第7話 やけに怪訝な顔

「知らない天井だ。」


この世界に来て、初めてのまともな部屋。その窓から差し込む陽の光で目が覚めた。なお、異世界ノルマを達成しても報酬は出ない模様。デイリークエストもねえしどうなってんだ修正しろ。


体は傷跡一つなく、痛みも感じない。手足に拘束具もなければ、窓に格子が付いてるわけでもない。おまけにベッドに寝かされたということは、惜しくも敵視されなかったということか。


服が下着ごと変わっている件には気づかないふりをして、ざっと部屋を見渡す。


木組みの部屋だが、ログハウスと聞いて思い浮かべるようなものよりずっと大きそうだ。木は茶色味が強く、北欧チックな雰囲気ではあるが、別に室内はそれほど寒くはない。


ひとまずはベッドから出ようともぞもぞしていると、膝上に暖かい感触。おそるおそる毛布をめくる。


「みゅー......みゅー......zzz」


丸まって眠っている角ウサギ。猫じゃん。


「これが朝チュンってやつか......。」


しょうもないことを考えている内に、ドアの方から足音が聞こえてくる。来客かとドア前で正座待機していると、案の定扉が開いた。


「さて、そろそろ目が覚めたころか。...って、なんで正座!?」


入って早々驚く一人の男性。見た目は若く、肌は色白。声を先に聞かなければ、女性と勘違いしてしまうような、中性的で端正な顔だち。髪は纏っている衣と同様、薄緑色で、後ろで一つ結びにしていた。


襲ってきた迷彩集団の上司なのだろうか。あの時は顔を見れなかったが、ちゃんと人間だったようだ。いや、耳が少し違うか?


「耳が尖ってる......。」


煌めく耳飾りに目を奪われ、その耳が長く尖っていることに気づく。それは聞きしに勝るエルフ族の特徴そのもの。物語では閉鎖的な種族として描かれることが多いエルフだが、襲ってきた理由もそういった事情なのだろうか。


実際、あまりに不躾なこちらの言葉に、エルフの男は困った顔をしている。早速人に迷惑をかけてしまった。死にたい。


「あ、いや。すごく綺麗だなと思いまして。」


「ええと、自己紹介をしているのかな?初めまして、僕はエントリヒ。この里の、一応長みたいな者だ」


「......ん?」


あれ、初対面のはずだが。出会い頭に皮肉か?

口を開いてすぐに言葉の暴力とは、とんだ有望株だ。そのまま地獄の淵まで突き落としてくれたまえ。


「おーけーおーけー。エントリヒさん、知らない間に相当嫌われてしまったようだが、案ずることはない。こっちは死にたい、そっちは殺したい。これすなわちウィンウィン。協力関係を築けるはずだ。」


「恐らく状況が分からないと思うが、私に攻撃の意思はない。今紙を持ってくるが、はてさて、どう伝えたものか...。」


「おっとぉ?」


なんだなんだ。さっきからなんか話がかみ合わない。一応日本で空気読みは履修したつもりだったんだが、まるで言葉が通じないぞ。


いや待て、まるで言葉が通じない?......あっ(察し)。


「へいへいお兄さん、今暇?ここ初めてくるんだけどさ、良ければ案内してくれない?今なら一杯奢っちゃうよ?」


「んーと、どうしたものかな、あはは......。」


乾いた笑い頂きました!乾杯!

試しにナンパしてみたが、拒否されなかったってことは、言葉が通じていないで確定だろう。まじか、こっちは何言ってるか分かるのに。フシギさんの仕業だろうか。


ジェスチャーで伝えてみよう。

手のひらに何かを書きとる仕草をしてみる。


「カミ、ホシイ。アト、カクモノ。」


「おお、対話の意志ありだね。すぐ持ってくるよ。付いてきてくれるかい?」


ドアの方を指さすエントリヒ。

従順なペットとして、こくこくと頷いて付いていく。すると肩に重みが。


「みゅー!」


いつの間にか起きた角ウサギが乗っている。おいおい、スーパーマサラ人じゃないんだから。普通に肩痛いし、どうぞ好きなだけ乗ってくれ。


「......思ってたよりでけぇな。」


部屋を出て真っ先に目につくのは長めの廊下。幾度か増築された跡があり、エントリヒまるで公共施設と言っていたように、その様は役場とか、そういった建物と言われた方が納得しやすいものだった。


