第32話 メイドは珍しいですか
キルナ先生の授業でこってりと絞られた後、僕達は周囲からの視線も感じつつ、リゼさんの周囲を囲んだのだった。
「あら、アヴァルさん、それに皆さんも。ごきげんよう」
「ごきげんよう。リゼさん……昨日ぶりですね。もしよければ、今日も少し時間をもらえたりしませんか。その……色々お話できればと思って」
「もちろん……そうですわ!」
「どうしました?」
「皆さん、わたくしの住んでいる別荘に来てくださいまし! わたくしには大きすぎる家ですので、ぜひいらしてくださいな!」
急遽決まったリゼさん宅でのお茶会に戸惑いつつも、ソーニャ、レディナ、エフティアと共にありがたく招かれる。
「すっごおぉーい! アルくんちよりもおっきー!」
エフティアがリゼさん宅を見上げて屋根に向かって手を振る。
どうあがいても手は届かないよ。
あと寮は僕の家じゃない。
リゼが開けるまでもなく、ひとりでにドアが開いた。
メイドであろうその人が深くお辞儀をする。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいまですわ、メイドさん」
なんだ、今のやり取り。
疑問に思ったのは僕だけではなく、ソーニャ、レディナも少し首を傾げる。
僕の家にもメイドがいるけれど、さすがに名前で呼んでいた。
「ふっ、ふつつかものですが!」お辞儀をするエフティア。
「うふふ、さあどうぞ、エフティアさん。皆さんも」
促されるままに上がり、丸いテーブルを囲むことになった。
リゼ、レディナ、ソーニャ、僕、エフティア。
「こんなにお客様がたくさん来るのは初めてですわ!」
祈るような仕草で声を明るくするリゼ。そんな彼女にどう話を切り出すべきか悩んでいるのは僕だけではないらしく、レディナの笑顔にも切れがなかった。
「ねぇリゼちゃん、ミルラとイルマもよくここに来てたの?」
「にゃんだと!?」ガタリと席を立つソーニャ。
エフティア、切れが良すぎる。良すぎてソーニャが立ち上がった。
「えぇ! お二人とおともだちになってからは、よくこうして一緒に過ごしていましたのよ?」
「へぇーそうなんだー!」
「エフティアさんもぜひうちにいらして!」
「うん!」
あれ、何だかいい雰囲気な気がする。
レディナの顔をうかがうと、彼女もうなずいた。
「ねえねえ、その髪飾りかわいいね! 赤色と青色の……月?」
「ありがとうございます……昨日アヴァルさんもそうおっしゃってくださいました! その……髪も月みたいにきれいって……」顔を赤くするリゼ。
「にゃんだと!?」立ち上がるソーニャ。
「あっ……」僕は言葉が出せない。
何も間違っていないから。
一気に視線が自分に向かうのを感じたので、テーブルの木目を目で追うことにした。
「アル君ほんと!?」「はい」
「リゼはその髪飾りはどこで買ったの?」レディナが身を乗り出す。
「ミルラさんとイルマさんがくださいましたの!」
「…………そうなんだ」
「…………いいセンスにゃあ!」
会話の交錯の後に訪れる沈黙。
「うふふ、わたくしにも分かりますわ。皆さん、わたくしを気遣っていらっしゃいますの」
伏し目がちに微笑む令嬢に、僕達は返す言葉がなかった。
エフティアを除いて。
「そうだよ。みんな自分が悪くないのに、遠慮してるんだぁ」
「待ってエフティア。自分が悪くないからって、遠慮しなくていいというのは……違うよ!」
「でも話が進まないよぉ!」
「……それはそうだけど」
エフティアは僕が弱気になったと見るや、リゼに向き直る。
「リゼちゃん! 二人とはどうなったの?」
「どうなった……」
「あっ……えっと、昨日、わたし達がいなくなった後……」
「詳しい理由は教えてくださいませんでしたが、謝られましたの。自分たちが悪かったと。お金も必ず返すとおっしゃって……けど、もう会えないと……お二人の住んでいる寮にも戻られていないみたいで……」
最後まで言い切れず、リゼは顔を隠してすすり泣く。
「わたくし、お二人のこと、大好きでしたの。授業をサボったりですとか、訓練を抜け出したりとか……本当は悪いことと分かっていたこともしました。けど、一緒にいるだけで楽しかったんですの」
鼻をすするリゼに、レディナがハンカチを渡す。
「にゃけどっ、返すってことは、その時に会えるってことじゃないのかにゃ!?」
「……そうでしょうか」
しんみりとした空気の中、メイドが紅茶とケーキを運んできた。
「失礼します」
ゆっくりと置かれるカップを目で追う。
声が聞こえた時、メイドの手元からその口元に視線が移った。
「グランディオス第五学園都市は、第四学園都市に次いで規模が大きく――」
「――人の出入りが活発です。依然として性善説が幅を利かせていますが――」
「――悪人はいます。まだ年端もいかない女子などは、彼らにとっては都合がよいのでしょう」
「最初は小さな金額から始める。少しずつ、少しずつ金額を上げていき――」
「――依存と恐怖でがんじがらめにしていく。そんなお話を聞くことがあります」
カップを置き終えたメイドに、令嬢はもっともな疑問を投げかける。
「何のお話を……されていますの?」
メイドはケーキが乗った皿を配ろうとしていた手を止めた。
「ただのメイドの独り言です。お気になさらず。ただ、申し上げられることとしては、お嬢様が思い悩む必要はありません――と言うことだけ。どうぞ」
