ。
俺だって最初は頑張っていた。
幼少期は病弱で、学校を休むことが多かった。
あのとき培えなかった何かが、ずっと自分に重くのしかかっていると感じていた。
それでも努力して、人並み以上の人間と思われていたし、思っていた。
幻覚だった。
選んだ学校が悪かったんだ。
医者の息子が多く通う男子校で、生徒は知恵が働く嫌味な
といってもボンボンゆえにそこまで悪いこともできない連中だったから、なんとか我慢できた。友達も少ないわけじゃなかったし、寂しくなんてなかった。
問題は教師だ。
思えばあいつらは、小学生から大学に至るまで、ずっと攻撃してきた。
大人になった今となれば、彼らも大変だったことは理解している。
それでも教師の中には、こちらが言い返さないのをいいことにストレスのはけ口にしてくる者が紛れていると、世間は認めるべきなのだ。
俺は被害者だ。間違ってなんかいない。
……だが、今更それを言ったって、ただ虚しさがあふれるだけ。
コンビニと併設された本屋を通り過ぎ、ここで宝物を買ってもらった記憶が蘇る。
『二年間の休暇』──『十五少年漂流記』として広く知られるそれは、俺にとってのバイブルだ。
いつかあのようなものを書きたいと思って、いちおうあがき続けてはいるものの、冒頭で頓挫してばかりである。
夜間でも車が往来する大通りに入った。
つらい記憶が頭をよぎり、しばらく心を無にして歩く。
慎重に左右を確認してからT字路を渡り、図書館を超えたら、そこは沼に隣接する公園の中。
今年はここでコブハクチョウのヒナを四羽見た。あまりにも可愛かったから、つい写真をチャット仲間に共有したほどだ。
現実の友人とはすっかり連絡が途絶えて久しいが、オンラインゲームで知り合ったフレンドとは相変わらず仲がいい。
耳を澄ましても、聞こえてくるのはちゃぷちゃぷという水の音だけ。
汚い沼は、夜空をよく反射していて奇麗だった。
そこからしばらくは、枝葉が頭上を覆う暗い小道が続いている。
見上げれば、木々の緑も今は
昼に歩けばのどかな道は、己を象徴するかのように陰鬱としていた。
橋が見えた。
たまにはここを渡って、隣町に足を踏み入れてから、折り返して戻ってみようか。そう思って短いずい道に入ろうとした瞬間、違和感を覚えて橋を二度見した。
欄干から人が身を乗りだして、横げたに足を掛けようとしている。大声で止めようとして、驚かせたらまずいと思い、慌てて口をふさぐ。
電光に照らされた暗がりを抜けてすぐに左へ曲がると、無慈悲な赤信号が見えた。車が来ないのを見計らって交通ルールを破る。
あの人はまだ居てくれているだろうか? いやな予感が頭をよぎる。
わざと足音を大きく立てて、驚かせないようにこちらの存在に気づかせる。
「待ってくれ!」
祈りながら欄干から顔を出すと、その先にひとりの女性が居た。
眼鏡を掛けた長い黒髪の人で、驚いた眼差しをこちらに向けている。
「早まるな! 頼むからじっとしてて!」
その人は返事をしなかった。怯えたように下を向き、すぐにまた顔を上げた。
自分の状況を改めて認識して、恐怖したのだろう。
「いま助けに行くから、絶対に動くな!」
言えば従ってくれるだろうとなんとなく思った。最初に見かけてから、すでに二分近くが経っている。おそらく彼女にはまだ迷いがあるに違いない。
欄干を超えるのは生まれてこのかた初めてで、とても恐ろしかった。でも目の前で人が死ぬことのほうがずっとずっと怖かった。
震えながら太い鉄塊をまたぐと、彼女は初めて言葉を発した。
「来ないで」
すかさず俺は返した。
「頼むから、これ以上俺につらい記憶を植えつけないでくれ!」
魂の叫びだった。
相手は明らかに戸惑いを見せ、どう返事をすればよいか、わからない様子だった。
「大丈夫。絶対に助けるから……」
強く頬をたたいて、震えを止める。迷っている時間はない、行くしかない。
下を確認してぞっとしたが、意を決した。横げたに足がつく。手を離さないようにしながら、徐々に近づいていく。
「来ちゃダメ」
彼女は、かろうじて聞き取れる小さな声を出した。
「もう遅い。話はあとだ。いいな?」
有無を言わせる気はなかった。左手を伸ばして、相手の右腕をつかむ。
柔らかくて、温かかった。
「……わかった」
急に素直になった。よし、これでこのまま引き上げれば……。
「腰、触るよ。いいね」
「うん」
抱き寄せると、彼女は小さく鼻をすすった。
「もうちょっとの辛抱だ。右に戻って、そこから上がろう」
「待って、足が震えて……」
「オーケー」
息をつき、改めて彼女の顔を見た。
「なんだ、意外とかわいい子だった」
「こんな状況で口説くつもりですか」
「吊り橋効果ってやつかな。いや、もっとヤバイ状況だから効果倍増だ」
「変わった方ですね。お名前はなんと?」
「尾張総一郎。人生も終わりそう……なんて、冗談言ってる場合じゃあないな。君の名前は?」
「ハツミ、ミヤ」
「初耳や」
「いきなり失礼ですね。初めて見るの初見、
「オオミヤノメ……アマテラスに仕える女神か。そりゃあ御大層な名前だな。年齢はいくつ?」
「女性に年を尋ねるなんて、デリカシーがないのですかあなたは」
「ははは、たしかに。少しは落ち着いた?」
「……はい」
「それじゃゆっくり……」
『アー!!』
「うわっ! びっくりした。こんな時にカラスかよ!」
「いやあ!」
「おい、動くなって、だいじょうぶ、大丈夫だから!」
「ううう、怖いよお」
続けてすぐ目の前に、何かが降ってくるのが見えた。
「って、てめえ、フンしてんじゃねえええ!」
「きゃあああ!」
「ああ──」
終わった。
身をよじった彼女を抑えきれず、俺たちは足を滑らせた。
どうせ暇だったんだから、筋トレでもしておけばよかったな。
真冬の沼。
冷たさと痛さを通り越した衝撃が全身に襲いかかり、一瞬で意識が遠のいた。
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