第33話 おかわりはいかがですか
手紙を手に持ったまま呆然とする令嬢に、レディナが慎重に声をかけた。
「なんて書いてあったか、聞いてもいい……?」
「えぇ……。わたくし……もう用済みになりましたの」
用済み――嫌な響きだ。
「用済みってどういうこと?」
エフティアが率直に尋ねると、リゼは手紙を置き、淡々と説明し始めた。
「わたくしには10人のお母様がいますの。もちろん、血がつながっているのは一人ですが。わたくしは7番目のお母様の娘にあたりますわ。
我がライナザル家は代々
にわかには信じがたいが、リゼの表情から察するに真実なのだろう。
「ですので、わたくしのために使うお金はもうないそうです。実を言うと、わたくしはあまり期待されていませんでしたの。家の方針で、子ども達にはそれぞれ異なる環境で異なる教育をすることになっていましたが、わたくしは出来が悪いからと、まだ歴史の浅いグランディオス第五学園に入れさせられましたの」
ため息が出てしまう話だった。
ひどい親だ。父さんと母さんだったら、きっと憤るだろうな。
レディナも何か考えるように目を閉じているし、ソーニャは不満を隠さない顔をしていた。
「ごめんなさい! わたくし、皆さんのことを出来が悪いなどとは全く思っていませんわ。短い間でしたが、色々あって、色々分かりましたもの……」
リゼが急に謝るので何事かと思ったが、どうやら僕の顔が随分と険しくなっていたらしい。
「いや、リゼさん違うんです。リゼさんに怒ったわけじゃありません」
「そうだよ! あたし達そんなことで怒ったりしないよ。ねえ?」レディナはエフティアに促した。
「うん。だけど、リゼちゃんがなんでそんなに落ち込んでるのかわかんないなぁ――」
リゼさんの気持ちを考えると、エフティアの物言いは気になった。
実際、困惑した表情で返答に困っていたし、静かに見守っていたメイドさんからは鋭い視線を感じる。
レディナもそわそわし始めたが、口は開かない。
多分、僕と同じ気持ちでいるんだ。
ソーニャが何かを言おうしたので、彼の手の上に手を重ねて止めた。なぜか例の
「――リゼちゃん、授業で言ってた。大切なのはおともだちだって。ここに、いちにーさん……メイドさんもいるから五人で、ミルラとイルマがいるから、リゼちゃんのおともだちは七人もいる!」
あぁ、そうか。
時々思う。
エフティアはたくさん間違えるけれど、正解にまでたどり着く力があるのだと。
「紅茶とケーキのおかわりはいかがですか」
「えっ、いいの! あっ……いいんですか?」エフティアは言い直す。
メイドは小さくうなずく。
その無表情に近い微笑みからも、少なくともメイドさんの心には刺さったようだし――
「ありがとう、ございます」涙ぐむリゼ。
――リゼさんの心にも、エフティアの言葉は届いたようだった。
涙をこぼすリゼに、エフティアはどう慰めていいのか分からずあたふたしていた。
レディナはその様子を見守ることに徹している。
「いつまで乗せてるにゃ」
「あぁ、ごめん」
ソーニャに叱られ、彼の手から自分の手を離した。
ふわふわな感触が名残惜しい。
「リゼっち、これからどうするにゃ? 学生やめろって言われてるんにゃ?」
「いえ……自由にしなさいとだけ。ただ、資金援助は一切しないという事ですわ」
「リゼちゃん……やめちゃうの?」
「やめたく、ないですわ。ミルラさんとイルマさんともまだお会いできていませんし、皆さんとももっと一緒にいたいですわ」
リゼは目を伏してうつむいた。
「リゼさん、この屋敷はどうなるんですか」
「住む分には自由にしなさいとのことですわ」
それなら話は早い――
「――授業料については今年の分は払っているはずなので、来年度以降は授業料免除の
「あの……特待枠というのは?」
「特に秀でた成績を収めた学生が入る枠です。学年ごとに十人分もの枠があるので、確実に入りましょう。具体的な方針については今後一緒に」
「確実に……ですの?」
「問題ありませんね?」
「あ、ありませんわ!」
「不安に駆られた勢いでこっそり働きすぎて、学業と訓練をおろそかにしないでくださいね」
逃げ場を失った小動物のような顔をしているけれど、リゼさんには頑張ってもらう。
「あの、アル君……学生って、毎年お金払わないといけないの?」
さっきからやけにそわそわしていたエフティアが尋ねてきた。
「うん」
極めて簡潔に答えると、エフティアは口を抑えて小刻みに震え出した。終いには「どうしよう、どうしよう」という言葉が漏れだす。
「わたし……お金ない……」
おそらく、この場にいる全員が想定していたことを彼女は言った。
「君も特待枠に入ればいい」
「えぇ! 無理だよぉ!」
「君は強くなるんだよね」
「それは……そうだよ! わたしは強くなるんだ!」
そう、君は強くなるんだ。
「じゃあ無理じゃないよね」
「……」
エフティアが懇願するような絶望顔をこちらに向けてきたが、知ったことではない。彼女は助けを求めるように反対側を向くと、自分と同じ顔をしているリゼがいるだけだった。
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