「え、ええ……ありがとう」
ソーニャと顔を合わせる。
「だったらそんな意味深なこと言わにゃい方がいいんじゃ」とでも言いたそうな顔をしていた。僕も同意見だ。
袖を引っ張ってくるエフティアの目は、明らかに説明を求めていた。
僕も分からない。
「皆様は、お嬢様のおともだちでいらっしゃいますか」
目が合ったので、「はい」と答える。
「そうですか」
特に興味もなさそうに言ったかと思うと、皿を置く時にずいと顔を寄せてくる。思わずエフティアの座っている方に仰け反るも、相手もかまわず迫ってくる。
なにこの人、怖い。
目を奥を覗かれた気がして、少し気持ち悪い。
「僕の顔に、何かついていますか」
「いえ、好みのお顔立ちだったので」
「えっ」
「にゃんだとッ!」ガタリと席を立つソーニャ。
「まあ!」リゼは口元を手で覆う。
「……」怪訝そうな目で見るレディナ。
どうしよう、どう答えるべきかな。
これは社交辞令だろうか。
それなら――
「あなたもお綺麗ですよ」
「もったいなきお言葉です」
――これが最適解、のはずだ。
ふと背後にいるエフティアが気になり、「ごめん、急に身体を倒してしまって」と謝ってから彼女と顔を合わせた。が、すぐにレディナとリゼの間の虚空に目をそらす。
無表情でこちらを見つめられる恐怖に耐えられなかった。
レディナに目で助けを求めるが、彼女は何か他ごとに気を取られているようで、上の空。
リゼは赤面して「どうしましょう」を繰り返しているし、ソーニャは「エッチにゃ……」とわざわざ僕に聞こえる声で独り言のように呟いている。
先ほどまでとはまた打って変わって奇妙な空気になった。
何かを間違えてしまったらしい。
ふぅ、それにしても素晴らしい紅茶だ。
隣から差し込まれる目線から逃れるように、メイドの所作を眺めることしか僕にはできなかった。もはや懐かしい光景だ。
「メイドは珍しいですか」流し目メイドは微笑んだ。
「いえ、むしろ懐かしくて……すみません、じろじろ見てしまって」
「そうでしたか――」
(――もっと見てもかまいませんよ)
ありもしない想像をしてしまった自分を、心の中で切る。
エフティアと関わって以来、少し――いや、かなりおかしい。
「おいらメイド初めて見たにゃ」
「私も
「ありがとにゃ」
全員に紅茶とケーキが行き渡ると、リゼが「待ち遠しかったですわ!」と興奮気味になる。
僕も待ち遠しかった。
「メイドさん、ありがとう! さあ、皆さんどうぞお召し上がりくださいな!」
「はーい!」
「にゃ!」
エフティアが感情を取り戻したのか元気に返事をすると、ソーニャもそれに続いた。
「ヴァルっち、これどう食べるにゃ」
ソーニャは体を左右に揺らし、イチゴが乗った三角形のケーキをどう攻略するか悩んでいた。
「食べやすいように……このあたりを切って、刺して食べればいいと思うよ」
「ありがとにゃ」
こういうところは自由じゃないんだよね。
「アル君、これどう食べるの?」
まだきれいなケーキを見せて尋ねるエフティア。
「食べやすいようにね……このあたりを、切って、刺して食べればいいんじゃないかな?」
「えへへ、ありがとう」
久しぶりに「えへへ」を聞いた気がする。
よし、じゃあ僕もそろそろ食べ――
「アルちゃん、あたしにも教えて?」
――レディナさんも? 意外だ。
「食べやすいようにですね――」
「あはは、言ってみただけ」
「なんのいたずらですか」
「ううん、あんたが同じことを何回聞かれたら音を上げるのかな、なんて」
「何回でも教えますよ。そうしていればいつか覚えるじゃないですか」
「十回でも?」
「百回でも、千回でも」
レディナは「なるほど、そういう感じね……」と何か満足そうにする。「どういう感じです……?」と尋ねても、「いい感じ」と適当に流された。褒めてくれている……のかな。
「アヴァルさん、わたくし、実は授業で理解ができていないところが……その、たくさんございまして……教えていただいてもよろしいかしら」
「はい。その代わりと言ってはなんですが、僕達と一緒に剣術の訓練をしてくれませんか。その、できればかなり頻繁に……」
元々頼もうと思っていたことを、ようやく伝えることができた。
「……喜んで! どうしましょう……悲しいことがあっても、素敵なことは起こるのですね……」
ここまで長かった。
ソーニャとレディナは手を止めてほっと息をついている。
エフティアは口をもぐもぐさせながら、微笑んでいた。
リゼも「はしたないですわよ」と言いながら、エフティアの頬に着いたクリームをナプキンで拭っている。
始まりから一転して和やかな空気が満たされた頃、メイドが封書を持って歩いてきた。それをリゼに渡してから言う――
「――お嬢様、父君からお手紙が届いております」
「ありがとうございます、後で目を通しますわ」
「今の方がよろしいかと」
「……そうですの?」
何事かとリゼを見守る。
瞳が左右に動くたびに、彼女の表情は暗くなっていった。
「そんな……嘘ですわ」
声色から察するに、良いことではないらしい。
これ以上月が欠けてほしくないと願うのは、僕だけではないらしく、この場にいるリゼ以外が手紙の裏を見つめていた。
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