第15話 ドラゴニュート

「今日からは僕もイト君の魔術教室に付き合うことにするよ。」


話し合いを経て、どこか吹っ切れた様子のエントリヒは、一晩経って早々に一同を困惑させる一言を放った。


「エントリヒ様がですか?」


目を丸くして特に驚きを見せたのはカルテ隊長。隊長にとっても相当に珍しいことなのだろうか。


「イトさん、一体何があったんすか?」


「いや心当たりないですよ。心境の変化じゃないですか?」


小声でケントさんが尋ねてくるが、どうやらエントリヒさんにも聞こえていたらしい。地獄耳、というやつだろうか。


「なに、ここ数百年あまり精力的に活動してこなかったからね。これからは人と関わりを持とうと思ったんだ。」


「そういうことでしたか。私個人としては大変喜ばしいことですな。」


「私もそれが良いと思います。きっとみんなも喜びますよ!」


やけにテンションの高いカルテさん。いや、あの人はいつも元気だが、今日は普段よりちゃんとしてる気がする。......恋か?


「その第一歩が魔術講師ですか。いわば実験体に選ばれたということですね。光栄です。」


「君はまたそんな言い方を......。」


「なんかイトさん、エントリヒ様と妙に仲が良いっすね?」


「これは失礼しましたエントリヒ様。不敬罪で如何様にも処刑下さい。」


「君は僕を何だと思っているんだ。」


いや、確かに他よりも接しやすいな。別に馬鹿にしているわけではないが、妙に話しやすい。ついつい軽口が飛び出してしまう。しかし、ケントさんのあの反応、嫉妬か?


「つまり三角関係!」


「一体何の話をしているんだい......?」


ふむふむ、エントリヒさんは自覚なしと。これは主人公だな。




* * *


「さ、魔術の修行と行こうか。」


「お願いします、師匠!」


エントリヒさん改め師匠に修行を付けてもらうことになったわけだが、カルテ隊長曰く、大変貴重な機会であるらしい。


「イト君。一般的な攻撃魔術は何か知っているかい?」


「ええ、”魔弾”ですよね。この前の戦いで見せてもらいました。」


「その原理は?」


「魔力に質量を持たす回路と回路に対して垂直な直線上に飛ばす回路との複合魔術です。」


「その通り。ではケント君、的に向かって魔弾を打ってみてくれないか?」


「うす!」


広場に連なる案山子。そのうちの一つを、ケントさんは的確に打ち抜いた。案山子の心臓部辺りに銃弾程度の穴が開いている。


「うん。綺麗な魔弾だね。」


「......?ありがとうございます。」


困惑しながらも嬉しそうなケントさん。魔弾に綺麗もなにもあるのかって顔をしている。......なるほど、何が言いたいのか分かってきたぞ。


「ではエテル君。君の魔弾をみせてくれないか?」


「はい。」


素早く陣を組むエテルさん。力強く発射された魔弾は、案山子の頭を跳ね飛ばす。


「うん。強かな魔弾だ。」


「......ありがとうございます。」


エテルさんは険しい顔をしている。恐らくはエントリヒさんが何を聞きたいのかが分かったのだろう。ただ、その答えが分からずに頭を悩ませている。


その様子に満足げなエントリヒさんは、満を持して尋ねる。


「では、なぜ同じ魔弾で差が生じたのだろう?」


黙り込む三人。思案するその目は探究者そのもの。その実力から自警団を担ってはいるものの、その性質は魔術を、あるいは奇跡を解き明かさんとする狂人である。


「......込める魔力か、あるいは陣を組む速度か。そのどっちかじゃないっすかね。」


「そうだね。じゃあ......ええと、カルテ君。最速で込めれるだけの魔力量を二度、打ってくれるかな?」


ケントさん、エテルさんと続いて、さっきは魔弾を打てなかったカルテさん。エントリヒは、彼を見つめるキラキラとした瞳の魅力、もとい圧に屈して、見本をお願いすることにしたらしい。


「まっかせてください!」


一発目。

目にもとまらぬ早さで案山子を貫いた魔弾は、脳天に拳大の穴を開ける。


「もう一発!」


再び練られる魔力。素人目ながら、魔力量、速度共にさきほどと差はないように見える。だが、放たれた魔弾は辛うじて目で追える速度であり、その分大きなものであった。


「......違ったみたいっすね。」


一瞬顔をしかめるもすぐに別の理由を思案するケントさんに、エントリヒは真意を告げる。


「いいや、込める魔力や速度でも変化は現れる。問題は、そのロジックだよ。......というわけでイト君。どうしてか分かるかい?」


ぼーっと見てたら飛び火してきた。何というか、授業聞いてなかった時に先生に当てられた感じ。いや、もちろん聞いてたけどね。エントリヒさんは教師としても優秀で、ヒントは既に用意してくれている。受験戦争を勝ち抜いた身としては、導入としては非常に分かりやすい設問である。


「さっき言った通り、これは二つの複合回路でできています。質量と直線移動。ただし、魔弾にはそれ以上の変位があります。その中でも分かりやすいのが速度と大きさ。魔法陣に魔力を込めれば込めるほど、それぞれのリソースも大きくなる。」


「うん。では魔法陣を組む速度については?」


「......回路の強度、ですかね。短時間で魔法陣を組むとなると、回路の強度、つまりは導線の太さを均一に揃いにくいんだと思います。」


「その通り。」


エントリヒさんはニコリと笑うと、魔弾の魔法陣より一回り大きい陣を展開した。......いや、魔弾の構造がそのまま含まれている。同じ魔弾の魔法陣ではあるのだろうか。


