第11話 やったか?
真昼間だというのに驚くほど暗い森。
陽の光を通さぬほど生い茂った木々の隙間を縫うように、テール大森林を進む。
前にはカルテ隊長。殿はエテルさんで、隣にはサポートにケントさんが付いてくれている。腰にはランタンと支給してもらった鉈。
「私たち自警団は、基本的には自警よりも狩猟が仕事でな。この森は私らにとっても厄介だから、基本的には四人一組で行動することになっているんだ。」
エテルさんは前方を警戒しながら自警団について教えてくれる。偶数なのはぼっちができない良い数だな。でも今ここにいるのでちょうど四人。
「あとの一人はいないんですか?」
「もう一人は育休中っすね。」
「イトさんも会ったことがあると思いますよ。血抜きを手伝っていただいた方です。」
「ああ、そういえば夫婦で解体してましたね。」
確か角ウサギのおかげで大分仕事が楽になったとか言っていた人がいた。あっちが本業じゃなかったのか。
「なんで正直助かったっす。丁度人数が掛けてどうするか困ってたんで。魔術を知らないって聞いた時はビビったっすけど。」
即戦力の中途採用みたいなことか。だがそれは期待しすぎじゃないか?ここらでバランス保っとくか。
「ははは。今日でほんとは役立たずって証明して見せますよ。」
「イトさん、大分自然に話せるようになってきたっすけど、稀に否定肯定間違えるっすよね。」
「いや、間違えてないですけど(迫真)。」
ちくしょう、全部言葉の綾にされちまうじゃねえか。まあいい、言葉より行動で示すがモットー。ケントさんに無様っぷりを見せつけてやるぜ。
「ケントさん、ここら辺ってなんか危ない生き物っているんですか?」
「危ない生き物......。まあ、自分らにかかれば負けなしっすね。」
「すげー!よっ、ケント様!」
「はっは、敬ってくれて良いっすよ!あいてっ!」
ポカと二人そろって殴られた。どうやらエテルさんはそうは思っていないらしい。
「油断大敵ですよ。このテール大森林はどの生物も強大だから四人がかりなんです。一対一で勝てる相手のほうが少ないんですから。」
ふむ、どうやらこの森は結構危険なことで有名らしいな。まあ確かに、初めて会った生き物は角ウサギだったし、なんか頭上にはプテラノドンみたいなやつが飛んでるし、少し気を緩めすぎたか。でもそんな森で生活基盤築いてるのやばいな。
「にしても凄いじゃないですか。逆に四人がかりなら大抵はどうとでもないってことでしょう?」
そういうと、自慢げにカルテさんが下がってきた。
「そうだぞ、この森で自警団員が敵わないやつなんて
キリンってあの麒麟か?いや、まだモ〇ハンに出てくるタイプか缶ビールの方かも分らんけど。
「その麒麟って雷とか使えますか?」
「いや、流石の麒麟といえどそれはないな。」
ならビールの方か。
「由来は中東の神話からとったものらしいですよ。」
あ、違った。ガチの方だ。ん?
「その麒麟ってやつ、どんな見た目なんですか?」
「うーん?そうだなー、鹿の体に妙な頭と緑の鱗を付け加えた感じかな。あと馬の尾もだ。」
へえ、鹿の体、妙な頭、緑の鱗に馬の尾ねぇ。
「それって頭にキノコ生えてます?」
「いや生えてないぞ。さっきから麒麟を何だと思ってんだ?」
「あー、ほなちゃうか。」
「何が?」
目の前にいる、鹿の体に龍の頭、緑の鱗に馬の尾。そして頭にベニテングダケみたいなものが生えた生物を指さした。
「いや、あれが麒麟なのかなーって。」
「え?」
全員が前に目を向ける。かち合う視線。気まずい沈黙が場を支配するが、向かってくるその妙な生物を前にカルテさんが叫ぶ。
「麒麟だー!!!」
おっけ、死んだわこれ^^
「わーなんてこったー。みんな後ろに隠れてー(棒)。」
こちとら外部の人間だ。きっと三人も良心の呵責なしに盾にできるはず。しかもついでに死ねる。一石二鳥とはまさにこのこと。
「みんな、散れっ!」
「うす!」
そんな人盾を置いて左右に展開する三人。まっすぐ向かってくる麒麟。
「おいおい無駄死にかよやったぜ!」
まあ妥当ではあるか。
目をつむり衝撃に備える。が、待てど暮らせど何も起こらない。
「......?」
「言っただろ、イト。」
目をあけると、そこには土壁。前方には怯んだ麒麟が見える。
咄嗟に土盾を作り上げたケントさんと、その隙を付いて麒麟に魔術を打ち込んだカルテさん。尻もちをついてカルテさんの顔を見上げると、ニヤッと笑みを返される。
「自警団員は敵わない。だがな、私は自警団団長だ!」
「......か、かっけぇ!」
暴れる麒麟から距離を取って魔術を打ち込むカルテさん。援護をすべきだろうか。
悩んでいる内に麒麟は足を踏み鳴らす。舞い上がる土煙。視界を遮ったその隙に麒麟は角から魔術を行使し、石礫を飛ばす。
無差別な攻撃に土壁に身を隠す。対して風を起こして礫を躱す三人。しかし、その数を前にかすり傷を負う。
これなら援護できる。
壁から顔をのぞかせ、皮膚を繋ぎ合わせ、血管と神経を繋いで傷を治していく。
「イトさん、助かります!」
「これくらいなら。戦闘はお願いします!!」
「任せろっす!」
素早い身のこなしで麒麟の裏に抜けるケント。振り返る麒麟だが、すでにケントの姿はない。
「頭上っすよ。」
魔術で跳ね上がったケントは、手にした短剣を突き刺そうとする。
「グオオオオォォォオ!!!」
ドゴーン!!
