第34話 こんなものですよ、メイドは

持ち前の元気さを失っているエフティアとリゼ。

不安を抱えたままでは学業に支障が出てしまうが、どう励ましたものか。

比較的元気な、やけに思考は大人びた獣人ファウナともう一人の特待生を見て、これしかないと思い至る。


「ソーニャ、レディナさん、僕と一緒に二人の特待枠入りを手伝ってくれないかな」


ソーニャはとぼけたふりして頭が良いのを隠せていないし、レディナさんは特待生だ。


「にゃー、そういう言い方はよくにゃいと思うにゃー」

「ニャっちゃんに同意ー。そもそも、この子たちだってほら、こんなに怯えてるのに成績が急に上がるとは思えないなー」


確かに、「僕のためにあなたの時間をください」なんて、いくら友達でも身勝手なお願いだ。


ってなんにゃ〉

〈ソーニャンの方がいい?〉


僕から二人にしてあげられることって、何があるだろう。


「二人にとっても、君たちが一緒の方が心強いかと思ったんだ。それに――」


僕はテーブルを囲む一人一人と目を合わせていった。


「――もし、このお願いを聞いてくれるなら、僕の時間と能力の許す限り、ここにいる全員のお願いをなんでも……ひとつだけ聞く、というのはどうかな」


どれだけ思考を巡らせても、僕が渡せるものが思いつかなかった。思いつかない以上、みんなに決めてもらうしかないだろう。


「にゃ? 今にゃんでもって……?」ふてくされた耳がピンと立った猫人。

「言ったねぇ?」不敵に笑うもう一人の特待生。

「なんでも……ですの?」月が顔を出し。

「千個以上思いついちゃった……」不穏なことを言うエフティア。


目的を果たすためなら、なんだってする。

そう、なんでもだ。


「今のうちに考えておくかにゃ」

「あたしはもう決まったー」

「どうしましょう……もう胸いっぱいですのに」


「いやだ!」


皆の視線が一点に集まる。その先に腕組みをして顔を背けるエフティアがいた。


「エフティアさん、理由を聞いても?」


ひとまず聞いておく。

ひとつじゃ足りないとか言いそう。


「ひとつじゃ足りないっ!」


やはり。


「だって、特待枠って毎年入らないといけないんだよね? だったら――」

「三つ、だよね」


正直に言うと、別に数なんてどうでもいいんだ。

全員の視線が集まるのを感じた。


「僕は本気だ」


エフティアには強くなってもらわないといけないのだから。


「だからリゼさん、大丈夫です」

「……本当ですの?」

「時間はたくさんあります」

「……アヴァルさんがそうおっしゃるなら!」


すっかり明るさを取り戻したリゼは、エフティアと手を繋いではしゃいでいる。


「そうですわ! みなさん今日はこちらにお泊りくださいな!

少々狭いかもしれませんが……!」

「でっかいにゃ」「広いわね」「おっきいよ!」


確かに、この別荘は特待生寮よりも広かった。庭に至っては、特待生寮の訓練場よりも遥かに広く、駆けまわれそうなほどだった。


「あっ、いいですわよね……? メイドさん」

「問題ありません、お嬢様。早速お夕食の準備をします」

「お邪魔でなければ、あたしも手伝いますよ」

「おいらも手伝うにゃ」

「助かります。人数としては十分ですので、お嬢様とお二方はごゆっくりお過ごしください」



三人は調理場へと向かい、僕とエフティア、リゼさんだけ残された。

一気に静かになると、何を話したらよいのか分からなくなる。


「そうですわ! わたくし、もうひとつ目のお願いが決まってますの!」

「えぇーッ!」


エフティアが大声で驚く。

君は既に千個決まっているだろうに。


「なんでしょう?」

「ミルラさんとイルマさん、二人ともおともだちになってくださいまし。それが、わたくしの願いですわ」

「それは……」


不意打ちだった。

あの二人に対して抱いたどす黒いものが、脈打つごとに膨れ上がる。

僕の友達を馬鹿にし、リゼさんを騙していた人間。その友達になる?

それこそ馬鹿げている。


目を開くと、テーブルが消えていた。

制服を着た少女の足が小刻みに震えている。

目線を上げると、ミルラとイルマの顔があった。

どっちがどっちだったかな。

何を怯えているのだろう。

左手に冷たい感触がある。

波打つ刃の剣の柄だ。

そうか、僕は殺すためにここにいるのか。


――不意に感じた右手を包む硬さと温もりに、視界が明るくなった。

ミルラとイルマは消え、テーブルが在る。

その下で絡んだ手と手――その重なりから熱いものが押し上がってきた。


エフティアは何食わぬ顔でおかわりのケーキを片手で口にしている。しかし、僕の手を握る手はしっかりと固かった。


「――リゼさん、僕は……二人のことが嫌いなんだ」


言うつもりがなかった心の内――それを言葉にすると、胸の奥のどろどろしたものが押し流されていく。


「だから、友達にはなれないよ」


期待した言葉ではなかったはずなのに、リゼはひるがえってきらめいた。


「でしたら、きっとなれますわ――」


「どうして」と尋ねるよりも先に、リゼが言葉を続ける。


「――お二人に会えたら、お話をしてくださいな。それさえ約束してさえいただければ、わたくし、お勉強も頑張れますわ!」


こんなに眩しい笑顔の人が、あんな二人を想う――そのことが奇妙に思えて仕方がない。


「文句しか出てこないかもしれません……それでもよければ、約束します」


こんな投げやりな返答に、「嬉しいですわ」とリゼは微笑む。二つの月の髪飾りが、彼女の輝きを際立たせていた。




「あの坊ちゃん、いい暗殺者アサシンになりますよ」


調理場で、包丁を持ったメイドが物騒なことを言う。


「メイドってこんにゃん?」ソーニャははぐらかすように言った。

「聞かないで。多分違うわ」

「こんなものですよ、メイドは」


すまし顔のメイドの横顔をうかがうも、何を考えているのか二人には見当がつかない様子だった。


「こんなもんにゃって」

「あたしに振らないでよ」

「ふふ、冗談ですよ」


ゆっくりと包丁を下ろす手つきが、違う何かに見えてきた二人。怪訝な目でメイドを見つめ、レディナは慎重に尋ねる。


「リゼとは長いんですか?」

「初めてお会いしてからは、十年になります」

「長いにゃー」

「経ってみれば、意外と短いものですよ」

「どうして、あの子はあなたの名前を知らないんですか」

「当主様のご意向で、側仕えとなる者の名を知ることを禁じられていました」

「他の兄弟もですか?」

「いいえ、私の知る限りではお嬢様にのみ課せられたものです」

「そんにゃもんこっそり教えればいいにゃ」

「名を教えたメイドはみな別の奉公先に移されましたし、親しくする行為もまた同様です」

「うへぇ、気持ち悪いにゃ」

「あんた、失礼よ。ごめんなさい、うちの口減らず猫が」

「いいんですよ。ようやくお嬢様にもご友人ができたのですから」


友人という言葉に反応して、レディナは尋ねる。


「ミルラとイルマのことは、知っているんですよね。何か、二人について知っていることはありませんか」

「いいえ、特には。ほんの少しお遊びが過ぎる方々とお見受けしましたが、お嬢様はとても大切になさっているようです」

「二人の行方について、何か知っているんじゃないですか」


レディナの問いに、目を細めながらメイドは言った。


「知っていることだけ、お教えしましょう――」

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