六十三発目「血祭り」

万波行宗まんなみゆきむね視点―


 俺は、賢者になった。

 命がけで、オ〇ニ―して、全知全能となった俺は、

 獣族の女の子を……ニーナを、殺した……


 直穂なおほを、守るために……


 俺は口を開く……


直穂なおほ

 ……君は人殺しじゃない……

 マナトは死んでない。しばらく心臓が止まっていただけだから……」


 直穂なおほは尻もちをついたまま、涙目で俺を見上げていた。


 幻滅、しただろうか?

 今の俺は、人殺しだ。


 直穂なおほが、最後まで守ろうとした存在――ニーナを……

 俺は殺した。


『そうですか……マナトは無事なんですね。良かった……

 どうかマナトに、伝えてください……

 できればヨウコにも……

 「大好きだよ」……って……

 「ずっと近くで、見守っているからね……」って……』


 ニーナの言葉が、俺の心を締めつける。

 

「……うん、ニーナ。

 必ず伝えておくよ……

 ごめんね。助けられなくて……

 ……おやすみ……」



 ……


直穂なおほ……

 君を人殺しになんてさせない。

 辛い役目を押し付けてごめん……

 人殺しは俺だけでいいから……

 ……」


 俺は、そう言って。

 ニーナの腹から、剣を引き抜いた。

 抜いたそばから、血がどばどばと溢れだす。

 致命傷だ。

 俺が、殺した……


『マナト、ヨウコ……今まで、ありがとう……』


 かすれ声で呟いたニーナに、生気はほとんど残っていなくて、

 細まった瞳から、ほろりと涙をこぼして、

 そして、直穂なおほの前へと倒れこんだ。


 ごめん……


「ごめんね、直穂なおほ

 俺は、ギルアを倒してくるから……」


 ……こうするしか、方法はなかったんだ。


 分かるのだ。

 マルハブシの猛毒には、治療法なんてない。

 一度飲んでしまったら、一時間までしか生きられない。

 いくらフィリアが優秀な医者でも、マグダーラ山脈の薬剤を用いてもどうにもならない。


 ”賢者の力”で、分かってしまうのだ。




 そして俺は、ギルアに向かって歩きはじめた。


 賢者の力で、”見える”。

 赤白マントを羽織ったマナ騎士団――ギルアの特殊スキルは、

 【使役テイム】だ。


―――――――――――

特殊スキル 【使役テイム

―――――――――――

自己のレベルの半分以下であるレベルの対象に触れることで、対象を意のままに操ることができる。

 その際、自己のレベルを半減させることで、対象のレベルを倍増させることも可能である。

―――――――――――


 これが賢者の眼が捉えた、ギルアのスキルである。

 あの男は、獣族三姉弟――ニーナとヨウコとマナトに触れて、意のままに操れる状態をつくった。

 自己のレベルを三度半減させることを代償にして、三人のレベルをそれぞれ2倍にして。

 さらに三人にマルハブシの猛毒を飲ませて、ステータス三倍に強化した。

 (マナトだけは、薬を飲む寸前で、なんとか俺が阻止したのだが……)


 ニーナとヨウコは、実質的にステータス6倍だ。

 そしてギルアが操作する二人の戦いは、近接戦闘が主体である。

 遠距離攻撃が得意な直穂なおほでは、分が悪かったのだろう。


 でも……大丈夫。

 賢者タイムはあと9分。

 ヨウコを殺して、ギルアにトドメを刺すのだ。


 ヨウコさえ倒せば……

 賢者タイムでレベル171の俺なら……

 ギルアなんか敵じゃない!


 非情になれ、悪魔になれ。

 ヨウコを助ける方法は、もう無いのだから。





『……おのれぇぇっ!!

 ニーナ姉をッ……ニーナ姉を返せぇぇぇぇぇっ!!!』


 ヨウコが血相を変えて、俺へと襲いかかってきた。

 ギルアに操られているはずなのに、まるで自分の意志かのように……

 ヨウコの殺気のこもった目が、俺に迫りくる。


「くくく、あははっ!! おもしれぇじゃねぇか! お前がウワサの賢者かぁ!!」


 ギルアが愉しそうに笑う。


「さーぁ最後の戦いだァ……

 互いに残機は1対1、ひりついてきたなァ……」


 なにがおかしい。

 なぜ、笑っている?


