六十二発目「惨禍」


―ヨウコ視点―


 どうして……

 身体の自由が効かない。

 気づいたら、私たちは、誠也せいやさんにナイフを突き刺していた。

 止まらない。止められない。

 自分の身体が、自分の意志とは関係なく暴れまわる。

 どうして……


「ニーナ姉っ! ヨウコ姉ちゃんっ! 助けてっ!」


 私の大切な弟が叫んでいる。 

 私達は、まるで操り人形のように、戦わされていた。

 

 私の病気を治療してくれたフィリアさんを、私の手は傷つけてしまった。

 誠也せいやさんを、何度も傷つけてしまった。


「いやだ……なんでっ、止まってよっ!!」


 嘆いても、嘆いても、身体は言うことを聞かなかった。

 

 痛い、痛い、痛い……

 

「マナトっ! ヨウコっ! 落ち着いて、大丈夫だからっ!」


 そんななか、ニーナ姉は、私たちにそんな言葉をかけてくれた。


誠也せいやさんも直穂なおほさんもみんな、私達を解放しようと戦ってくれているからっ!

 きっと大丈夫っ!

 私達を助けてくれるはずだからっ!」


 ニーナ姉の言葉に、私はなんとか正気を保ちながら、

 私は抗った。

 目の前には、苦しそうに顔を歪めながら、私と戦う誠也さんがいた。


「コードM」


 その号令で、私の身体はまた動いた。

 後ろにジャンプして、投げつけられた薬瓶をキャッチする。

 その手は私の意志とは関係なく、私の口元へ、


「だめぇぇぇぇぇぇ!!!」


 直穂なおほさんと行宗さんが、血相を変えて私達の方へと走り込む。

 嫌な予感はずっとあった。

 禍々しい真紅の液体。


 この液状の薬を飲んでしまったら、わたしたちは、きっとろくな目に遭わない。

 怖くて、怖くて、身体が震えて、

 それでも、

 瓶の口に口づけし、赤い液体は私の口の中へ、喉の奥へと流れ込んでいった。

 飲み込んでしまった。


 すぅぅ……と、頭が冴え渡り、

 身体が熱をもち、

 信じられないぐらい身体が軽くなった。

 私は、強い。

 すごく強くなった。

 まるで神様になったみたいに、頭がふわふわして、気持ちよかった。


 そう思ったのもつかの間。

 身体がまた、勝手に動いた。

 動きが速すぎて、何が起こったか分からなった。


 気づいたときには、もう遅かった。

 目の前には、血を吐く誠也せいやさん。

 私とニーナ姉の剣が2本、誠也せいやさんの腹部を深々と貫いていた。


「あ……?」


 私とニーナ姉の声が重なる。

 乾いた裏返った、絶望の声。

 

「せ、いや……?」


 フィリア姉の、愕然とした声が、頭の中にこだました。

 そして私たちの身体は、

 無情にも、また勝手に動き始めた。

 今度こそ、誠也せいやさんの息の音を止めようと……


 だ、だめ、だめっ、

 嫌だっ!!

 私はっ、人殺しなんかしたくないっ!

 止まれっ!! 止まれっ!

 止まれ私の身体っ!


「だめぇぇええええ!!!」


 そんなとき、直穂なおほさんの叫び声が聞こえて、

 空から純白の光が降ってきた。

 それは、私とニーナ姉の身体を包み込んで、

 灼いて、熱くて、溶けてしまいそうで、

 痛くて、痛くて、死にそうなほど痛くて……

 でも……


 ありがとう、

 私を止めてくれて……






―フィリア視点―


「せ、いや……」


 ニーナとヨウコによって、誠也せいやのお腹が刺された。

 こんどはナイフなんて甘いものじゃない、長い剣だ。

 早く治療しないと、死んでしまう。


 あ……あぁ……


 わけが分からなかった。

 なんて地獄だろうか……

 どうして、ギルアがここにいるんだ。

 また、オレで遊びにきたのか?

 酷い目にあわせにきたのか?

 怖い、怖いよ……


 オレはっ、ギルアに、壊された。

 王国軍に捕まっていた一週間、寝ても起きても、痛くて、辛くて、死んだほうがマシな地獄だった。

 怖い、怖い……

 助けて、せいや……

 お願いだっ。

 もう、怖いのは、嫌だよっ……






新崎直穂にいざきなおほ視点― 


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 2発の閃光を放って、伸び切った右手が、ガタガタと震える。


「あ……あぁ……うぅ……」


 心臓が凍えるほど冷たいくせに、心音だけは早鐘を打っていた。

 汗がどっと噴き出る。身体がずっしりと重い。


 もう、取り返しがつかない……

 ない、ない、やっぱりないよ……


 一発目を打ち込んだ砂煙の向こう側。

 あるはずのものがなかった。

 マナトくんの生命の気配・・・・・が、なかった。


「……っうぅぅっ!!!」


 マナトくんが、死んだっ。

 殺した。

 殺してしまったっ!

