第18話 堪える
「正直に話してくんないっすかね。あんたは一体何者なんすか?」
もろとも記憶を消し飛ばし、目覚めた時には一晩が経っており、すべて終わっていた。薄々察してはいたが、やはり味方ごと記憶を吹き飛ばしたようで、初めは黙って殺されていたが、死ぬたびに忘れられ、また殺されてを三度繰り返したあたりで、どうにか会話をすることに成功した。
「敵は急な活動停止。倒れてるのは右腕のない隊長に数多の焼死体。んで無傷で裸のあんた。一体全体どういうことすか?」
あの時の行動に後悔はない。後悔はないが、同じ釜の飯を食べたケントさんに詰められるのは正直堪える。
「どうもなにも、死にたくても死ねない体なんです。爆破で死んだから服も木っ端みじんになったんですよ。」
百聞は一見に如かず、試しに腕を切り落としてください、と頼んでみるも冗談じゃないっすと一蹴されてしまった。恐らくまだ信じていない。まあ、信じなくても構わないか。
「まあ、ドグマの入れ墨がないのは一目でわかったっすけど。死なないっていうんだったら、裸のまま森に放りだしても構わないっすよね。」
「ふむ、島流しならぬ森放しですか。望むところですね。」
思えば随分と長居してしまった。言語を教わり、魔術を教わり、暮らしを教わった。いずれ自殺するのに役立つかもしれないが、おおよそ関係なさそうなことばかり。それでも一年間この地にいたのは我儘故だろう。結局死にたい死にたい言いながらも、生きている限りは欲を抑えきれないのだ。
だから、ここらで潮時だろう。そう、潮時......
「とは思ってたけどさ。本当に裸で放り出すかなフツー?」
見渡す限りの木。あるのはお情けのローブのみ。
そこには人っ子一人いない。箱に戻ろうにもここがどこだか分からない。葉っぱの隙間からわずかに見える空にはワイバーンの群れが見えた。
「詰んだ。」
いやナイストライ。GG。あれ、ゲームオーバーなのに終わんないぞ、どうなってんだこれ。......はあ、やってられねえ。早く人生にもリセットボタン実装してくれ。
仕方がないのでとりあえず適当に進んでみる。
この森の生存率は低い。
なにせ初めて出会った相手が角ウサギだ。一年この森と共に暮らしてきたが、角ウサギはガチでヤバい。今なら分かる。精霊のもつ魔力は恐ろしく濃く、その攻撃が掠っただけで即アウト。死んでもその日のうちに生き返ってたのがあいつ相手だと一月も掛かったもんな。
そんな噂をすれば、近寄ってくる力強い気配。
麒麟なんてものじゃない、歯が立たないような何かが、一直線に近づいてくる。
「おいおいおい......!」
バッと飛び出す小さい影。
深紅の瞳に凛々しい角。溢れ出す瘴気の禍々しさも今なら分かる。
「みゅー!」
「お前えぇ、来てくれたのかぐへぇっ!」
愛らしいその姿はまさしく角ウサギ。なぜ毎度腹にタックルしてくるのか分からないが、バカな角ウサギをそれでも愛そう。
しかし、昨日の戦いにちゃっかり角ウサギも参加してたはずなんだが、初めて会った時といい精霊に記憶操作は効かないのだろうか。こりゃ命の奇跡は精霊にもらうという説にも信憑性が出てくるな。
「しかもお前、フシギさんがくれた絵葉書まで持ってきてくれたのか!」
「みゅー!」
なんだこいつ、まじでかわいいな。
角に刺さっていたのはいつぞやの絵葉書。フシギさんからのちょっとした言伝と、白川さんとの写真が貼ってある、大事なものだ。
選別に貰ったローブを引きちぎり、細長い切れ端をロープ状にして首にかける。そうすれば首吊り死体、ではなく裸に写真を紐で引っさげた変態の誕生だ。
「とりあえずは、衣食住だな。」
「みゅー!」
別に死ぬのも放り出されるのも大歓迎。ただ、目的は死ぬことが第一であって、苦しむのは二の次だ。要は、生き埋めだとか、永遠に動物の生き餌だとか、そういったことは望んでいない訳で、裸なのは大分無理がある。
シュッと腕を切り付ける葉っぱや尖った枝。今でこそ勝手に治っていくが、それにも限界がある。食いだめが底を尽きれば、不眠症大歓喜の強制入眠がやってくる。この無防備でいる時間が一番まずいのだ。
ずかずかと森深くへと入り込む一人と一匹。立つ鳥後を濁さず、誰もいなくなったその場所にはまともな痕跡はのこっていない。
「ハッ、ハッ、......クソ、いない!」
息を切らしたケント。確かにここに置いていったはずなのに、と歯ぎしりをしてしまう。
伊東一千花の死は誰の記憶にも残らない。当然、その存在も。
だがその事象は記録に残る。それはある者の日記に、それは二人分の食器に、それは研究記録の中に。数ある誰かの存在した記録が、ケントに嫌でも真実を知らしめる。
「あの男が言っていたことはきっと真実だ......!」
だがそこにはもう人影一つない。あるのは引きちぎられたローブ。焦りながらも注意深く地面を見るが、足跡はおろか血の跡ひとつ見当たらない。
「まさか......森の最奥に入った?」
テール大森林。別名、
里の研究者達ですら、命の奇跡を解明できない一番の理由。そこに入ったというのだろうか。
「本当に不死身なら、きっといくらでも会える......はず。」
