第1話 これはチャンスだ

朝っぱらから嫌な夢を見た。

昔の自分。それも一番嫌いな頃の自分。これはもはや悪夢と言って差し支えないだろう。こんな気分が悪くなるとは、まったく朝だな!


目覚めの悪い朝を迎え、顔を洗い、制服に着替え、歯を磨き、飯を食わずに家を出た。行先はもちろん、学校。自分が生きてるというだけで申し訳ないのだから、ちゃんと学生の義務だけでも果たさねば。


空腹感に満足しながら、通学路を歩く。

空は小雨が降っていてちょうど傘をさすか迷うライン。しかし迷わない。あえて折り畳み傘ではなく、長傘を持ってきた。しかしその傘を開くことはなく、お荷物と化したその重さと雨に濡れる不快感とを甘受していた。


しかし、わざわざ傘を差してくる人物が現れる。


「ちょっと、傘持ってるんだったら差さないと濡れちゃうよ?」


どうやら、歩きながらしょうもないことを考えている内に、学校のすぐそこまでたどり着いていたらしい。うっかりクラスメイトの白川さんに奇行が見つかってしまったようだ。


それにしてもこんなミジンコ以下の人間もどきに話しかけてくれるだけでもありがたいのに(ミジンコに失礼)、その上傘まで。おいおい、白川さんは大天使か何かか?


「え、白川さんってば大天使?」

「へ!?そ、それは褒めすぎだって~!」


かわいい(断言)。

うっかりもれた気持ち悪い言葉にも柔軟な対応を示すとは流石だ。だがどうにか奇行を誤魔化すことには成功した。破滅願望をもっているからこそ、むやみやたらにネガティブな言動は抑えなければならない。人に迷惑をかけるかまってちゃんになっては本末転倒だ。


「いやー、小雨だからすぐ止むと思ってたら、強まってきてさ。ここまできたら意地でも差すものかと思って。」

「も~、そんなんで風邪でも引いたら大変だよ?」


むしろそれが目的なんです、とは心配してくれた白川さんを前に言えるはずもなく。白川さんの貴重な相合傘を、自分なんかに使わせてしまったことを激しく後悔しながら、持っていた長傘を開いた。




* * *


「__それでね、必死に生きるって頭痛が痛いみたいだなって考えてたの。」

「それはとても奥深い問題だね。流石は白川さんだ、考えることすべてが思慮深いとは、恐れ入ったよ。」

「もう、イチカ君ったらまたそんなこと言って~!」


ばったり会った流れで大天使と会話しながら登校していた、そんな時だった。


耳を貫くような高音。


少し遠くから聞こえてきた悲鳴に目を向けると、歩道を突っ走るトラックが二台。


......二台!?こういうのって一台じゃないんだ!?とても殺意みを感じる。

どうやら、後方の運転手が居眠り運転をしてしまい、前方のトラックめがけて玉突き事故を起こしているようだ。

 

夜遅くまで運転してたのかな?なら仕方がないか~^^


俺一人なら道路側に逃げられるのだが、白川さんはどうやら突然のことに体が動かないらしい。俺はIQ1の頭を必死に働かせた。


よし、これはチャンスだ!


「うわあ、白川さん助けてえー(棒)」

「え、きゃあっ!」


俺は情けない声を出しながら白川さんを押し出した。道路側に倒れる白川さん。俺の目の前に迫る異世界トラック(二台)。


完璧だ。これで俺は錯乱して白川さんを突き飛ばしたくそ野郎として逝ける!


瞬間。刹那的な痛みが体を襲う。

永遠にも思えた浮遊感も束の間、体が強く地面を打ち、一拍遅れて頭に激痛が走る。


視界が揺れる。だがまだ息はある。右半身はやけに冷たいが、頭はまだ熱を持っている。熱い。冷たい。黒くもやがかった世界で、白川さんの泣き顔だけがやけに鮮明に見える。何かを叫んでいるようだが、耳鳴りに紛れて何も聞こえない。


「...なかないでよ、しらかわさん。」


何とか声を絞り出し、白川さんを安心させようと浮かべた笑みは、


しかしながら、二台目のトラックに押しつぶされた。


この一瞬だけは、どんな幸福も為すすべなく、ただただ不幸であった。

死んでしまったことではなく、彼女を笑顔にできなかったという一点において。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る