第10話 絶対良い人

「......」


「......」


開けた訓練場で黙り込む四人。

目の前にはカルテさん、ケントさん。そして背後にはエテルさんの圧を感じる。


「よし、まずは魔術から説明しようか?」


ニコニコと話し始めるカルテさんは、この雰囲気の悪さに気づいていないのだろうか。


「お願います。初心者、優しくたのむ。」


「初心者って言っても赤ん坊じゃあるまいし、魔術については知ってるっすよね?」


「いえ、イトさんは赤ん坊より魔術を知りません。」


なんだろう、絶句するの止めてもらっていいですか。普通に泣きそう。嬉しくて。


「うぅ......。」


「あ、おいケント、お前泣かせたな!」


「え、いや、そんなつもりは。」


いやカルテさん、絶句してたのはあんたもだぞ。かと思えばケントさんは驚くほど動揺しているし、多分というか絶対良い人なんだろうな。


「まあまあ、イトさんも嬉し泣きはそこまでにして、本題に入りますよ。」


「ハイ!」


「泣き止むのはっや。え、うれし泣きって何?」


「細かいこと、気にする人、もてない。」


「おいイトてめえ殺すぞ!」


「なんなんすかこの人......。」


どうやら、魔術を学ぶ道は前途多難の様だ。



「とはいえ、基礎の基礎ということなら話は分かった。」


ドン!と目の前に積み重ねられた本の山。文字を読むのはまだ完ぺきではないが、見れば魔術関連の本ばかりということが分かる。ざっと十冊程度か?


「ひとまずはこれ全部読め!話はそれからだ!」


「え、隊長、これ僕ら来る必要あったすか?」


「気分だ!」


「あっはい。」


もう何でもありじゃねえか。いやまあ、顔合わせとかそういう意味もあったんだろう。多分。


「あ、これ。隊長が渡し忘れた練習用の杖っす。いくらでも作れるんで、壊れたら自分かエテル先輩に。」


「ありがとござます。」


勝手に帰っていくカルテさんと、それをフォローするケントさん。うん、前言撤回。多分なんも考えてねえわあの人。




* * *


そんなこんなで一週間後。


「完全に理解した。」


「おいまだ一週間だぞ!こいつ天才だ!」


「いやいや、どうせ嘘っすよ。赤ん坊レベルから研究者じゃなきゃ読まないようなものまであったんすよ?」


読めと言われて一週間。初めは一月はかかると思われた本も、気づけば全て読み終わっていた。もちろん、きちんと内容も把握している。といっても、魔術よりも自然現象についての話の方が多かったから、前世で習った部分ばっかだった。


「いえ、魔術理論は大分簡潔で分かりやすかったですし、内容もかぶっている部分が多かったですから。」


「にしたって自然学の部分は初見じゃ無理っすよ。僕らだって数年かけて読んでもらうつもりだったんすから。」


ああ、物理学と化学の範囲まで網羅されてたから、てっきりそういう意地悪かと興奮してたのに、ちゃんと配慮あってのことだったのか。


「ああ、イトさんは魔術、常識以外でしたらかなりの知識をお持ちですので、当然と言えば当然でしょう。正直、私としては速度のほうが驚愕です。」


まあ、読書量についてはズルかもしれない。なにせ、毎日ご飯を取っているおかげで寝なくても死なない体になっているからな。ちなみに眠気は舌を嚙みちぎってキャンセルできる。人生RTA走者におすすめの手段だ。


あとは、エテルさんがいつでも教えてくれる環境もありがたかった。初めて水の魔術を使った時も、彼が毎日家で使っていた魔術だったから割とすんなりできた。あ、ここ進研〇ミでやったところだ、みたいな。


「ふーん、じゃあ魔術の仕組みと魔法陣が円形な理由を言ってみてほしいっす。」


「魔力を用いて物理現象を引き起こすのが魔術。魔法陣が円形なのは、魔術の行使に必要な回路の構築において、その回路の強度が一点に集中しないようにするためである。」


「うむ、その通りだ!まあ、単純な魔術なら、陣を組まなくとも杖自体の強度で事足りるがな。」


よし、なんとかお眼鏡には叶ったらしい。ケントさんが何とも言えない顔をしているが、何か予想通りにいかないことでもあったのだろうか。後で励ましに行っておこう。


「逆に、何か聞きたいことはあるか?」


「聞きたいこと。......まあ、気になったことがあるんですが。」


「ほう、言ってみろ。」


「素人質問で恐縮なのですが......複雑な情報を入れるために魔法陣が組まれているのは分かったんですが、位置情報を書き込むのに、魔法陣が平面では二次元的な動きしかできませんよね。三次元的に動かすための、例えば球状の魔法陣もあるのでしょうか?」


「......」


なんだ、急に黙られてしまったぞ。また空気読み失敗か。あれ、またなんかやっちゃいました(泣)なのか?


と思っていたら、俯いていたケントさんがニパッと顔を上げて詰め寄ってきた。


「球状!思いつかなかったっす!平面に構成された魔法陣では二次元的な動きしかできないのは分かっていたっすけど、なるほど、魔法陣自体を立体に!回路の構築難易度が跳ね上がりそうっすけど、これは試さないとっすね。」


ブツブツと早口でつぶやきはじめたケントさんを見ると、ああ、やっぱりこの人も魔術オタクなんだなと思う。


おや、おやおやおや。もしかしてこれはもしかするんじゃないか?


「あれれ~、もしかしてまた何かやっちゃいました~?あいってぇ!」


エテルさんに叩かれた。なんでだ。


「ああ、そういやケントの研究内容が丁度同じ分野だったな。」


叩かれた頭をさすっていると、カルテさんが答え合わせをしてくれた。なるほど、道理で食いつきが良かったわけだ。


「ちなみに、ケントさんはどういったアプローチを?」


「異なるベクトル方向に魔法陣を二つ展開して重ねるんだ。実行部分一つに回路を二つ組むのが手間だと言っていたが、正直それだけでも歴史的快挙だ。」


なるほど、重ねるなんてことが出来るのか。まったく思いつかなかった。球の形というのも日本人なら大好きなANIME!を参考にしただけだからな。


「なるほど、球状なら一つの回路で済みそうですけど、回路の構造自体は重ねた方がよっぽど書きやすいでしょうね。」


「なるほど、一長一短ということですか。」


「さすがは魔術の最先端ですね。すげえや。」


「あのなぁ、その最先端の研究分野に口出しできてるお前は何なんだよ。」


「そうっすよ、今日は魔術理論しようと思ってたのに、これじゃ魔術議論っすよ。」


あ、カリキュラムを大きく逸脱したのか。いるよな、進んで学級崩壊を引き起こそうとするやつ。本当にごめんなさい。手数をかけたことを死んで詫びたい。


「責任は如何様にも。ひとまず腹を切って詫びさせていただきます。」


そう言って練習用の杖で鉄を生み出し、変形させてみるも、ナイフを生み出すどころかできたのはドロドロとした銀色の何かだった。


「あれ。」


まあ、複雑な魔術じゃこんなものか。これじゃ自害できなくて困るな。


「よし、今日することが決まったな!」


「うす。」


何か悪い予感がする。つまりは、待ち望んでいた展開ということだけど。


「実戦経験だ!」


死亡フラグキター!

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