第16話 今日
家事、狩猟、魔術とがもはや日常になってきた頃、特に個人的に研究したい分野がなかったこともあって、最近ではエントリヒの研究助手を任されるまでになった。研究の内容はもっぱら奇跡。命の奇跡と言葉の奇跡をもつ人間が助手というのは、エントリヒさんにとっても都合が良かったのだろう。しかも今なら精霊付き。
こっちとしても、なんとか奇跡を乗り越えて死にたいという点で利害は一致している。
そして、今日も奇跡の研究をすると思っていた、が。
ホットミルクを飲むながら、窓に向かってぼーっとするエントリヒさんを見るに、どうやら今日は様子が違うようだ。
「なに黄昏ているんですか。まだ昼間ですよ。」
「ん、ああイト君。......少し話を聞いてくれるかい?」
「もちろんです。」
エントリヒさんは時間の感覚が人と違うのか、飲まず食わず眠らずで研究に没頭したかと思えば、その翌日はお散歩休みとしたり、決まった習慣を持たない。こうして研究を手伝いに来たと思えば、そのまま話相手になることもそう珍しいことではない。
「何か悩み事ですか?」
「......最近、カルテ君からのアプローチが激しいんだ。」
「惚気ですか?」
「違うよ。本気で悩んでいるんだ。」
......確かに人と時の流れが違っているのは分かっていたが。
「もう一年ですよ!?今さら過ぎませんか?」
そう、一年。ここに来てから、あるいはカルテさんに恋愛相談を受けてからそれだけの年月が経っているのだ。だというのにエントリヒさんは、のらりくらりとカルテさんの猛攻を躱し続け、今になって困ったなどというのだ。
「そうは言ってもね、しばらくすれば熱も冷めると思ったんだ。」
「にしたって。まあ、エルフからすればどうってことない時間かもしれませんが......。でも、そこまで拒否する理由はなんですか?まあ、好きでもない人と無理にとは思いませんが。」
「いや、好いているよ。あれだけ真摯に向き合ってくれる娘はそうそういない。」
「なら何故、」
「そうまでして避けるのか、かい?......前に君に話したように、エルフである私はどんなにその人を愛そうが、先立たれる運命なんだ。それは、長命種である彼女であっても変わらない事実だ。ドラゴニュートの寿命はしっているかい?」
「......300年だと聞きました。」
「その通り。」
エントリヒさんは弟子の成長を喜ぶように笑う。
「それなら、言葉にして諦めてもらうことも必要ではないですか。」
「......このまま、というわけには?」
「このままって、いつまでですか。カルテさんが最期まであなたを想うのだとしたら、この先の人生を縛り付けることになるんですよ。」
「......そうだね。命は短い。僕にとってはほんのひと時でも、彼女にとっては全人生を捧げるに等しい。」
「なら、すぐにでもちゃんと自分の口で言うべきです。この世界は危険が多すぎる。いつ話せなくなるとも限らないんですから。」
まあ、平和な日本で死んだ人間が言えることではないが。いわゆる、反面教師ってやつだ。とはいえこの世界で仲間を失ってきたエントリヒさんには思うところがあったらしい。そりゃ、全員が全員円満な別れではないか。時には喧嘩別れもあっただろうし、あるいは魔法生物にでも殺されたかもしれない。
「......うん、そうだね。僕もちゃんと向き合ってみるよ。」
「ま、エントリヒさんの好きにすれば良いと思いますよ。」
「それで、本題なんだけどね。」
「......今のが本題じゃないんですか?」
「今のはついでだよ。」
「前言撤回、絶対にちゃんと向き合わなきゃダメです。」
今分かった。この人、きっとエルフの中でも変わり者だ。
エルフは本来排他的な種族で、活動的ではなく、一生をその集落で過ごすと言われている。排他的という点以外はエントリヒさんにも当てはまると思っていたが、その実自由奔放の活動家だし、元は多種族と冒険していたというんだから、その異常性は尽きるところを知らない。きっと本題の方もさして重要ではないだろう。
「......はあ、それで本題というのは?」
「今露骨にため息をつかれた気がしたけど......。まあいいや、最近この里にちょっかいをかけてきた連中が近頃攻め入ってくるんだ。そこで、自警団員たちを集めてきてほしい。」
「......もう何も言うまい。」
「あれ、なんで僕は呆れられているんだい?」
その連中とやらも攻め入ってくるという話も初耳だが、今まで口にしてこなかったということは全て一人で片付けたということなのだろう。それが攻め入ってくると分かって他の人にも危害が出かねないから、こうして話題にあげたのだ。きっと、今回のことだって、一人で対処できるようなら何も言わなかったに違いない。
「でも、自分で呼んだ方が早くないですか?」
「......いや、なんというか、イト君はみんなとも既に仲が良いだろう?」
「まさか、気まずい......とか言いませんよね?」
「あはは。そのまさかだよ。」
「......」
「おーい、せめて何か言ってくれよ。」
あ~、殴りてえ~^^
* * *
「な、なあイト。エントリヒ様が私に話って一体どういうことだ?」
