第8話 奇跡

ひとまずエントリヒには別れを告げ、エテルさんの家にお邪魔することになった。


「......」


正直に言おう、めちゃくちゃ気まずい。さっきからエテルさんは怖い顔をしているし、実質初対面なのに命のやり取りは経験済みだしで、なんか複雑な感じ。

聞きたいことは結構あるんだけどなあ。


「......あの、」


なにか話題提供しようとして、そういえば言葉が通じないんだったと思い出す。


「ああ、話は伺っております。言葉の奇跡を授かっておいでだとか。」


あらやだ良い声。強面からは想像できないような優しい声にドキッとする。別にその気があるわけではないが。......いや言葉の奇跡って何?


紙を手に取り、お絵描きで意思疎通を図ってみる。こちとら毎日何処かしらで某いらすとやを見かける生活してたんだ。レパートリーは実質無限と言っても過言。すまん調子乗ったわ。


「ふむ。......話す、祈る、疑問?......ああ、言葉の奇跡が分からないということですか?」


こくりと頷く。この人、結構察しが良いぞ。


「なるほど、恩人殿は...ああいや、その前にお名前を聞いてもよろしいですか。」


そういや自己紹介していなかった。礼儀すらなっていない屑相手に失望どころかスマートな対応をするエテルさん。紳士だ。


「伊東、と言います。」


「リヒト?」


「いとう、です。」


「ああ、イトさん?」


「ああ、そうです。イトですイト。」


伊東という発音が難しいらしく、今日からイトになってしまった。まあ、どの道そう長くない命(予定)だしな。分かりやすさの方が優先だろう。


「言葉の奇跡というのは、海の神様から授けられる説明のつかない力のことです。他にも、森の神による命の奇跡、空の神による流転の奇跡があるとされています。」


サッパリわからん。分からんが、言葉が分かる人が他にもいたっぽいな。道理でエントリヒさんの呑み込みが早かったわけだ。

でも、あるとされているって言い方はなんだ?もしかしてフシギさん、あまり仕事していないのだろうか。


「というのも、言葉の奇跡も命の奇跡も伝承にあるのみなんです。命の奇跡を賜ったのは原初のエンシェントエルフとされています。エントリヒ様はその末裔であるエルフ族のうちの一人ですね。」


そういうエテルさんの耳は丸い。どうやらここはエルフの集落とかではなかったらしい。恥ずかしい。死にたい。


「流転の奇跡についても、聖ソレイユ皇国の聖女を除いていないとされています。」


なんか、すごく貴重なものを頂いたのかもしれない。仕事してないとかいってごめんフシギさん。罰として殺してくれ。いや冗談じゃなくて。


「そして、命の奇跡発祥の地であり、この世で最も奇跡に詳しい場所がここ、テール大森林とこの里だったのですが......。」


「ですが?」


「イトさんが命の奇跡ではなく、言葉の奇跡を賜っていることで、正直混乱しております。」


なんてこった。やはり生きているだけで諸悪の根源だったのか。ここは腹を切って詫びるしかない。


土下座する侍と切腹する絵を描いて意思表明する。


「ああいえ、イトさんは悪くないのです。むしろ、早いうちに失敗に気づけて良かった。......じつは丁度、我々は森の精霊を捕獲する計画を立てていたのです。」


森の精霊ってなんだ。

いそいそと木のお化けを描いてみる。ゼ〇伝に出てくるようなものから、カ〇ビィに出てくるもの。これじゃ精霊ってよりかはモンスターだな。


「イトさん、絵うまいですね。それに全部かわいらしい。」


いや、真顔で言われても。もしかしてこの人、結構お茶目なのでは?話し合いの最中にお絵描きを楽しんでると思ってらっしゃる。おかげでまるで森の精霊について伝わっていない。


「そうだ、そこの精霊様も描いていただけないでしょうか。」


そう言ってエテルさんが指した先には、一匹の角ウサギ。


「みゅー...みゅー...zzz」


「......ゑ?」


嘘だろ、こいつが森の精霊?こんなかわいい見た目でそんなわけないだろ。


「もしかして、自覚なしに手なずけていたのですか?」


「......はい。」


マジか、マジなのか。そういやこの人たちに追われてたもんな。いやでも手なずけてはないだろ、こちとら二回も刺されてんぞ。


「なんと。我々が必死に精霊に近づこうとしていたのを、そうも容易に...。」


まずい。なんかショック受けてる。常に真顔で分かんなかったが、この人お茶目でかわいいもの好きで繊細だ!


そっと角ウサギを抱えて俯くエテルさんの膝に乗せてあげる。


「ア、カワイイ......。」


優しくなでるエテルさんだが、その顔はめっちゃ怖い。エテルさん、表情筋こそ死んでいるが、さてはめちゃくちゃ面白いな?


ずっと見つめられていることに気づいたエテルさんは、ハッとして話を再開する。当然、その手が角ウサギをなで続けていることは言うまでもない。


「コホン。それで、精霊を捕まえようとしていたのは、我々は精霊が神の遣いだと考えていたためなのですが」


再度手元の角ウサギに目を落とすエテルさん。

なるほど。森の精霊になつかれてた奴が、まさかの海の神様から奇跡を授かっていることで混乱したのか。

とはいえ、正直この世界の神がフシギさん以外に実在するのか、はたまた信仰でしかないのか分からないと何とも言えないな。


「そこで、一つ頼みがあるのです。」


「受けましょう。」


「もちろん、断られるのは承知の上です。ただでさえ、私はあなたに恩がある。」


「だから受けます。」


「では、こういうのはどうでしょう。我々は衣食住を負担します。ですからイトさんの滞在中に記録を取らせていただきたいのです。」


ちくしょう。言葉が通じないから受けるという言葉が否定の言葉だと思われてやがる。いやまて、良いことを思い付いた。


エテルさんの猛攻に、神妙な顔をして黙り込む。その様はエテルさんの提案に悩んでいるように見える、はずだ。


「......それで、答えは?」


ごくりと固唾をのんでこちらを見つめるエテルさん。そこでゆっくりと顔を上げて、眉間にしわを寄せた顔から一転、微笑みを浮かべる。


「断る。」


「......!受けていただけるのですね。感謝します。」


差し伸べた手を握り返すエテルさん。


あーもう、読み書きも教えてもらおう、そうしよう。


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