第13話 エントリヒ様のお知合い

夢を見た。

前世での最期の記憶。


白川さんを庇ったのは自分の為でもあった。

生きる価値の人間が、最後に価値あるものを守りたいという希望だった。

けれどそれは我儘で、泣いている彼女の顔を見て思った。


___俺のことなんか忘れてくれ


彼女の記憶に残りたいと思っていた自分を恥じた。希望を持つことすら悪なのだと気付いたのだ。


___だから、神様。彼女の記憶から俺を亡くしてくれ。




* * *


「......ぃ、......おい!」


遠く叫び声が聞こえる。


ハッとして起き上がる。

「二人は!?」


森は既に夕暮れ。

五体満足の体で目覚め、気になることは山ほどあれど、まずはエテルさんとカルテさんの安否だ。


だが、肝心の二人はこちらに剣を向けていた。


「おい!貴様、一体何者だ!」


「え、いや、え?」


吠えるカルテさんは敵意をもった目でこちらを見ている。光る魔法陣はいつでも殺せるぞという意思表示だ。


一体なんだというんだ。別に殺されたって構わないが、気が動転しているのか?今はそれどころじゃないだろう。


「いやカルテさん、それより麒麟は、あのドロドロはどうなったんですか!」


「お前、なぜ私の名前を知っている?」


「いや、何言ってるんですか。そんなことよりドロドロ......は?」


横を見れば止まったままのドロドロ。なんだ、なんで攻撃してこない?おい、訳が分からないみたいな顔で見るな。分かんないのはこっちの方だ。


話にならない状況を前に、同じく敵意丸出しのエテルさんが事情を説明してくれる。


「私たちが目覚めた時には、そのドロドロの横であなたが倒れておりました。我々はそのドロドロに攻撃されたらしい状態で、あなたは無傷。我々があなたに攻撃されたと考えるのが妥当でしょう。」


「いや、は?」


ドロドロか?倒れている間に何かされてしまったのか?カルテさんは歴が浅いにしても、エテルさんまで。普段とは打って変わった落ち着いた態度。明らかになにかされている。そうに違いない!


「なんだ、エテル。今日はやけに冷静じゃないか」


ほら見ろ、隊長だってそう思ってる。ここは便乗するしかない。


「そうですよエテルさん。前回は猪突猛進って感じで刺してきたのに」


「お前なんでエテルの名を知っている!?」


「それは隊長が言ったんですよ」


「ん、そうか?」


クソ、世間話は弾むが状況は最悪だぞ。どうやら記憶からさっぱり無くなっているらしいが、ドロドロがそんなことをして何の意味がある?いや、確かに仲間割れしそうではあるか。この策士め!


「しかし確かに妙ですね。なぜ私の失態をあなたが?」


「覚えていないでしょうが、そこにいたので。」


「あの時から我々を監視していたのですか。」


ああ、やっぱり頑固なままだ。ちょっと安心したぜ。


「別に拘束してくれて構いませんよ。拷問の末殺してくれたら文句なしです。」


「ふむ、自爆型の魔術を仕込んでいるようですね。遠距離から拘束しましょう」


「ああ、駄目だこりゃ。」


言うや否や魔術を発動するエテルさん。

当然抵抗の意思はないので、伸びてくる鎖を黙って受け入れる。


だが、場所が悪かった。


「ブモオオォオ!」


「む、やはり抵抗しますか!」


自分への攻撃だと勘違いしたドロドロが、エテルさんへと襲い掛かる。さっきから動かねえから油断してた。だが間に体を割り込ませるくらいなら十分な時間がある。


「ライフで受ける!」


エテルさんへ向かって走り出す。

ん、待てよ?やはり抵抗しますかってなんだよ。もしかしてドロドロと仲間だと思ってらっしゃる?


グサッ


「あ。」


ありのまま今起こったことを話すぜ。エテルさんを庇ったと思ったらエテルさんに刺されていた!しかもドロドロのオマケつき。やったね!