「まあまあ、行けば分かりますよ。震えてないで入ってください。」
子犬のように怯えるカルテさんを無理やり部屋に押し込む。ちなみに部屋の中にはすでに自警団が揃っていて、カルテさんを最後にしたのはわざとではない。ないったらない。
「し、失礼しましゅ!......へ?なんでみんなが?」
「いや、自警団全員来てほしいってイトさんが。」
ギギギ......とゆっくり首を回してこちらを見つめてくるカルテさん。だが生憎と口笛を吹くので忙しくてその視線には気づくことが出来ないんだ。すまんな。
計十六人。この魔術の町で腕に覚えのある者たち。その全員が揃っている迫力は凄まじい。にしても個人宅に16人も入る空間がある時点で、エントリヒ邸が公共施設と言われる所以がわかるというものだ。
そして、世界でも有数の実力者達をまとめるエルフ、エントリヒ。彼が自警団を招集したとなれば、それはとてつもない大事であるということだ。自ずと団員たちの顔も引き締まる。ただ、件のエントリヒというと......。
「いやー、いつの間にか大所帯になったね。イト君、お茶菓子足りるか見てきてくれるかい?」
「うーん、ギリ足りると思いますよ。持ってきますね。」
「おい待て、なんでイトはそう平然としていられる?」
「え?慣れですよ慣れ。」
ていうかまず苦言を呈するならエントリヒさんからだと思うんだけどなあ。まあいいか。
呼び出す前に大量に作っていたヨモギ餅を全員に配っていると、ようやくエントリヒさんは本題に入り始めた。ちなみに、ヨモギには魔力回復に定評がある魔力草を練りこんである。
「さて、みんなを呼び出した理由だけど、ドグマという魔法結社を知っているかい?」
「それはもちろん。我々の多くは奴らに勧誘され、誘いを蹴っては殺しあってきた者がほとんどですから。」
「私は知らないですね。魔法結社は滅び滅ぼされ、名前を変えることも多いですから。長命種は初めて聞く名かもしれません。」
「ふむ、そうか......。ドグマは魔術を中心に世界を考えている組織でね、魔術を世界に広めることを理念としているんだが。」
「理念だけはまともというのが悪徳組織の定石ですからね......。」
「その通り。奴らは現在の身分制度や国家を滅ぼし、魔術の技量のみによる階級を確立しようとしている。だからこそ、彼ら自身は何をやっても構わない王として振る舞い、我々を魔術を独占する悪として知識の奪還を掲げている。」
「まるで道理が通りませんな。」
「だが、人を害する実力だけは有数だ。......一年前、カルテ班を襲った寄生生物。あれは人為的に遺伝子操作が行われた跡があった。」
「なんと!......一年前?」
あ、バレてる。
「エントリヒ様!何のための自警団ですか!」
「ごめん、ごめんよカルテ君。流石に今回ばかりは悪いと思っているよ。襲撃直前になって伝えることになったのは、一人で対応できると考えていた僕の怠慢が招いた結果だ。」
「今回ばかりはって何ですか!毎回ちゃんと反省してください!というか改めてくださいよ!」
あー、エントリヒさんよ、火に油を注いでしまったか。傍から見たらただの痴話喧嘩だ。早く結婚しろや。......ん?今襲撃直前って言った?
「ちょ、ちょっと待ってくださいカルテさん。起こる気持ちは分かりますけど、それより、襲撃直前って何ですか?」
エントリヒさんは助かった!って目でこっちを見てくる。いや早く答えてほしいんだが。後で絶対説教してもらおう。
「ああ、そうそう。おかげで町の皆を急いで避難させなきゃいけなかったんだよ。」
なんかやけに出歩いている人が多いとは思っていたが、自警団を呼んでいる間にエントリヒさんの方も動いていたらしい。
「今避難させなきゃいけないぐらい直近なんですか?」
「今日だね。」
「......ははは、エントリヒさん、いつの間にそんなユーモア身に着けたんですか。」
ほら見ろ、自警団全員して笑ってるぞ。......いや、目が笑ってないわ。みんな信じたくないだけだわコレ。
はは、あはは。
みんなで無理に笑いあっていた、そんな時だった。
ドカーン!
響き渡る爆発音に、攻め込んでくる怒号の数々。嫌でも思い知らされる。これ襲撃じゃん、と。だが信じたくない。そんなことがあってたまるか。
「わはは、わははははは!」
「お、おいどうしたみんな。泣きながら笑って。なんか怖いぞ。」
何言ってんだカルテさん。あなたもこっちにおいでよ。
自警団は全員で笑いながら武器を取り出し、装備を確かめ、エントリヒ邸の窓をたたき割る。
「わは、わはは!もうどうにでもなりやがれー!!!」
「ウオオオォォォォ!!」
号令に合わせ、窓から身を投げ出す。
業火に包まれた町を、泣き笑いしながら展開していく。
見えた不審な人間。黒いローブに身を包み、闇に溶け込むその姿は敵そのもの。だが、町を燃やしたのが悪手だ。真っ赤な背景じゃ黒は映えるぜ。
「うわ、なんだ!奴ら全員笑いながら突っ込んでくるぞ!」
「いたぞ、撃てええぇぇぇぇ!!!」
「ウオオォォォォ!!」
チクショウ、最低に最高な気分だぜ!
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