第9話 魔術


この町、テールの里というらしい、に来てはや一週間。光のごとく過ぎ去っていったこの一週間だが、言葉の奇跡ありきで何とかカタコトで話せるようになるには十分な時間であった。とはいえ、エテルさんに言わせれば「学習速度は早いし学も高いのに、一般常識だけは依然赤子同然」らしいが。


カコーン


今は、いまだに世話になっているエテルさんのため、庭で薪を割っている最中だ。角ウサギは森に出て小動物たちを狩りに行っている。正直、角ウサギのほうがエテルさんにも町にも貢献していて立つ瀬がない。


ならばと思い、以前エテルさんに狩りに参加したい旨を伝えたが、その返答は否であった。


「森には動物のほかに魔物も出ます。遭遇確率は稀とは言え、魔術の行使ができないイトさんには自衛する術がありません。イトさんに読み書きを教えることで、言葉の奇跡についても大分詳しく情報が取れています。それだけで我々にとっては十分です。」


そういって詰め寄るエテルさんの顔はいつもより二割増しでしわが多く、かなりの迫力だったことを覚えている。

このテールの里は、魔術に心酔した者たちが集まり、あるいはその危険性から国に追われた人たちが築き上げたのが発祥であるらしい。出会って早々戦闘態勢を見せたのは、そういった事情もあって敵が多いからなのだとか。


魔術。

そう、この世界には魔術がある。人、魔人、魔法生物。魔術はこの世界において平等に扱うことが出来る。だが、この世界に長居するつもりがない人間にとっては、特段習う必要もないものだ。


ちなみに、角ウサギもとい精霊は、世界でもトップレベルに巧みな魔術を扱うことができるらしい。


なんか自分の存在価値が......。いや元からそんなものないか。


「だが、そんな生活も今日で終わりネ。」


「はあ。」


しかし、今日こそ決断の時。角ウサギを肩に、戻ってきたエテルさんに思いの丈を伝えることにした。


「エテル=サン。今までお世話なった。本当ヨ。でも穀つぶし嫌ネ。」


「そうですか。まあ立ち話はなんですから。」


「ああこれはドーモ。」


話を急ぎすぎたか。まあこっちも気合を入れての直談判だ、じっくり腰を据えて話さんとな。


「それで大事な話アル。これからについてヨ。」


「そうですか。あ、これ今日の獲物です。精霊様がいると血抜きが楽で助かります。」


「ああこれはドーモ。おお、でかい鳥。今日は鶏肉のソテーする。」


毎日世話になっているお礼というほどではないが、毎日の家事は任せてもらっている。前世でもボランティアをはじめとした奉仕活動は趣味だったし、家事だってお手の物だ。まあ、生きてるのが罪みたいなもんだから、そんなものじゃ贖罪にもならないけれど。


「助かります。イトさんのご飯は美味しいですから。」


「ちがう。居候として当然。むしろ足りないヨ。」


「いやいや、イトさんは自信を持つべきです。イトさんと出会って早一年、もはやイトさんのご飯なしでは生きていけません。」


「大袈裟。」


「いえ、心からの本心です。私は今まで、食事というものがここまで良いものだとは知りませんでした。」


この人、恥ずかしいセリフを真顔で言いきってくるんだよな。初めは結構頑固で怖い人かと思ったけど、話すと頑固でお茶目な人だった。


さっと調理している間に食器を用意するエテルさん。角ウサギの分を含めて三人分。そつなく準備を済ませると、使い終わった調理器具を片付けていく。日が沈みだし暗くなっていく部屋に、魔術で暖炉に火をつける姿はとても様になっている。


