第12話 不死でなければ
明らかな致命傷だった。
首の骨は折れてたし、吹き飛ばされて木の枝にぶっ刺されたし。だが、その傷も現在進行形で治っていく。
「ああクソ、飯をたらふく食ってて良かったぜ。睡眠だけでなく、食い物でも治るって仮説は正しかったらしいな。嬉しくねえぞちくしょう。」
急いで三人の命を確認したい所だが、目の前の麒麟はそれを見逃してはくれないようだ。
「ブモォォオオオ!」
吠えてるのは麒麟じゃない、頭のキノコだ。麒麟の体を操っているので間違いなさそう。
飛んでくる石礫。暴れて舞い上がった土煙で視界が悪い中、極悪のコンボを叩き込んできやがる。
「だが、怪我など恐れるに足らん!」
一歩踏み出す。必死に礫を右に左にと避けるが、その数を前に突き刺さる石。されど歩みを止めることはない。治っていく体を盾に、無理やり麒麟へと走り抜ける。
魔術で土を盛り上げ足場を造り、その頭部目掛けて跳躍する。体をひねり、鉈を振りかぶる。狙う先は一直線、麒麟の頭頂部もといキノコだ。
「死ね!」
獲った、そう思った瞬間。
「ブモオオオォォォオオ!」
「は?」
ここで自爆かよ!
光る角、見覚えのあるその挙動。避けようにも体は空中、爆発は眼前に迫っていた。コイツ、麒麟の体で好き勝手しやがる......!
「そうはさせないっす。」
壁。
爆風より先に到達したそれは、間一髪で致命傷を防ぐ。不格好な受け身をとって声の主の方へと顔を向ける。
「ケントさん!生きてたんですね!」
「ええ。どうやら眠らされてたみたいっす。あのキノコ、胞子が出ていて風下に立てば一発でアウトっすね。」
見れば、幸いにも倒れてる二人も外傷は見えない。が、ケントさんは手から出血している。どうやら、石礫が当たってどうにか目覚めることができたようだ。
「イトさん、町に戻って応援を呼んできてもらっていいすか?それまで抑えとくんで。」
ケントさんは余裕ありげに笑っているが、それが空元気なのは明らかだった。恐らくは、一人でも逃がすために殿を努めようとしているのだろう。
だが、麒麟はお構いなしに攻めてくる。
「ブモオオオォォォオオ!」
さっきよりも小さな爆発。
麒麟ではなくキノコによって引き起こされたそれは、胞子を周囲一帯へとまき散らす。
「く、これは......!」
歯を食いしばり、呼吸を浅くするも膝をつくケント。その隙を逃さず突っ込んでくる麒麟。向ける鋭い角は人体を貫くのに十分だった。
ザシュッ
言葉をかけるよりも、ケントさんが反撃を仕掛けるよりも早く、麒麟はその角で体を貫いた。
ケントさんは目を見開く。
「......な、にを、」
貫かれた腹は明らかな致命傷。まず命は助からないだろう。
それが不死でない限りは。
「考えたんですけど、帰り道分かんねえっすわ。」
血反吐とともに軽口を吐き出すが、ケントさんは動揺でそれどころじゃない。よし、ケントさんにはボケクラッシャーの称号を与えよう。
天下のボケクラッシャーさんが無事で何よりだが、それよりも自己犠牲をキメて死ねることに笑みがこぼれる。
「いや、え、」
「なんで、ケントさんに応援呼んでもらわないと。」
「んな、でも!」
一瞬考え込むケントさん。そう、この状況誰かが助けを呼ばないと詰みなのだ。そして道を覚えていない塵が一人。ケントさんが行くしか方法はない。
「わかったっす。死んでも死なないでくださいよ......!」
「任せろっす!」
走り去っていくケントさん。あれ、物まねしてみたんだけどウケなかったかな。ってきり死んでも死ぬなってこの体をいじったジョークだと思ったんだけど。
「ブモオオォォオオ!」
「うるせぇ!」
角を刺したまま暴れる麒麟を蹴っ飛ばす。途端に胞子が散るわ散るわで吸い込んでしまう。
「やべえ、確かに、これ......は......。」
虚ろになっていく視界で、倒れているカルテさんとエテルさんの姿が見える。ここで眠ったらあの二人はどうなる。全員を助けるには誰かが麒麟の気を引き続けるのが絶対条件。
「はは、こんなもの、効かねえぞ......」
眠らない方法なら知っている。
ボトリ
「コッチ向けよバゲモンがァ!」
嚙み切った舌を血と共に吐き出し、麒麟に飛び蹴りを放つ。バランスを崩す麒麟に向かって、出鱈目に魔術を打ち込み、鉈を振り回す。
だが、首を引っ込めるように体勢を変えた麒麟の巨体に防がれ、本体であろうキノコにはまるで届かない。思わず舌打ちが漏れる。あ、舌治ってる。
だが麒麟の様子がおかしい。
「なんだ......?」
麒麟が狂ったように暴れ出す。だがそいつはすでに死んでいるはずで、暴れているのはキノコの方なのだろう。もしや、宿主が死んだことでキノコも死んでいってるのか?
