第17話 狂信者

死とは恐ろしいものだ。恐ろしいもののはずだ。

だというのに、


「なんなんだこいつら!」


不死身の軍隊。いや、それよりもっと悪い。

数は多いが練度はそこそこ。自警団ともあれば、無血で解決できただろう相手だった。だが、奴らはしぶとい。全員がなんかの主人公かってくらいにしぶとい。


あまりのイカれ具合にカルテさんも冷汗をかく。


「おいまずいぞ。あいつら敵も味方も見境なしだ。」


森も家も人も守る必要のない奴らは、好き勝手に火を掲げている。もの陰に隠れようものなら火を放つ。たとえそこに味方がいようが気にしない。避けきれず火だるまになった敵が暴れまわり、余計に火の手は回る。


「何が魔法結社か。......宗教と言われた方が納得できますな。」


静かに怒るエテルさん。対してケントさんは笑う。


「はは、狂信者なのはこっちも同じっすけど、ねッ!」


放たれる衝撃波。触れたら一発アウトな火だるまはぶっ飛ばすのが一番だ。この一年で三次元に展開する魔法陣を研究し続けていたケントさんは、ついぞ範囲攻撃を完成させたのだ。


するとひとまず一番弱そうな奴から襲い掛かろうと思ったのが、幾つもの杖が向けられる。


「イトさん!」


「大丈夫です!......お前らごときに死んでやるもん、か!」


迸る衝撃波。破裂する岩の破片。衝撃は届かなくても礫は届く。


「なんだアイツ、自分ごと、うぐっ!」


「自爆にゃ自爆じゃゴラ!かかってこいや魔法結社ども!」


やっててよかったケント式。エントリヒさんの研究がない日は他の研究を手伝っていた。その甲斐あってか、この町でも結構応用が効くようになってしまった。

とはいえこの数相手では、そう思っていた時。


「みんな、お待たせ。避難豪の守りは完璧にした。」


「出たな元凶!無敵のエントリヒさんでどうにかしてくださいよォ!」


元はといえばエントリヒさんが襲撃を教えてくれないからこうなってんだ。落とし前、付けよっか。


「まあまあ。でもほら、君たちならどうにかなっただろう?」


数百年の時を生きたエルフの体は魔法生物に近く、魔術の行使に必要な触媒はその身自身で事足りる。

パチンと指を鳴らせば魔方陣から射出される光。

夜空を煌々と照らしたかと思えば、たちまち降り注ぐ光線。


聞こえは良いが、見た目は花火の打ち上げに失敗したみたいな。つまりは、なんとも悲惨な結果ということだ。


「うわあぁ!助け、」


「何故だ!何故あんな動きが!」


光に貫かれ、抉られ、慌てふためく敵。

そのうちの一つが、一際趣味の悪いローブに身を包んだ男を貫いた時、争いは完全に停止した。


「......なんだ?」


突然な変化に動揺を隠せない。さっきまではゾンビ集団みたいだったのが、急にただの死体に戻ったみたいに止まりやがった。


息を切らしながら、敵と距離をとる。


「様子がおかしいっす。きっとまだ何かあるっすよ。」


「イトといい麒麟といい、ここ最近は妙な死に方をする奴らばかりだな。」


カルテさん、実はデリカシーないよな?


「いやいや、麒麟に関してはこいつらの寄生生物のせい......あ。」


「おいイト、すごーく嫌な予感がするんだが。」


「奇遇だねカルテ君。僕もだよ。」


おいエントリヒさんよ、歩み寄るのはせめて戦いが終わってからにしてくれ。だが、確かに悪い予感がする。いや、悪い考えが頭をよぎったというのが正しいか。


「こいつらの研究分野が寄生生物だとすれば......。」


「ここからが本番というわけですかな。」


ぎょろり


開ききった瞳孔が動いた。

関節の錆びた操り人形のように、ギシギシと体から悲鳴を出しながら立ち上がる死者たち。これじゃあ本当にゾンビだ。


「死ねい!」


すかさず頭を打ち抜くエテルさん。だが動きは止まらない。

しかも厄介なことに本体が見当たらない。以前のキノコのような分かりやすい寄生生物がどこに憑いているのか分からない。


「くっ、」


エントリヒさんも応戦するが、光線は数多く貫けても有効打にはならない。生身の人間相手では、足でも貫ければ歩みを止めれただろう。だが奴らは違う。足を切り落としたって向かってくる。


今はまだ死者が出ていないが、徐々に、だが確かに押され始めている。


いや待て、死者?