 ギルア、お前は……

 生きてちゃいけない人間だ。


『うわぁああああっ!!!』

 

 ヨウコの振りかぶった剣を、賢者の大剣で受け止める。

 ヨウコは空中で身をよじり、俺の懐に蹴りを振る。

 それを俺は右手で受け止めて……


 あれ……右腕がない……

 あぁ、そうか……

 俺の右腕、もう無かった……


「ぐふぅぅぅっ!!!」


 俺は蹴りを腹部に食らい、背後に蹴り飛ばされた。


「………!!」


 続けざまにヨウコの手の中が赤く揺らめき、次の瞬間、炎が俺へと迫ってきた。

 火魔法だ……


 ブン!


 と大剣を薙ぎ、炎を振り払う。

 そこにヨウコが、炎を突っ切って飛びこんでくる。


『ニーナ姉はっ!

 苦しい時も、悲しいときもっ、ずっと笑いかけてくれたっ!!』


 ヨウコが叫ぶ。


『……私が何度も絶望するたびに、ニーナ姉は私に寄り添ってくれたっ! ……私を抱きしめてくれたんだっ……』


 ヨウコの言葉は、たぶん、俺に向けられていた。


『……なんで、こうなるんだっ! ニーナ姉も……お父さんもお母さんもっ! みんな優しい人なのにっ!

 どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだっ!!』


 賢者の目と、生命の気配を通して、ヨウコの感情が、過去が……

 俺の頭の中に流れ込んでくる。


「……ごめん……ヨウコ。

 君も、君のお姉ちゃんも、助けられなかった……

 俺のせいだ……

 君とニーナ姉が飲んだ液体は、マルハブシの猛毒だっ!

 凄まじい強さと引き換えに、1時間後には死に至る劇毒だ……

 ……分かってたはずなのに……同じ手を食らったことがあったのに……

 止められなかったっ!!!」


 俺は力の限り叫んだ。

 そして、ふと我に返る。

 俺の目から、涙が溢れていた。


 え……?

 なに、泣いてんだよ、俺……

 ふざけんじゃねぇよ……

 ニーナを殺した分際で、ヨウコをこれから殺すくせに……

 なんで泣いてんだよ、人殺しっ……

 覚悟は決めたはずだろう……

 俺は……





―フィリア視点―


「マルハブシの猛毒……?

 強さと引き換えに、1時間後に死……

 なんだそれ、聞いたことがねぇよ……」


 オレは混乱していた。

 誠也せいやの傷口を塞ぎながら、目だけで戦況を確認していた。

 賢者となった行宗ゆきむねが、ニーナを刺し殺して、

 そして今は、ヨウコと斬り合っていた。


「マルハブシ……どこかで聞いたことがあるぞ……」


 寝転んだ誠也せいやが、おぼろげな瞳で答えた。


「え? 誠也せいやっ、知ってるのか?」


「そうだ、あの時……王国軍に捕まって、モンスターの餌にされそうになった時……

 行宗ゆきむねくんたちに助けられる直前、フィリアに襲いかかっていたモンスターの名前が、たしかマルハブシ――神獣マルハブシと言ったはずだ……

 ギルアも言っていた……捕獲報酬が破格だとかなんとか……」


「は、なんだと?

 あの時の!?

 ……たしかに、ヨウコの動きは、さっきまでと全然違う……

 行宗ゆきむねと互角に戦ってる……

 ギルアが特殊スキルで操った上で、能力を強化しているのか……

 ……知らなかった……」


 まさに劇薬、死と引き換えに凄まじい身体強化をする薬。

 解毒薬はないのか?

 だから直穂なおほがあんなに必死に、俺に薬を作ってくれと言ったのか……

 行宗ゆきむねは、ニーナを殺し、ヨウコも殺すしかないと言っているのか……


 そんなことっ!!