ケントは覚えていないその男と、いずれ再開できることを祈った。
* * *
「あ、これ死んだわ」
「みゅー!?」
吹き飛ばされる体。木に体を打ち付け呼吸が一瞬止まる。クソ、辛うじて生きてるじゃねえか。
突然の接敵だった。
森を彷徨い歩いていると、かなり開けた場所に出た。中央に一本だけ佇む大木に栄養が持ってかれているのか、周囲にはそれ以外に何も生えておらず、青々とした空が見えた。
視界が開けていれば接敵に気づきやすい。そう思ってここをキャンプ地とする!と宣言したのに......。
急に陽が沈んだ。そう錯覚するほど一瞬の暗転。それが空を覆い尽くすほどの巨体の影だと分かるころにはこの有様だ。
「あァ、なんだこいつは。」
かぎ爪で引っかかれ、胸元がパックリと開いている。切れ味が良すぎたのか、刺さることなく吹き飛ばされたのは幸いだが......。
「空を飛ばれちゃ戦いようがないな。」
上空、逆光に照らされたそのシルエットはひどく大きく、まるで太陽の化身。そして、その存在ならよく知っていた。
「麒麟がいるならお前もいるよな。鳳凰ちゃんよォ!」
日本国紙幣で見慣れたその姿。ただ余りにもでかすぎる。
「キュルォォォ!」
深く息を吸い込んだと思えば吐き出される金色の炎。
大きく転がりどうにか躱す。炎は背後の木々を溶かすが、燃え広がることはない。
一体どうなっているのかまるで分らんが、なるほどここら一帯はこいつが消し飛ばしたのか。
見晴らしのいい理由を今さらながらに知るが、逃げようにもさっきの炎が追ってくるだろうし、だったらまだ敵の攻撃が見やすいこの場に留まっていた方がましだ。
「しょうがない、一か八かだ!」
的確にこちらを狙って飛ばされる羽。ひとつひとつは躱せても、この物量ではさすがに苦しい。多少の怪我覚悟でスライディング、大木の下に滑り込む。
「この木だけは燃やされてないの、なあぜなあぜ?」
かわいく首を傾げて見せたのになぜか怒り出した鳳凰が、金色の炎を吐く。目前に迫ってくるその熱波に思わず死を覚悟するが、案の定、炎は見えないなにかに阻まれる。
「ずっと引っかかってたんだよな、フシギさんの手紙。なんで家の周りじゃなくて大樹の周りが安全って書いたのか。」
その答えがこれだろう。この森の大木は、身を危険から守るのにピッタリだ。
「だが、問題はこいつをどうするかなんだよなあ。」
「みゅー......。」
懲りずにアタックしてくる鳳凰。諦めることを知らない目をしている。まあ、我慢勝負なら武がある。なにせ食事いらずだから。ただ角ウサギはそうもいかない。要はここで鳳凰を倒さないといけない訳だ。
「角ウサギの脚力ってあそこまで届く?」
「みゅう......。」
どうやら無理らしい。肥大化した足は質量も増えるようで、角ウサギ自身では高く飛び上がれないようだ。
「じゃあ仕方ないか。」
「みゅぅ。」
「俺が飛ぼう。」
「みゅー!?」
というわけで、即席投石装置だ。従来の製品と違うポイントは人間の石頭を発射するところ。角ウサギに後ろ蹴りの角度を調整してもらい、蹴っ飛ばしてもらうことになる。
「お願いします!」
「みゅー!」
「あ、まってやっぱ心の準備ぐわあああぁぁ!!」
やばい酔いそう。だが角度は良い感じだ。
「さっさとお縄に付きやがれぇ!」
丁度鳳凰にぶつかり、その体をよじ登る。この巨体を倒せるとは思っていない。だが地に落とせれば角ウサギの一突きで仕留められる。
「キョエエエェェェ!!」
「く、暴れんなって!」
いやそりゃ暴れるか。
必死にしがみつくが、鳳凰はその体表すら固く、暴れるたびに爪が持ってかれる。爪が持ってかれれば握力が持ってかれる。全部はがれるのも時間の内、そうなれば普通人はモノを掴んでいられなくなる。
「そう、普通はなあァ!」
だが爪はいくらでも再生する。
耐えがたい苦痛に悲鳴を抑えられないが、これは生きている罰なのだと言い聞かせ、やっと鳳凰の顔面にたどり着く。
生物の急所。
刃物がなくても狙える弱点、鳳凰の目ん玉を拳で叩きつける。
「キュルオォォォォォオ!」
鳳凰と言えども一たまりがなく、片目が潰れ墜落する。しがみ付いていたこっちも地面に叩きつけられ、いくつか内臓がやられたのだろう、体が動かない。
だが、堕ちた!
「みゅ!」
一突き。
その大きな肉体からすれば、本来些細な怪我だろうそれは瞬く間に鳳凰の体を蝕んでいく。鳳凰は鳴き声一つ出す暇なく、朽ち果てるのだった。
「あぁ、マジで助かったぜ......」
「みゅー!」
内臓の修復がいくつか終わり、痛みありきでなんとか動かせるようになった体を持ち上げる。ピクリとも動かない鳳凰だが、二度も死体に襲われた経験から念のため寄生生物がいないかを確認する。そうして安全だと分かったその死体を、セーフティーゾーンこと大木のもとに引っ張り込む。
「いやあ、大木もありがとな。」
助けてくれた大木に感謝を込めて、トントンと叩いた時だった。
「礼を言いたいのはこっちの方だ。」
大木から、低くしゃがれた声が聞こえた。
「しゃべったああぁぁぁぁ!?」
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