気になって倒れている敵の死体を見る。ちゃんと焼け死んでいる。


「燃やせ!」


「え、分かったっす!」


理由は言わずとも。試してみればわかる。

次々に火を打ち出す。すでに荒れ果てた里。もはや遠慮はいらない。


燃えながらも進む塊。

だが途端に苦しみだし、胸を搔きむしる。


胸?おかしい、焼死で自殺した時は確か酸欠で喉を掻いた覚えがある......。


ハッとして焼死体に駆け寄り、無残にも胸にナイフを振り下ろす。血みどろになりながらかき分ければ、そこには肺に食い込んだ芋虫のようなものが。


「肺だ!こいつら、肺に食い込んで酸素を取り込んでる!そこを貫くか窒息させれば殺せる!」


「よし、聞いたか!肺だ!肺と呼吸器を狙え!」


人から人へ、叫び声が情報を伝達していく。対処法が分かれば、自警団であれば対処できる相手だ。


だが、物事はそううまくはいかない。


「なんだ、歪んでいる?」


オーラとも違う、寄生された敵の肌が溶け始め、そのまわりの景色が歪んでいる。あれは炎の揺らめきと同じだ。熱で空気が歪んでいるんだ。


カチッ


何かの切り替わる音。

それが爆発の合図だと、吹き飛ぶ目の前の死体を見て分かった。


「うぐあぁっ!」


阿鼻叫喚。

これ以上破壊されようがないと思っていた里が、瓦礫すら残さず爆破されてゆく。


こいつら、寄生生物の欠点をさらに改悪しやがった......!


昏睡茸と同様、芋虫もそう長くは生きていけないのだろう。だが、ドグマの奴らはそれを直すどころか悪用したのだ。自爆という最悪の手段へと。


あるものは吹き飛ばされ、あるものは破片が突き刺さる。


爆破する前に倒さなければいけない。


「今、ここで殺しきる!」


駆け出すと同時、カルテさんも同様に敵へ一直線に走り出す。

魔術を展開する時間が惜しい。肺を一突きに、それが敵わなければ範囲外に吹き飛ばす!


敵の動きは鋭い。関節の存在を無視した動きは厄介。しかし、一年前ならいざ知らず、今は臆することなどない。


肩を外して刃物が飛び出た左腕を振りかぶるゾンビ。

リーチ外からのそれを滑り込みで躱し、その腕を切り落とすと同時にその足を蹴る。


「死ね。」


覆いかぶさるように倒れこむゾンビの胸元にナイフを差し込む。


もはや血も吹き出ない肉体。今度こそ死体に戻ったそいつを払い、次の敵を探す。


「破ッ!」


ドンと飛ばされるゾンビ。一体敵を殺っている間に、カルテさんは既に三体の敵を倒していた。


警戒も怠らず、背後から襲い掛かってきたゾンビに後ろ蹴りを見舞いし、のけ反ったそいつの肺を貫く、その瞬間。


カチ


「まずいッ!」


至近距離、躱す余裕はない。

だが目を閉じることなく、最後まで敵を見据えようとするカルテさん。


「届け足ィィ!」


爆発。

ギリギリで蹴りを入れるも吹き飛んだ足下半身。だが、こっちはどうでもいい。


「カルテ君!」


エントリヒさんの叫ぶ声。

どうやら、カルテさんを少しでも遠ざけようと抱き寄せたらしく、カルテさんの命は無事だった。だが、五体満足とは言えない。


こぼれる血。エントリヒさんに抱えられたカルテさんには、右肘から先がなかった。失神した彼女を抱きかかえ、初めて見るエントリヒさんの涙をぼんやりと見つめる。


ああ、またか。


また守れないのか。


また泣かせるのか。


「俺は、なんのために生きているんだ......!」


考えろ。自分に何ができるか。こんな屑でも誰かを救える方法を。


爆発、ゾンビ、寄生生物......?

前回はどう倒した?思い出せ、思い出せよゴミが!


そうだ、俺はあの時も死んでいた。何の役にも立たず、守ることすらできず死んでいたんだ。いや待て、ならその間誰も攻撃されなかったのは何故だ?


生きても死んでも変わらないような俺がどうこうしたところで、そう大差は......生きても、死んでも?

......あの昏睡茸は麒麟が生きている間はどうしてた?死んでから動きだしたということは、麒麟が死んで初めて生まれた......?


そうか、俺が死んだことで奴の中の俺がいた記憶も消えたのだ。

普通、長い人生を生きた者なら俺がいた記憶が消し飛ぼうが何も変わらない。だが、奴の人生は、麒麟が死んでからのものしかない。そのすべてに俺がいた。


「生まれてからのすべての記憶が無くなったのなら、」


「......イト君?」


「あの芋虫野郎の思考だって無に帰するんじゃないか......?」


「待て、待つんだ!」


撃ちあがる花火。

大きな破裂音にゾンビはそろって目を向ける。


「初めてだ。自分の死を見届けてほしいと願うのは。」


少しでも多くの目に。

少しでも広範囲に、俺の死を。


ジューッ


両腕に抱えたゾンビが熱くなっていく。空気が歪み、皮膚が爛れ、そいつの終わりが近いことを示していた。


カチッ


体内から聞こえる音。

俺は体が裂けていくのを刹那に感じながら、ゆっくりと目を閉じた。




破裂した体は数多の肉片、血しぶきとなり、そのすべてが死を知らしめる。

全てのゾンビ、その体内にいる蟲も、そしてエントリヒさえも。

その死を余すことなく認知するのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る