第14話 命の奇跡?

「それで、お話ってなんですか?」


三人とのなんとも気まずい帰り道を楽しんだ後、エントリヒさんの家こと町の公共施設に向かうと、そこには既にエントリヒさんが待っていた。

あれ、あなた森にもいましたよね。もしかして双子さんですか?


「ああ、死んで生き返った話を詳しく聞きたいんだ。」


そう言ってご丁寧に水まで出してくれた。これで溺れればいいか?

尋ねてくるエントリヒさんはやけに嬉しそうというか、明らかにワクワクしているような様子だった。そう、確か初めて会った時もそんな感じだった気がする。そのあとすぐに素っ気なくなったけど。


「構いませんよ、と言っても自分でも分かってないんですが。」


「そうだろうね。君の不死の体。恐らくそれは命の奇跡だ。」


「命の奇跡?」


「そう、僕のご先祖様くらいしか伝承がない、正体不明の奇跡さ。」


「じゃあ奇跡二つ持ちの超絶エリートだったってことですか?」


「そう、そうなんだよ。」


言っといてなんだが肯定しないでくれます?ちゃんと恥ずかしいんだけど。

逸るエントリヒさんは、長い年月を生きたエルフというより、まるで見た目相応の青年のように溌溂としている。


「初めて君と会った時、君が精霊様の瘴気を消化しているのを見て、僕は君が命の奇跡を持っていると思ったんだ。だけど、君は言葉の奇跡を持っていて、あの時は、なあんだ言葉の奇跡かって落胆したもんだよ。」


「ちょっと待ってくださいよ。瘴気って何ですか?」


「ああ、瘴気ってのはね、精霊様が持つ特定の魔力だよ。普通は掠っただけでアウトな所を、君はあろうことか消化していた。それもひと月足らずで。」


一月。

そうか、麒麟との戦いで首が落とされた時、その場で治ったのが不思議だった。だが異常だったのは麒麟戦じゃなくて対精霊戦の方だったのか。


「てっきり、体が治るのに一月かかってるんだと。」


「いいや、ここに運び込まれた時には既に綺麗な体だったよ。ただ、君が言うには瘴気どころか己が死まで克服していたみたいだね。」


「はい。角ウサギ、じゃない、精霊様に心臓を一突きにされました。」


「なるほど。死んだのはそれが初めてかい?」


「いや、その前に精霊様にお腹を刺されましたね。あとは、餓死と溺死と焼死とを試しましたが、いずれも死にませんでした。」


「......試した?自分で?」


「はい。」


「なんで?」


なんでって言われても、死にたいから死ぬとしか言いようがない。......言いようがないが、頭がイカれてると思われてもしょうがない。必死に言い訳を考えるしかない。


「えーっと......あれです、魔力が回復するのを待ってられないんで、リセットしたんです。」


「君は頭がイカれてるのかい?」


「まさか。一番の常識人ですよ。」


「エテル君から君は常識がないと聞いているけれど。」


「はっはっは、エテルさんってばいつの間に冗談を言えるように......。そんなことより、エテルさん達は大丈夫ですかね?」


「露骨に話をそらすね。まあいい、エテル君とカルテ君のことなんだが。......君は妙だと思わないかい?」


「妙......ですか。そんなこと魔術でできるのかとか、なんでわざわざ記憶を消したのかとかは思いますね。」


「そう、その通り。理由がない。記憶消去はドロドロが原因ではないんだよ。」


「え?じゃあ本当に嫌われ過ぎて本能的に消されたってことですか?」


「君は何でそうあんまりなことを考え尽くんだ。......けどその通り、原因は君だ。」


原因は君......?ああ、原因は黄身ね。なんだ、あそこに鶏でもいたのかな?


「イト君。君が死んだことも生き返ったことも誰も覚えていないんだ。それはきっと、君の命の奇跡がそうさせているんじゃないかと僕は思う。」


「え、命の奇跡にはそんな特性があるんですか?」


「分からない。」


分からないなら仕方ないか。エルフでも分からないなら多分誰にも分からない。

てっきり、命の奇跡は長寿になるだけだと思ってた。


「僕はね、ずっと命の奇跡を探していたんだ。」


ああ、だからこんなにウキウキなのか。だが、言葉とは裏腹に沈んだ顔を見るに、思っていた奇跡とは大分違ったのかもしれない。


「エルフは長寿なのが一番の特徴だが、その分辛いことも多い。死にゆく仲間を前に、命の奇跡に縋って、森の神がいるとされるこのテール大森林に来たが、どう足掻いても最奥には行けず、ついぞ仲間とは死に別れ、今や彼らの子孫たちとこの町を築くまでになった。」


そういうことか。

命の奇跡を持っていると知って喜んだのは、エントリヒさんも不死ではなく、長寿の奇跡だと勘違いをしていたからだったのか。命の奇跡を持つものが現れれば、孤独なエントリヒさんに寄り添えるかもしれない。だから町で魔術と奇跡を探究し続け、今やどこよりも叡智を極めたこの町ができあがったのだ。


「エントリヒさん......。」


「ああ、すまない。暗い話をしてしまったね。奇跡について分かってることは他にあるかい?」


「生憎と、これ以上話せるようなことも特になくてですね。」


「......そうか。ならお開きかな。エテル君は君のことを絶賛忘却中だし、今日はここに泊っていくかい?」


「あいや、ケントさんが泊めてくれることになりました。」


「ん、そうか。仲が良くなったようでなにより。それじゃあ、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


廊下に明かりがないせいか、月明かりのみに照らされたエントリヒさんの姿はあまりにも悲しげで。孤独が積み重なったその背中に、柄にもなく声をかけた。


「あの、エントリヒさん。」


「ん、なんだい?」


「命の奇跡についてはまだ詳しく分かっていないってことで合ってますか?」


「ああ、そうだね。古きエルフの伝承を除いてはもはや手掛かりと呼ばれるものはないに等しい。」


「なら、命の奇跡が長寿の奇跡でもおかしくはないはずでは?」


「いやでも、それは不死の奇跡なんだろう?」


「言葉の奇跡だけでなく命の奇跡も持ち合わせたように、命の奇跡が不死だけとは限らない。」


「......。」


エントリヒさんは黙ったままだ。そこに驚きも喜びもない。静かに、ただ現実を見つめていた。


「イト君。君は死んで初めて命の奇跡を知ったんだろう?」


「はい。」


「つまり今までの成長速度は人間種と同じだったってことだよ。この先突然年を取らなくなるなんて非現実的な夢、僕だったら見ない。」


「あ、そうか。まだ話せることがありました。」


「......?」


「この世界で生まれた時には、すでにこの体、この年齢だったんですよ。だから幼少期については知りません。」


「......それは、どういうこと?」


「いやなに、違う世界から転移してきたってことです。奇跡はおそらくその時に。」

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