 私の手で、私の閃光でっ!


 行宗ゆきむねがっ、右腕を犠牲にしてまで守ったマナトくんをっ!!

 私は……

 殺してしまったんだ……


  っつ………!


 あぁ……あぁ………!!!


 あぁああああっ!!


 全身が戦慄した。

 一瞬が永遠に感じた。

 まるで私だけが、世界から切り離されたみたいに、

 この世の全てから否定されて、後ろ指を刺されて拒絶されたみたいに……


 私、新崎直穂にいざきなおほは、人殺しだ。

 私の閃光は、マナトくんの息の根を止めた。


「あぁあああぁあああっ!!」


 声にならない絶叫。

 自分の声とは思えない。

 もういっそ、消えてしまいたい、この世から、

 私は、生きていてはいけない人間なんだ。


『マナト……??』


 その時、心の声が聞こえた。

 裏返ったみたいな、信じられないみたいな、そんな声だった。


 そして、私は、

 飛びかかってきたニーナの拳で、殴り飛ばされた。


 私の身体は一瞬で地面に叩き落される。

 痛い、痛い、痛い……


 涙で前が、何にも見えなかった。


『いやだ……もう戦いたくないっ……』


 そう訴え続けるニーナの生命の気配が、私に追い打ちをかけようと、再び襲いかかってきた。


「はぁ……はぁ……」


 私は……私は……

 私はどうすればいいの?


 何も出来ずに、今度はお腹を抉られる私。

 空高くぶっ飛ばされて、慌てて超回復を自分にかける。


「強いな、ニーナちゃん。

 当然か、マルハブシの猛毒を飲んだんだもんね……」


 私は力なく、そんなことを呟いた。


『それは……さっき飲まされた薬のことですかっ?』


 ニーナの意識が、私に問いかける。


「うん……そうだよ。

 強さと引き換えに、1時間後に死んでしまう薬……

 私は、誰も助けられない。

 あなたも、ヨウコも……マナトも……

 1時間後には、みんな死ぬ……」


 絶望……

 何の意味もない戦い。

 ニーナが私を倒しても、私がニーナを倒しても、

 ニーナの命は助からない……


『そんな……嘘だっ……嘘だっ!!』


 動転したニーナの様子を、冷たい目で眺めている自分がいた。

 そんな自分に、また自己嫌悪してしまう。

 気持ち悪い。

 戦いたくない。

 私が◯ねばいいのに……

 

 希望はもう、どこにもない……



「キャハハハハ! とんだ地獄絵図だなぁ!

 シルヴァのバカのせいで、コイツは枯渇してるんだが、背に腹は変えられねぇ!

 マルハブシの猛毒って奴だぁ、身に覚えはあるだろう?

 救いなんかねぇよ。お前を倒してしまいだァ!!」


 遠くから、あの男が、ギルアが……

 私を見て笑っていた。


 それを見て、少しだけ、

 私は冷静になった。


 意識を集中させる。


 ヨウコの生命の気配がある。

 誠也せいやさんの生命の気配がある。

 行宗ゆきむねの生命の気配がある。

 フィリアの生命の気配がある。


 ニーナの生命の気配がある。

 私の生命の気配がある。


 マナ騎士団……ギルアの生命の気配がある。


 今の私には、みんなの感情が、なんとなく分かった。


 行宗ゆきむねも、誠也せいやさんも、フィリアも、

 ニーナも、ヨウコも、

 みんな、私に救いを求めていた。


 ギルアを倒してほしいと、

 私に信じて託してくれた。

 私のために稼いでくれた時間。


 私は、戦わなきゃ……


 この先に、どんな地獄がまっていようとも……

 もう後戻りなんてできない。

 後悔は、あとで幾らでもすればいい。


 戦え、戦えっ、戦えっ!!


 ギルアを、アイツをっ! ぶっとばすっ!!


 キィィィィン!!!


 私は手のひらのなかに、閃光を溜めた。

 そして、驚くほど冷静に、

 ギルアに向かって、人を殺すための閃光を放った。


 ドォォォォォ!!!!