「さて、ここが私の部屋だ。好きに座ってくれ。」


招かれた場所は執務室のようなところ。差し出された椅子を言葉が分からないふりをして華麗にスルーし、机に置かれた紙に目を落とす。


羊皮紙ではない。恐らくは元居た世界と同じく、樹木から精製しているのだろう。色も白く、この世界に加工、脱色の技術があることが分かる。隣には本が積み重なっているが、年代物なのか少々黄ばんでいる。


正直建造物を見たときはそこまでとは思わなかったが、この世界の文明レベルは割と高いのだろうか。でも書くものは羽ペンなんだよな。オシャレさんかな?


「さて、ソレイユ共通語なら通じるだろうか。」


「馬鹿だから良くわかんねえけどよぉ、馬鹿だから良くわかんねえわ!」


エントリヒが何か書くよりも先にかぶりを振る。

生まれてこの方、日本出たことなかったからなー。英文法なら分かるが、ゆうて受験英語だし。


「む。」


書くより先に反応されたことが気に障ったのか、やけに怪訝な顔をするエントリヒ。いやいや、遮る意図はなくて、言葉通じてますよって伝えたかっただけなんですってば。


「......もしかして、君は私が何を言っているか理解できるのかい?」


コクリ。


「......そうか。分からないのは読み書きだけかな?」


コクリ。


なんだこの最強アキネーター。どちらかといえばはいの選択肢すら無かったんだが。バグか?逆ヒューマンエラーなのか?


「なら話が早い。君が望む限り滞在を許すつもりだから、詳しいことは他の人に聞いてくれ。ちょうど君の世話を買って出てくれそうな人がいてね。」


なんだなんだ、話の進行が早いっていうか、急に冷たくなったぞ。いや、最初から嫌われてたかもしれんが、唐突に壁を作られたみたいな。


スタスタと玄関まで連れていくエントリヒ。黙ってついていくしかない。


開いた扉から入り込む冷や風。どういう訳か、暖房器具も見当たらないのに屋内外で温度が相当違うらしい。連なる家々の屋根には雪がうっすらと積もっており、なんとなくモン〇ンのポッケ村を思い起こす。


敢えて言おう、明らかにおかしい。

体から嫌な汗がでてきた。角ウサギと出会った時はそこまで寒くなかったはずだし、気候は春先か、梅雨どきくらいな感じだったのに。

雪の降る季節、地域とはあまりに違いすぎる。まるで狐に包まれたような気分だ。死んでる間に大分北にでも連れてかれたのか?


動揺をよそに、エントリヒは説明を続ける。


「今から向かうところを説明しておこう。この町の自警団の一人で、君も会ったことがある人物のところだ。」


あの迷彩集団の一員か。会ったことがあるということは、当然襲ってきたうちの一人だと思うが。さっきエントリヒが言っていた、世話を買って出てくれそうというのが気にかかる。こんな塵の世話って、そんなやついるのか?


「まあ、会ったことがあるというか、君が刺されそうになった人物なんだけど。」


あ、違うこれ罠だ。やったぜ。


カコーン


一つの家の前で止まると、乾いた薪の切れる音だろうか、何とも気味の良い響きが聞こえる。


「庭先の方かな。」


エントリヒと共に家の後ろに回ると、そこには死の間際に見覚えのある姿が。


「やあ、エテル!君にお客さんを連れてきたんだ!」


ガコン!

持っていた斧が落ちて切り株に突き刺さる。

目を丸くした男、エテルがこちらに駆け寄ってくる。


見てくれは屈強な老戦士そのもの。短く刈り上げた白髪に同じく白い髭を携えるその姿は、さながら物語の騎士のよう。だが、その眉間に刻まれた深いしわがなんとも近づきがたい雰囲気を醸しだしていた。


そんなダンディーなおじい様が、目の前で片膝をついた。


「エントリヒ様、そして恩人殿。お久しぶりでございます。一月ほど眠られていたようですが、ご無事で安心いたしました。」


「......。」


「何か言ってあげたらどう......!?き、気絶している......!」


気絶じゃない。おじ様の変わりよう、ひと月眠っていたという新事実、その情報量の多さに考えるのを止めただけだ。

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