第5話 木の精
火の確保。
それは古来より人類が試行錯誤して手に入れた、いわば文明の第一歩である。
だが、幸か不幸かライター1つで火が点けられる現代日本において、自力で火を起こせる人間のなんと少ないことか。
そしてそれは現代日本から転生した者にもあてはまる。
「ちくしょー、火なんてどう起こすってんだ。」
火起こしに挑戦してはや二日。一向に火が点く気配がない。やはりキャンプ動画見てただけじゃ無理があったか。
辺りには火おこしに失敗した残骸が広がっている。
幸いにも植生が地球に似ていたもので、自然の着火剤こと松ぼっくりに似たものもあったし、角ウサギが果物の群生地を教えてくれた。
まあ、松ぼっくりもどきはマトリョーシカみたいに中から小さい松ぼっくりもどきが出てきたし、リンゴもどきは真っ青でレモンのように酸っぱかったが。
これがほんとの青リンゴだなんてかぶりついたのが間違いだった。まじで毒かと思ったわ。
すでにバッキバキに折れた心は、愚痴を吐かせるには十分だ。
「そもそもさ、火起こしって言うほど必要か?」
問いかけてみたが返事はない。そういや角ウサギは狩りに出てるんだった。
仕方ない、大樹相手で我慢しておくか。
「いや、なにも火起こし面倒だなーとかそういう訳じゃなくてさー、いやほんと。ただちょーっと飽きたかもなーなんて思ったり思わなかったりってね。」
「......」
うんともすんとも言わない大樹。心なしか呆れられてる気がしてきた。
「いやだってさ、別に生で良くない?味とか気にしないタイプだしさ、このまま寿命迎えるまでここにいりゃ勝ちでしょ!」
「......ハァ」
「おい今ため息ついただろ!!」
「......」
気のせい、いや、木の精か?
サバイバル初日、火を通さなきゃ蛇なんて食えないなんて固定概念はものの見事に破壊された。木の棒をいくら擦ろうが、息を吹きかけようが、うんともすんとも言わない焚き木を前に、蛇を生で食う覚悟を決めた。
意外とイケる、なんてことが有るわけなく、生臭いわ苦いわ変な汁出るわの三重苦で死ぬかと思った。だが、実際は死ななかったので別にこのままでも良い。それどころか不幸ウェルカム勢としてはむしろ大歓迎なわけだ。
「まあ、火の当てがないわけじゃねぇけどな......。」
火を確保するのに一番最適な方法は、自分で火おこしをするのでなく、人を探すことだ。人がいれば文明があり、文明があれば火がある。もちろん、この世界にも人と近しい生物がいるかは怪しいが、そこはフシギさんを信頼するしかないだろう。
問題は人と会いたくないこと。
コミュ障、社不、ニート(学生)であることを抜きにしても、人のいるところにはなるべく行きたくない。人目がある所ではそれだけ自殺しにくいだろうし、仮に死ねたとしてその死体を処理させるのも忍びない。
「この世界では誰とも会わずにいよう。」
そう、覚悟を決めた時だった。
「みゅー!!」
バッと草木をかき分け飛び出したのは、見慣れた角ウサギ。
「おー、帰って来......たと思ったらもう行っちまった。」
目の前を一瞬で横切って、また森にもどっちまった。いやまあ、兎だって走り回りたい時はあるか。にしたって、あのはしゃぎっぷり、まるで何かに追われてるみたいだったような......。
「......いや、まさかな。」
だってここは安全が保障されてるハズって、フシギさんが。
「待てゴラァ!!てめえら、絶対逃がすなよ!!!」
「「「応ッッ!!!」」」
「いや待てお前ら!!前方に人影を発見!」
ザザッ
わらわらわらと現れる人、人、人の群れ。
辺りに土煙を立てながら、一瞬で包囲陣を組むその様は、訓練された部隊であることを示していた。
「おかしいな、一級フラグ建築士の免許なんていつ取ったっけ......?」
恐ろしく早いフラグ回収、角ウサギでも見逃しちゃうね。もはや運命的すぎてフシギさんの介入を疑ってしまう。
一度冷静に戻って、観察してみる。人数は8人、走り抜ける隙はなさそう。形状的に人間だとは思うが、全身に草木を張り付けた格好のせいで顔の判別は難しい。指令を出していたリーダー格っぽい奴は声的に女だろうな。
妙なことは二つ。
統率力は兵士に近いが、格好と動きは狩人そのものということ。
もう一つは、全員が敵意丸出しということ。
剣、剣、剣、一つ飛ばして剣。
全員揃いも揃って、武器をこちらに構えていた。
第一村人との邂逅は、どうも穏便には済まなさそうだ。
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