 その直線上に、私の魔法を防ぐように、飛び込む一つの生命の気配があった。


 ヨウコだった。


『ぎゃぁあああぁ!!』


 私の本気の閃光は、ヨウコの身体に直撃して灼いた。

 痛みと熱で、発狂するヨウコの声……


 私の心が、バキッと壊れる音がした。


 ヨウコの後ろでは、ギルアが、無傷でニヤニヤと笑っていた。


 私はまた、ギルアへ向かって閃光を放とうと、手を掲げたけれど……

 手が、震える……

 全身が、寒い……

 涙が溢れて、何も見えない。

 何も分からない。

 私は……


『もう"やだぁっ! 助けてぇっ!!』


 そう叫ぶニーナが、私を地面へと蹴り落とした。


「はぁ……はぁ……」


 だめだ……

 だめだだめだっ……


 こんなのってないよっ……

 私は、もう、誰も、傷つけたくない……

 でも、

 戦わなきゃ……

 誰か……

 たすけて……


直穂なおほっ!!」


 そんな時、可愛らしい声がした。

 フィリアちゃんの声だった。


「状況はどうなってるっ!? オレは、どうすればいいっ?」


 声のする方へ顔を上げると、

 フィリアちゃんが叫んでいた。

 血まみれの誠也せいやさんを抱えながら、私に……

 私は、口を開いた。


「お願い……薬を作ってっ……!

 ヨウコちゃんとニーナちゃんは、マルハブシの猛毒っていう毒を飲まされて、1時間後には死んでしまうのっ!

 だからお願いっ! 治療法を見つけてっ!」


 私は叫んだ。

 私達は今、マグダーラ山脈で手に入れた大量の薬剤を持っている。

 マグダーラ山脈の別名は、薬の大ダンジョン。

 神様が作ったあらゆる薬剤が揃っているんだよね?

 私達は、和奈の病気とフィリアの父の病気を治すために、命がけでマグダーラ山脈に行ってきた。

 きっと、マルハブシの猛毒だって、

 フィリアちゃんの腕なら、治せるはずっ!


「お願いっ! みんなを助けてっ!」


 私は叫ぶことしかできないから、必死に叫んだ。

 ニーナが私の方へ、鋭く迫ってくる。

 振られた蹴りを、かろうじて避ける。


 私は……どうすればいいのだろうか……

 手が震えて、涙が溢れて……

 ニーナの攻撃を、受け続けることしか出来なかった。


直穂なおほさんっ……直穂なおほさんっ……!!』


 前から、心の声が聞こえる。


『聞こえてるんですよねっ、私の声がっ……』


 ニーナの心の声だ。

 ニーナはギルアに操られたまま、私への攻撃は止まらない。


直穂なおほさんっ……お願いですっ……

 このままじゃ全員死んでしまいますっ!

 あの男のっ、ギルアの思い通りになってしまいますっ!

 だから……』


 そうだね。

 その通りだよ、ニーナ。

 でもっ……


『だから、直穂なおほさん。

 私をっ、私たちを……』


 だめ……

 そんなことっ……!


『私とヨウコを、迷わず殺してくださいっ……!

 そしてっ……

 ギルアを倒して、私たちの敵をとってくださいっ!!

 まだ、今なら間に合いますっ!

 あなたたちは、助かることができるっ!!』


「そんなこと出来るわけないっ!!!」


 できないっ……

 たとえそれが、ただしいことだとしても……

 私は……

 私はっ……!!


 ドゴッ!!


 ニーナの拳が、私のみぞおちに抉りこんだ。

 痛い痛い痛い……

 

 追撃とばかりに、ニーナの手のひらから、真っ赤な炎の魔法が揺らめいた。

 あれ……?

 魔法もつかえるの?

 まずい、避けなきゃっ……


 ボボォォ!!


 私の身体は、灼熱の炎に包まれる。

 意識が飛びそうだ。


 地面に倒れて、うつ伏せになる。


「【超回復ハイパヒール】……」


 なんとか自分を回復して、また立ち上がる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 この地獄は、いつまで続くのだろうか……




直穂なおほっ! 無理だっ!

 誠也せいやの傷口が開いちまったっ!

 オレはっ、誠也せいやの治療に専念しないとっ!」


 フィリアちゃんの声がした。

 そうか……そうだよね。

 フィリアちゃんは、誠也さんを選んだ。

 

 私も、選ばないといけない……

 何を選んで……何を捨てるか……

 私にとって、一番大切なものを、選ばなければいけない……


直穂なおほさんっ!

 私はもう誰も傷つけたくありませんっ!

 だから、どうかお願いですっ! その手で私を止めてくださいっ!』


 ニーナの声。


『ニーナ姉っ! ばかなことを言うなっ!