「これは、基本的な魔弾の陣に速度と大きさの情報を含めたものだ。これなら、同じ魔弾が放てるだろう。......だが、ここに回路強度ギリギリまで魔力を込めてみる。一体余分なリソースは何処に割かれるか。カルテ君、分かるかい?」


「音、あるいは熱だと思います!」


「その通りだ。」


迷う素振りなく答えるカルテさんは、恐らくその前の答えも分かっていたのだろう。さすがは隊長というべきか。ただ、すごくドヤ顔をしているのはいかがなものだろうか。


「逆に、この魔法陣に新たに音の情報を追加してみよう。」


エントリヒさんは魔法陣に回路を書き加え、それを発射する。放たれた魔弾は、小さく、遅く、静か。弱々しく、案山子を貫く威力もないようにみえるそれは、着弾すると同時、案山子の体を溶かし、蒸発させてみせた。


「凄まじい威力......。」


「そう、凄まじい。書き記した情報ではない熱の高出力。本来は熱暴走オーバーヒートなんて呼ばれるそれも、意図的に引き起こすことが出来るわけだ。魔術は高威力に書きがちではあるが、逆に、それ以外を制限することで威力を出すこともできる。」


そういうと、エントリヒ先生はいくつかのパターンと多様な魔術を披露し、あとは試行錯誤あるのみと言い残すと、長としての仕事をしに戻っていった。




そうして一通り練習やら議論を重ね、そろそろお開きという頃。


「イト、少し話したいことがある。」


カルテ隊長に呼び止められた。




* * *


「いきなり呼び止めてすまんかったな。」


「いえ、戻ってもやることはあまりないですから。」


今はケントさんの家に泊めてもらっている。居候の身としては家事くらいは当然させてほしいものだが、ケントさんは料理と掃除が趣味らしく、風呂や暖炉なんかの準備程度しかやらせてくれない。おかげで肩身が狭いものである。


カルテさんの話はあまり人には聞かれたくないらしく、ひとまずはカルテさんの家に向かうことになった。カルテさんは独り暮らしらしく、少し期待している。家に二人きり、何も起こらないはずもなく......。そう、闇討ちだ。きっとこれからカルテさんに殺されるに違いない。胸が高鳴るぜ。


「さあ、ここが私の家だ。遠慮なく入って、イテっ!」


自宅ながらはみ出した角をぶつけるカルテさんを見て、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「その角、かっこいいですね。」


「ん、これのことか?」


「はい。男なら一度は角を生やしたいってもんですよ。」


驚いたようにこちらを見つめるカルテさんに思わず焦る。もしや今の発言、セクハラに入るのか......?だが、それは杞憂だったらしく、カルテさんは豪快に笑った。


「アハハ!そうか、生やしてみたいとはな。......これはドラゴニュートの特徴でな、角のせいで昔はよく虐められたもんだよ。」


「マジですんません死んで詫びます。」


「いいよいいよ。すごく嬉しい。この長い人生、いろんな奴と会ってきたが、生やしたいなんて言うやつは初めてだよ」


「長い人生?」


「ああ、そうか。ドラゴニュート自体初めてだもんな。私はこう見えても百を超えているぞ。」


わーお。見た目はティーンだってのに、つくづくファンタジーだな。精神年齢は肉体に依存しているのだろうか。いや、さすがに精神百歳超えであのポンコツぶりはないだろ、多分。


不敬なことを考えていると、カルテさんはゆっくりと本題に入り始めた。


「それでな、この角を見ても何とも言わなかった初めての人がエントリヒ様なんだ。」


「はあ、そうなんですね。」


「......私はな、エントリヒ様のことをお慕いしている。」


「まあ、そうでしょうね。」


そんなものは今日の態度を見ればわかる。だが本人は隠せているつもりだったらしく、驚きと羞恥で赤面している。


「......気づいてたのか。」


「ええ。それで、恋愛相談なら別の人のほうがためになると思いますよ?」


なにせこちとら好きな女の子を泣かせた男だからな。クソが。


「いや、そうではない。そうではなくてな......。どうやったらエントリヒ様と仲良くなれる?」


「恋愛相談じゃねえか!」


「違う、違うぞ!イトは知らんかもしれんが、エントリヒ様があんな仲睦まじげに話すとこなど見たことがない。私がこの町に来て数十年、一度もだ。」


カルテさんは、いつにもなく真面目な面持ちで見つめてくる。


「イト。エントリヒ様の変化について心当たりはないか?」


心当たりなら、ある。だが、人の心の内をそう易々と話していいものだろうか。


「......思い当たる節はあります。ただ、話す気はありません。」


「......そうか。そうだな、お前が正しい。」


「でも、変化は変化です。エントリヒさんだって、本当は話したいことは有ると思いますよ。」


「......!そうか!」


途端に明るくなるカルテさん。妙だな、落ち込んでたのを励まそうとしただけで、元気づけようとはしていなかったんだが。流れが急に変わったぞ。


「ありがとう、イト。つまりは押して押して押しまくればいいということだな?」


「え、いや、そういうわけでは。」


「そうとなれば話は早い。エントリヒ様に会いに行ってくる!」


「え、今ですか!?......本当に行ってしまった。」


ドアも開けっ放しにして......と思ったら爆速で戻ってくるではないか。忘れものでもしたのか。


「言い忘れていた。イト、助かった、ありがとう!」


「......いえ、いいんですよ。ってあれ、もういねえ。」


何というか、この町の人はみんな憎むに憎めねえとこあるよなあ。




一人寂しく帰ると、ケントさんがシチューを作って待ってくれていた。

その日のご飯は、いつもよりおいしく感じた。

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