だが、淡い希望は容易く打ち破られる。
「ぎっも!」
ドロドロと溶けだす麒麟の体は、キノコを守るように覆い始めた。更にまずいことに、全然舌が治らない。食いだめの分も底を尽きてきているのだろう。恐らく次致命傷を食らえば強制ダウンだ。
「ウㇴ、グウェアァ......」
目はおろか口すら見当たらないのにうめき声は聞こえてくる。生き物かも怪しいレベルだが、もし前世にこいつがいたら動物愛護団体に虐待で訴えられたりするのだろうか。
「おいおい、なんだそのドロドロは......!」
にしたってキモ過ぎる。例えるなら紫色のマグマみたいだ。しかし幸いなことに動きはさっきよりも弱々しい。これはマジで待ってりゃ勝手に倒れるかもしれない。
生まれたての小鹿みたいな動きで笑いそうになるが、そのたびにドロドロの体液まで飛んでくるのがやばい。咄嗟に体を反らして避けると、ドロドロが付いた地面がジュウジュウ言って溶けるのを見て、流石に顔が引きつる。
「あの体が発熱してんのか?」
だとしたら大問題。二人が倒れているところに向かわれただけでゲームオーバー。黙って待つなんて選択肢はない。
「くそっ、喰らえ必殺技!ただのキック!」
切り付ければドロドロが飛び散る恐れがあると踏んで、飛び上がってドロドロを上から踏みつけるように蹴る。
ドロドロを貫く足。
だが、手ごたえはおろか感覚のない右足に、冷汗が垂れる。
「ぐあぁッ!」
着地に失敗して倒れたのは、なにも運動神経の悪さだけが原因ではない。
「右足が持ってかれた......!」
あのドロドロ、想像以上に実体がない。その上溶かすスピードも早い!
倒れた隙を突いて、津波のように襲い掛かってくるドロドロ。
「ああ、クソッ!」
横に転がって抜け出すも、今度は右手が持ってかれた。
しかも間が悪いことに、失血しすぎたせいか、限界を迎えた体が眠気を訴えてくる。
頭が、働かねェ......!
閉じそうになる瞼を、左腕の皮膚を噛みちぎって無理やり覚醒する。だが、それもどこまで続くか。体の再生も完全に止まっている。そのうえ手足は一本ずつ喪失。これが本当の手詰まりってな。笑えねえ......!
ドシュッと飛び出してきたドロドロ相手にどうにかカウンターで鉈を振る。鉈が蒸発し、拳も溶け、その痛みでまた眠気を吹き飛ばす。あとはその繰り返し。
殴る、溶ける、起きる。
そうして強烈な眠気を何度も覚醒させることで戦闘続行を果たす。溶けた傷は治らない。だがそんなことは関係ない。意識さえ飛ばなければまだ戦える。痛みに怯む心などありはしない。
「自分の不幸は蜜の味、ってな!!」
明らかに死にかけの人間が一向に倒れないことを警戒してか、あるいは口からあふれ出る血におぼれ、全く聞き取れない呪詛を不気味に思ってか、ドロドロはもはや原型を留めない体で距離をとる。もしかしたら向こうも向こうで限界が来ているのかもしれない。
瞬間、襲い掛かってくる眠気。受け身を取ろうとして、そういや手が溶けてるんだったと思い出す。ああ、これはまずい。
その時、うめき声が聞こえた。
飛び散ったドロドロに体を貫かれた二人の姿。目を覚ました喜びよりも、流れる血に心がざわめき立つ。
「あぁっ、ああ......!」
クソッ、ふざけんなよ、何やってんだ俺は!
なんで俺なんかが生きてて、目の前の二人が死にそうになってるんだ?
カッとなった勢いで頭を地面に打ち付ける。
打ち付けて打ち付けて、なんとか意識を持ち直す。それでも絶えず襲い掛かってくる眠気に、ぼろぼろの腕を口元に運び食いちぎる。立ちあがろうとして片足にバランスを崩すが、その勢いでタックルをかます。
「ジュボアァ!」
うめき声だか叫び声だかも分からない奇声をあげながら、ドロドロはもう一方の腕を切り落としてくる。痛みにのけぞるも、体を戻す勢いで頭突きをかまし、ドロドロを突き飛ばす。
体があつい。脳がスースーする。だんだん黒く狭まる視界に身を預けそうになる。体がふらりと揺れ、視界が朧気になっていく。
どこかで爆発音がする。どうやら二人が俺を助けるためにドロドロを相手に足止めしようとしているらしい。だが、ドロドロは呻き声をあげるだけで、依然としてこっちに向かってくる。
体が動かない。二人が何かを叫んでいる。だが耳鳴りがうるさくて何も聞こえない。死にたい。でも、ここで死ぬわけにはいかない。
何も考えられないまま、残った腕で覆いかぶさってくるドロドロに渾身のパンチを仕掛ける。
ジュドッ
既視感。
ドロドロを貫いた腕を見て、俺は再度失敗を悟る。殴る腕はもうない。視界が閉じるより早く、ドロドロの波が全身を飲み込む。
一瞬の熱。反転する視界。
俺はこの世界で何度目かの死を迎えた。
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