タダシ当方、破滅願望有リ

アオイ

破滅の始まり

第0話 些細な変化

はじめは些細な変化だった。


いつもと変わらない日、強いて言えば三日連続で土砂降りではあったが、それ以外はとりとめて言うことのない土曜日。


それは、日々の習慣で朝五時という休日には似つかわしくない時間に起きた俺が、あくびを噛み殺しながら、顔を洗おうと洗面台に立った時だった。


......鏡の中の自分と目が合った。


別に怪奇現象的なことではなくて、ただ単に、ふと鏡に目が行っただけだ。

そこには、髪は寝ぐせでボサボサ、目つきは悪く、ニキビの生えた阿保ずらの自分が立っていた。


なにもとんでもなく不細工という訳ではない。むしろ高校生にしてはイケてる部類だっただろう。だが、つい反射的に顔をしかめてしまう。


___俺ってこんな感じだっけ?


自分の理想像やら自己像と、鏡の中の自分とが一致せず、ちょびっとだけ嫌な気持ちになる。それはきっと誰もが一度は経験する感情のはずだ。そして大人になるころには克服していく感情でもあるはずだ。

そして俺も例にもれず、いつもは頭の中で悪感情を一蹴してすぐに忘れていた。


 だが、その日は違った。もしかしたら、梅雨の影響もあったかもしれない。とにかく、顔を背けて俯いたまま、目線を戻せなくなっていたのだ。


 俺ってこんなダサい顔だったか?

 思えば学校でも金魚の糞ばっかだよな?

 まわりからはサムい奴って思われてたりするのか?


考え出したら止まらなかった。自分の普段の生活や振る舞いが途端に気持ち悪く、おぞましくなっていく。己の中途半端さを嘆き始め、黒歴史を思い出して、恥ずかしさから体が熱くなってきたところで、俺はやっと考えるのを止めた。


 「よし、いったん風呂入ってさっぱりしよう。」


思考を打ち晴らすためにあえてその言葉を口に出した俺は、目論見通り、風呂から出た時にはのんきに鼻歌を歌っていた。ネガティブな自分はもうそこにはいなかった。



だが、そこからが早かった。

毎朝、鏡を見るたびに同じことを繰り返し、やがては街中で自分の顔が反射しているのを見るとため息が出るようになっていた。必要以上にまわりの目線が気になりだし、少しでも見た目を変えようと努力し、行動力だって付けようとした。


しかし、そんな必死な自分を意識しだすと、より大きな悪感情が顔を出し、俺に牙を向いてくる。そこからは負のスパイラル。たまらなくなった俺は、とうとう家中の鏡を取り払った。


そこからしばらくは楽になった。

嫌な気持ちは鳴りを潜め、鏡がないのは不便ではあったが、これはこれで個性的で自分の殻を破れたような気がして清々しかった。


学校でもそのポジティブさは変わらず、以前よりもクラスの中心にいることが増えたし、その場を盛り上げることも多くなった。もともとおふざけキャラとしてクラスでは友達が多い方だったが、より深い話をできる真の意味での友人というか、そんな相手が増えた気がした。




そんな時だった。俺が白川さんと出会ったのは。


俺は彼女に恋をしてしまった。

恋は良くも悪くも人を狂わせる。俺がこんな下らない人間でいることをやめれたのも、恋のおかげだ。


恋の相手は白川奏しらかわかなで。失礼な話だが、彼女はクラス一の美人だとか、高嶺の花とかいうほどの人気はなかった。だがそれでも俺は、彼女が一番魅力的に見えた。


しかし、最後まで俺と彼女が付き合うことはなかった。そもそも告白すらしなかったのだから、それは当然の結果ともいえる。


俺はただ怖かった。告白して振られるのが怖かったし、何より付き合った後、自分に失望されないかが一番不安だった。


忘れていたのだ。自分が本当は弱い人間であることを。思い出したくなかったのだ。自分が本当は空っぽな人間であることを。


リバウンドとでもいうべきか、思い出したら元の自分に戻るのは早かった。心の中の臆病が再び目を覚まし、それまで以上に安心材料を食い散らかしていく。


暗い思考が渦巻く中、俺ははたと気づいた。




___そうだ、自分の感情を優先してるから悩むんだ。


途端に思考がクリアになっていく。

俺が誰かに好かれようとするのがそもそもの間違いだ。

俺がほかの人より幸せであっていいはずがない。


俺がいないほうが世界は幸せになる。


かくして破滅願望をもつ頭のおかしな男、伊東一千日いとういちかは誕生した。

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