吠える麒麟。角が輝いたと思えば、突然の爆発。
抉れる肉と飛び散る血。
「っぶねえ!」
自爆によって片目を失った麒麟が、もう一方の目で睨む先には、間一髪でカルテさんに助けられたケントさんの姿。おかげで動きが一瞬止まる。
エテルさんがその隙を逃すはずもなく。
ドグッ
「これで終わりです。」
死角から麒麟を突き刺す剣。
エテルの魔術によって変形された剣が心臓を一突きにしていた。
ドサッと倒れる巨体。
動かない麒麟の姿を前に、ようやく一同は構えを解いた。
「やったか?」
「カルテさん、それ言っちゃいかんやつです。」
「......?」
そうだった、異世界人に死亡フラグは伝わんない。はっきりわかんだね。
「あ、なんでもないです。それよりも、お見事ですね。かっこよかったです。」
誉め言葉に頬を緩めるカルテさん。さっきまでのカッコよさはどこにいったのか。だが、緩んだ雰囲気の中エテルさんだけは依然顔を強張らせたままだ。
「エテルさん、いつもより顔が険しいですが何か気になることでも?」
「ええ、少しおかしな所がありまして。」
エテルさんの返答に驚いたのはカルテさんとケントさんの二人だ。
「え、エテル先輩表情変わってました?全然いつも通りで分かんなかったっす。」
「ああ、私もだ。イトめ、やはり只者ではないな?」
あの二人、こそこそ喋ってるけど丸聞こえだぞ。あ、またエテルさんに叩かれてる。多分日常茶飯事なんだろうな。
「それで、この麒麟、おかしいと思いませんか?」
そういわれても初心者には分かるわけがない。ただ、二人には思い当たる節があるようで。
「キノコが生えてたな!」
「あと、麒麟は臆病な性格のはずっすよ。自爆攻撃も逃げ出さないこともおかしいっすね。」
なんと。あの驚異的な攻撃方法は専用技ではなかったらしい。まあ毎回あんな片目犠牲の自爆なんてしてたら身が持つわけないか。
「ああ。こんなイレギュラーな相手はイトと戦った時ぶりだな。」
なんてこと言うんだカルテさん。ほらみろ、エテルさんが気まずそうだぞ。でもこの体が死んだ後どうなってるのかは正直気になる。
「あの時は倒れてて分かんなかったんですけど、はたから見たらこの体ってどうなってるんですか?」
「ああ、あれな。確か最初にエテルが先走って......あれ、どうなったんだっけ?」
カルテさんマジか。結構ショッキングな光景ではあったはずなんだけどな。
「確か精霊様に倒されそうになったところをイトさんが庇ってたんすよ。あれ、でも精霊は瘴気を纏ってたはずっすよね。なんで庇って無事だったんすか?」
雲行きが怪しくなってきた。
「エテルさん、流石に覚えてますよね?」
目が合わない。明らかにエテルさんは狼狽えている。
「いえ、その。何故かそこだけ思い出せないといいますか......いや、なんだ?」
ドクン
なんだ、なんなんだ。そりゃ借り一つと思われるくらいなら忘れてもらった方がありがたいけど、全員そろって覚えていないのは妙じゃないか?
ドクン
顔を上げてハッとするエテルさん。
「そうだ、確か血が脈打って、そう、丁度今みたい......に、」
ドクン...!
「え?」
瞬間、揺れる視界。
なにかに吹き飛ばされたのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「な、んだ......?」
動く巨体。その瞳に光はない。
既に死んだはずの麒麟が、より一層凶暴に暴れだした。
体を起こし、耳鳴りの止まない頭を必死に働かせてその原因を目に映す。
ドクドクドク...
麒麟から流れ続ける血。それらが脈打って、いや管が伸びてそれに吸われている?
なんだあれは。触手か?
吸い上げられた血は、頭上のキノコへと吸い込まれていく。どんどんと巨大化するキノコに、さきほどの言動を思いだす。
___この麒麟なんですが。おかしいと思いませんか?
___キノコが生えてたな!
___あと、麒麟は臆病な性格のはずっすよ。自爆攻撃も逃げ出さないこともおかしいっすね。
この麒麟、寄生されてやがる!
死してなお猛威を振るう巨体は、ぐったりと頭をこちらに向ける。何故かその空虚な目が合ったような気がした。
「ブモオオオォォォオオ!!」
みんなは何処だ?
必死に辺りを見回すと、そこには倒れた三人の姿。
「あ、」
絶望的な状況を悟ると同時、体は再度宙を舞った。
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