「双方そこまで。」


頭上から声が聞こえた。

まばゆい光。夕暮れとは思えないほどの日が差し込んだと思えば、その光は変形し、ドロドロを跡形もなく消し去る。断末魔すら残さない一瞬の出来事を前には、ただ見ているしかできなかった。


「すまない、遅れ......本当に遅れてしまったようだね!?」


颯爽と現れ、見事に貫かれた姿に驚愕したのはエントリヒ。後ろからは息も絶え絶えなケントさんが。どうやら最強の応援を呼んできてくれたらしい。


「いやナイスタイミングでしたよ。ほら、言うじゃないですか。主役は遅れてやってくるって。」


「それは皮肉かい?イト君。」


エントリヒの話に固まるエテルとカルテ。

ああ、エントリヒさんはドロドロと一緒にいなかったから記憶が消されてないのか。


「......この人は、エントリヒ様のお知合いですか?」


お腹の傷を治しているエントリヒさんを前に、エテルさんは顔を青ざめて聞く。


「うん?どちらかといえば君たちのほうが仲良かったはずだけど。......何があったか説明してくれるかい?」


妙な雰囲気に説明を求めるエントリヒさん。そりゃそうだ、仲良かったはずのエテルさんがたった今刺しているのを見たばかりなんだから。


「はっ!麒麟と遭遇、撃破の後、新種の寄生生物と邂逅、催眠の胞子をばらまかれました!そして、起きた時にはその男と謎の生物がいたため、拘束しようとした次第であります!」


カルテさん、真面目に話せたのか......!

いや、今はそんなことより、広範囲でピンポイントな記憶操作のほうが気になる。魔術でそんなことが可能なのか?


「え、どういうことっすか?なんでイトさんを拘束する流れに?」


「ふむ、そうか。イト君は何があったか説明できるかい?」


「......おおよそカルテさんの話通りで、補足が二つくらいですかね。寄生生物らしいキノコが麒麟の体ごと溶けだしたのがそのドロドロで、こっちが死んでいる間に二人の記憶がそいつに消されたらしいってことですかね。」


「なに、記憶だと?」


「いや待って、それよりもイト君、死んでいる間にってどういうことだい?」


またか。

麒麟遭遇前もだったが、なぜ全員覚えていないんだ?もしかして嫌われすぎて本能的に記憶から消されてる......?


「文字通り、死んで生き返るまでの間です。最初にお三方と出会った時にも死んでいるはずなので、てっきりご存じかと。」


「死んで、生き返る......?」


「......あの時の報告は要領を得なかった。てっきり、精霊と対峙したのが響いていると思ったが、そうか、そうだったのか。」


1人で納得した様子のエントリヒさん。いや、そういうのが一番気になるんだけど。


「ひとまず、日が完全に沈む前に撤収しよう。僕はまだここで調べたいことがある。ケント君、みんなを任せても大丈夫かい?」


「はい、こっちも大まかな治療は終わらせたっす。あとは町まで戻って治療班とこにもってくっす。」


「うん、頼んだ。イト君、君には話したいことがある。後で僕の家に。」


「了解です。」


正直、落ち込んでる二人と一緒に帰るのは気まずいことこの上ないが、ケントさんもいるし大丈夫か。


早々に帰路に就こうとするが、カルテさんとエテルさんに呼び止められる。


「......すまない、私はなんてことを。」


「大変申し訳ありません。私としたことが......。」


「いや、しょうがないですよ。このややこしい体が悪いんです。むしろ生きていて申し訳ない。」


あ、すっごい気まずそう。そりゃそうか、生きててゴメンなんて初対面で言われたらこんな反応だよな。距離感までリセットされてるから間違えてしまった。


「あ、あはは、それじゃあ帰るっすよー......。」


頼む、エントリヒさん戻ってきて!!!






* * *


「さて、と。」


誰もいなくなった森。暗くなりつつあるその奥地で、エントリヒの周辺だけは明るい。魔術の明かりの元、蒸発しきったドロドロがいたところを調べる。


周辺の草木は焦げきっていて、辺りの大木にはいくつも穴が開いていた。それは、ドロドロの体液がいかに高温であったかを示していた。


カルテはキノコのことを新種の寄生生物だと言っていた。確かに、このテール大森林で長く暮らしてきた彼女が一度も見たことがないそれは、新種と思うのも無理はないだろう。だが、その長寿を活かし、世界を渡り歩いてきたエルフ、エントリヒにとっては違う。


「恐らく、彼らが敵対したのは昏睡茸こんすいだけ。......問題は、この森にいるはずがない生物であるということ。」


新種に思われた寄生生物は、遥か北、大陸最高峰の白灼山はくしゃくやまに生息する生物だった。その白い傘で雪中に紛れ、胞子をばらまく。そうして眠った獲物に寄生し、栄養を吸い取る。だが、その生息地とテール大森林とは環境が違い過ぎる。本来であれば、昏睡茸には温暖過ぎるこの森で、なぜ麒麟ほどの大物に寄生できたのか。


考えられる可能性は一つ。


(___誰かが人為的に仕込んだ)


エントリヒは注意深く痕跡を辿るも、ついぞ黒幕を見つけることは敵わなかった。





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