そうこうしている内に、最後の盛り付けが終わり、帰って早々寝ていた角ウサギを起こして席に着く。


「いただきます。」


「いただきます。......じゃないネ!!」


「どうしたんですか、いきなり声を荒げて。」


危ねえ、罠にかかって本題を忘れるところだった(自滅)。ちくしょう、エテルさんめ中々やるじゃねえか。だが二度同じ手は食わんよ(自戒)。


手にしていた食器を置き、乱暴に立ち上がる。


「家出するヨ!」


「却下です。」


「......?」


おかしい。今渾身の提案が一秒と経たず却下されたような。いや、そんな訳ないか。エテルさんが引き留める理由ないもんな、うん。


「家出するヨ!」


「却下です。なんで二回言えばいけると思ったんですか。」


「......?」


「いや、そんな不思議そうな顔をされても。」


き、聞こえてたのか......(驚愕)。ならばなおさらなんでだ。


「居候、良くない。森、家ある。外、見てみたい。」


「居候は私も助けられてますし、森は危険ですし、あなたは外に出すにはあまりにも常識がなさすぎます。」


こいつ、強い!

ちくしょう、町を出てこっそり死のう大計画が台無しだ。


「常識といえば。」


まっずい。これは説教パターンか?


「魔術を使えないのは大問題です。」


「あ、ハイ。」


「良いですか、イトさん。あなたの出生について深くは聞きません。赤子よりも常識を知らないとはいえ、あなたはとても賢い。なんなら私の知識を凌駕することも多い。であれば常識は後からでも身につければ良いのです。」


「ハイ。」


「ただし、」


エテルさんはずいっと顔を近づける。


「魔術はそうもいきません。魔術は生活の基盤でもあり自衛の手段でもあります。遅かれ早かれ子供のうちに最低限は魔術を覚えるものなんですよ。」


「恥じ入るばかり、だネ。」


スッと真顔に戻りこちらを見つめるエテルさん。


「ほんとに思ってますか。」


「ハイ。」


「魔術を学ぼうと、ほんとに思ってますか。」


「ハイ。」


「では明日から魔術について学びましょう。話はこちらで付けておきます。」


「ハイ。......えっ?」


「ごちそうさまでした。おいしかったです。」


「え、あっハイ」


家出しようとしたら魔術を学ぶことになった件について(白目)。




* * *


と、いうわけで翌日。


「じー。」


感じる視線。


「隊長、あんま口に出してじーっていうもんじゃないですよ。」


「そういうお前だってさっきから睨んでいるじゃないか。」


開けた土地に簡易な的。目の前には一組の男女。

エテルさんに連れてこられたのは、この町の演習場だった。


「ええと、初めまして。名前は伊東。よろしくます。」


「ああ、よろしくなイト。私はカルテ。この町の自警団で隊長をしている。」


さっきから視線を送ってきていたのがこの人。見るからに女騎士って見た目だが言動がドジっ子っぽい。きらめく金髪に真っ赤な瞳。そして同じく真っ赤な角が二本。この町じゃほかに見たことがない種族だ。竜人とか、そんな感じだろうか。


「そんで自分がケントっす。エテル先輩からお噂はかねがね。」


もう一人の男性がケントさん。若々しいその姿は現代っ子って感じがする。銀髪に理知的な緑の瞳。人懐っこい話し方とは裏腹に、その目はそこはかとなく敵意を感じる。嬉しい。思わず笑顔を浮かべてしまう。


「っ!......随分とエテル先輩に気に入られてるようで、一体何がしたいんですか?」


「今のところはエテルさんに嫌われて家出したいです。」


「いえ、魔術を習いたいそうなので教えてあげてください。」


「ん、そうか。私は教えるの得意だぞ!任せてくれ!」


なんだこいつら、無敵か?


「ていうか、エテルさん。噂って何ですか?」


「......。」


いや、そこで黙られると怖いんだが。


「いつもはストイックで寡黙で眉間にしわ寄せてるエテル先輩が、あなたが来てから隊員がご飯の話で盛り上がっている時に混ざってくるようになったんすよ!」


「それは良いことじゃ?」


「あの頑固の鬼がっすよ!?あイタッ!」


エテルさんに叩かれてる。かわいそう(小並感)。ていうかやっぱり頑固で定着してるのかよ。


「なに、頑固が和らいだのはいいことじゃないか。子供の頃から頑固が頑固を着て頑固していたエテルが、まさかここにきて料理に興味を持つとは......あいたたた!」


魔術を習いに来てはや10分。ツーダウン、進展ゼロ!GG!

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