 私達は、みんなで生きるんだろっ!

 約束したじゃないかっ!』


 ヨウコちゃんの声。


直穂なおほっ! もう時間が経ってるっ!

 天使になれる時間はあとわずかだろうっ!

 早く決断しないと、みんな殺されるっ!」


 フィリアちゃんの声が、私の脳に響いてくる。

 そうだ……残り時間。

 私がなんとかしないと、みんながっ。

 決断……


直穂なおほさんっ!!』


 ニーナちゃんの顔をみて、ヨウコちゃんの顔をみて、

 その向こう側では、赤白マントのギルアが、私の天使スキルが尽きるのをまっている。


 キィィィ!!!


 私は力なく、閃光をギルアに放った。

 しかしそれは、身を挺したヨウコによって食い止められる。

 そして、ニーナが、私の方へ……


「できない……」


 私には、できない。

 誰かの息の根を止めることなんて……


「あ………」


 突然、糸が切れたみたいに、身体が重くなった。

 翼を失った私は、地面に落下した。

 痛い……


 天使の10分間が、終わった。


「っ………」


 もう、力は残っていない。

 ギルアの口角が、ニヤリと上がるのが見えた。

 もう、生命の気配は見えない。

 ニーナとヨウコの心の声も、聞こえない。


「……………!!」


 そして、ニーナが私の方へと、

 トドメを刺そうと飛びかかってくる。


 もう天使じゃないはずなのに、ニーナの動きはやけにスローモーションに見えた。

 あぁ、これが、走馬灯というやつだろうか……


 目尻から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「ごめん……なさい……」


 結局私は中途半端で、何も選択できなくて……

 また間違えて、最悪の結果をもたらした。

 

 ごめんね……行宗ゆきむね……

 私は、ヒーローにはなれなかった。

 最低の人間だ……


 あぁ、このまま、私は死ぬ。

 私のあとは、フィリアちゃんも、誠也せいやさんも、行宗ゆきむねも、

 順番に殺されてしまうだろう。

 最悪のバッド・エンド。


 あぁ、そっか、

 私達がここで死ねば、和奈かずなの命も、フィリアのお父さんの命も、助からない……


 なにも得られない。


 全部、私のせいだね……


 私は、悪い子だ……


 ニーナの一撃が、翼を失った私へと……





 グサァァァ……



 そして、

 私の眼の前で、血が爆ぜた。


 私は痛みを感じなかった。

 

 おそるおそる、目を開ける。


 そこには、白い光を纏った。

 賢者となった行宗ゆきむねがいた。


 行宗ゆきむねは、賢者の白い大剣で、

 ニーナちゃんのお腹を刺していた。



直穂なおほ

 ……君は人殺しじゃない……

 マナトは死んでない。しばらく心臓が止まっていただけだから……」


「え……?」


 マナトは、死んでない??

 私は、何も、理解できなかった。


『……………………』


 ニーナちゃんが、血を吐きながら、

 安心した表情で、

 獣族語でなにか呟いていた。


「……うん、ニーナ。

 必ず伝えておくよ……

 ごめんね。助けられなくて……

 ……おやすみ……」


 暗い顔でそう呟く行宗ゆきむねは、右腕を失っていた。

 血をボタボタと垂らしたまま。

 行宗ゆきむねの言葉を聞いて、ニーナは安心したように息をついた。


直穂なおほ……

 君を人殺しになんてさせない。

 辛い役目を押し付けてごめん……

 人殺しは俺だけでいいから……

 ……」


 行宗ゆきむねはそう言って、ニーナのお腹から剣を引き抜いた。

 ニーナは脱力し、目を閉じて、微笑みながら。


『…………』


 何かを言って、私の眼の前に倒れて、

 そのまま動かなくなった。



 なんで……

 

「ごめんね、直穂なおほ

 俺は、ギルアを倒してくるから……」


 なんでっ!!!


 また、私は、行宗ゆきむねに全てを任せてしまった。

 責任も、決断も、

 全て後回しにして逃げ回って、


 また行宗ゆきむねに、辛い役目を負わせてしまった。


 あぁ、そうだ。

 回復しないと……

 行宗ゆきむねの右腕を、治療してあげないと……


 身体がまだ震えたまま、私は行宗ゆきむねに手を伸ばした。

 でも……


「待ってて」


 行宗ゆきむねは私を置いて、行ってしまった。

 ギルアを倒しに行ったのだ。


「………っ……」


 私の前には、安心したように眠るニーナの死体があって、

 私は……


「………うぅ……」


 罪悪感と惨めさで泣いて、その場から動けなかった。

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