第4話 そう来たか

ぽつぽつと、生い茂る葉っぱの隙間を縫って降る雨が頬に当たる。その感触で目が覚めた。


「ちくしょう、見慣れた森じゃねえか。」


景色は変わらず森。どこまでいっても緑色。どうやらまたしても死ねなかったらしい。だが今はそれどころじゃない。貫かれた腹を手探るも、血の感触がない。


おや、と思い服をめくると、そこにあるはずの傷は綺麗さっぱり消えていた。

まさか一睡しただけでこれだけの致命傷が治るとは。


「はは...、そう来たか。」


最初から勘づいてはいたが、ずっと見ないふりをしていた。

だが、どうあがいても説明がつかない事象の数々。死なない肉体、治癒能力、そして一番はあの異形なウサギ。

鋭く尖った角はまだしも、生物の脚はあそこまで肥大化しない。


つまりは___



「この世界に白川さんはいない。」



言い換えれば、ここは地球ではないということだ。




* * *


とりあえず雨を凌ぐため家に帰ることにした。目印なんて用意していないので、ヒノキの棒が倒れた方向に進んでみる。

まあ、家と言っても見た目は完全にでかい豆腐なんだが。フシギさんの建築センスって......。いや、これ以上は何も言うまい。


しばらく歩くと見慣れた大樹が見えた。ちっ、運よく帰れるとは、なんて不幸だ。

大樹に目を向けていると、ほんの少しの違和感。

目線を感じ、顔を向ける。


こちらを覗きこむ目、目、目。

積み上げられた草山の中で、折り重なった蛇やらネズミやらと目が合った。


「どうわあっっ!!センナナヒャク!!?!」


尻もちをついて驚くのも束の間、すぐさま冷静を取り戻してどうにか立ち上がり、そのまま後ずさる。


び、びびった。

バクバクと鼓動がうるさい。

念のため臨戦態勢をとるが、一向に動く気配がない。


「......?なんか変だな。」


試しにそっと横にずれてみるが、眼球は微動だにせず、彼らの目線は依然として虚空を見つめたままだった。


おそーるおそる近づいてみる。

すると目に入ったのは、無数の丸い穴。体を貫くその穴からは、ただの一滴も血がこぼれていなかった。


「ただの屍のようだ、ってか。」


とはいえ恐ろしいことに変わりはない。これだけの獲物を仕留め、謎の草と一緒に積み上げるという、なかなかの美的センスを持った何かがこの近くにいるということだ。


にしても食料旺盛な......いや待て、死ぬことの肉体。これってつまり、再生力の変わらないただ一つの食糧......ってコト!?


「まあでも、とりあえずな現状をどうにかせねば。」



 と、いうことで。


「ほへー、意外と食えるもんだな、草ってのも。」


文字通り、草食系男子になってみた。

食ってるのは蛇やらネズミやらの死体を隠していた草山。全部食卓で見覚えがあったので手を付けてみたが、案外イケる。火さえあれば死体も食えるんだがなぁ、なんて思っていたら。


ガサガサガサ!


「みゅー!!」


飛び出てきたのはいつかの角ウサギ(仮)。


目が合ったまま固まる角ウサギ。

どこぞのゲームと違って、目が合ったら即バトルとはいかないようだ。


目を合わせたままモシャモシャと草を食べ続ける俺。


なかなかにシュールな光景のまま、しばらくして角ウサギの角に蛇が突き刺さっていることに気が付いた。なるほど、どうやらこの草も謎の死体も角ウサギのものらしい。となればすることは一つ。


爽やかな笑みを浮かべ、草を握りしめていた手をそっと開いて差し出した。


「とりあえず、食う?」


「みゅーーーー!!!(突進)」


「ほお、威勢がいいぐぼぁっっ!!」




***


と、いっても。

どうやら目の前の角ウサギは、一番最初に戦ったやつと同一個体らしく、はなから恩返しのためにこの山を築いてくれたらしい。お礼のつもりか、はたまた謎になつかれたのか。


「まあなんか、ありがとな。」


今のところ食事のいらない体ではあるものの、気持ちは嬉しい。といっても、できればその優しさはこんな塵以外に向けていただきたいが。


「みゅー!」


かわいい(断言)。

どうやらこの角ウサギ、角ウサギというよりは吸血ウサギらしく、恩返しを用意するついでにちゃんと自分の栄養補給もしていたらしい。わざわざ血抜きまでされてると思ったら、ちゃっかりしているというか頼もしいというか。


「......ちとグロいなこりゃ。」


横を見れば依然として死体の山。

初めはこの角ウサギが大喰らいなのかと思ったが、実際に食べているところを見るとそうでもないらしい。量にしておおよそ三日分。三日間も倒れていたことも驚きだが、なんと角ウサギは何日もここに見舞いに来てくれていたらしい。お前はごんぎつねか(号泣)。


三日も寝ていたということは、無限にも思えるこの体の治癒力は、睡眠時間に依存しているのだろうか。餓死できなかった時も、ずっと寝たきりだったし。


となると一番の問題は、致命傷を無防備で食らった場合だ。

強制入眠して治癒しては致命傷を負い、また強制入眠を繰り返せば一発アウトだ。

これでは再生力の変わらない食料というのが冗談では済まなくなってしまう。


別に、人のため生き物のため、この体を食料として捧げるのは大歓迎だが、胃の中で再生してみろ。食料から一転、食った生き物を連鎖的に殺す生物兵器だ。

そのうえ持続可能でエコとまでくれば、流石に笑えねえ(笑)。


「飯を睡眠で補えるなら、その逆もイケるか......?」


仮の話だが、睡眠で回復しているんだとしたら、食事で回復してもおかしくはない。暇さえあれば食って寝ての生活なんて不健康そのものだが、この体の仕組み的には最適解かもしれない。


「となると、今んとこの目標は火かな!」


眼前に残る死体の山を見据えて、俺はそう宣言した。


「まってろよ、肉!!」


ネズミでも蛇でもおいしく頂いてやろうじゃねえか...!

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