 そんなことっ、許されることじゃない……

 ニーナとヨウコを殺すだなんて…

 だけど……


 薬の調合より誠也せいやの命を優先したオレに、行宗ゆきむねを批判する資格なんてない……

 むしろ、行宗ゆきむねに辛い役目を押し付けてしまっているのだ……

 オレは、誠也せいやのことだけ見て、責任から目を背けているだけだ……

 オレはニーナを見殺しにした。

 オレは、ヨウコを見殺しにしている。


「ぐっ……」


 強く、奥歯を噛み締めた。

 

「フィリア……」


 そんな弱々しい声に、オレはハッと誠也せいやを見た。

 

「可愛いな、お前は……」


「……っつ……!」


 誠也せいやに優しい顔を向けられて、オレは泣きそうになった。


「……まってろ誠也せいやっ……絶対に死なせるものかっ!」


 誠也の腹部から、血がどんどんと溢れ出してくる。

 押し当てた衣服が真っ赤に染め上げられていく。

 赤い、赤い、生々しい赤……

 手が震える……

 地獄だ……

 オレたちはまたギルアによって、地獄へと叩き落された。


 王国軍駐屯地にて、オレと誠也せいやはギルアによって、さんざんに拷問された。

 行宗たちが、オレ達を助けて出してくれたけど、

 またギルアは、オレの前へと現れた。


 あ……

 そして思い当たる。

 全部、オレのせいじゃないか。

 オレが、誠也せいやを巻き込んで、行宗ゆきむね直穂なおほを巻き込んで、

 しまいには、ニーナやヨウコ、マナトを巻き込んだ。


 もう、とりかえしがつかない……


 あぁ、神様。女神さま。

 白菊ともかさま。

 お願いです。

 これ以上、オレから、オレの周りから……

 もう何も、失いたくないんです!





万波行宗まんなみゆきむね視点―


 まずい……足と腹部を痛めた。

 決定打が通らない。

 ヨウコは、強い。

 早く決着をつけなければ。

 俺の賢者タイムが終わったら、完全にゲームオーバーだ。

 もう戦える人間なんて残されていない。


 ヨウコは強い。

 ギルアの使役の力と、ヨウコの俺への殺意が重なっていて、まったく隙がない。

 ニーナの時と違って、無理やり操られている訳じゃなく。

 ヨウコが、ヨウコ自身が、俺に復讐しようと迫ってくるのだ。


「……ヨウコ……」


 そうだ。

 伝えないといけない。


「……マナトだけは助かる。

 必ず助けてみせる……。

 俺が君を……ヨウコを倒したあとで、ギルアを倒して。

 アルム村に連れていってみせるから……」


 俺の言葉に、ヨウコの表情が歪んだ。


『……じゃあ、私が勝ったら、どうなりますか?』


 ヨウコの震え声は、弱々しくて、

 そよ風で吹き消えてしまいそうなほど、心もとなかった。


「ヨウコが勝ったら、ここにいる全員、みんな死ぬ。

 俺も、ヨウコも、直穂も誠也さんもフィリアもマナトも……

 みんな、ギルアに殺されてしまう……」


『……………』


 ヨウコはまた、歯を噛み締めて涙を流した。


「ニーナ姉が、最後に二人に伝えてほしいって、言い残してたくれた……

『大好きだよ。ずっと近くで、見守っているからね』って……

『マナト、ヨウコ……今まで、ありがとう……』って……」


『…………ニーナねぇっ……!』


 ヨウコはぎゅっと目をつむり、唇を噛んで……


『私もニーナ姉のことが大好きだったっ! マナトのことが大好きだったっ!!

 ……もっと、ずっと三人でっ、一緒に居たかったっ!!!』


 ヨウコと俺の剣がぶつかりあう。

 ヨウコの目には、もう殺気なんかなくて。

 ただただ悲しくて、虚しい目をしていた。


『……マナトは……いじっぱりだけど、いい子なんです……』


「……うん……」


『マナトを毒から救ってくれて、ありがとうございました……』


「……うん…………」


『…………獣族である私達に、人間として向き合ってくれて、救おうとしてくれて、ありがとうございました。

 私達を殺すために、心を痛めてくれて、涙を流してくれて、ありがとうございました……』


「……………っっ……!」


 そうだ、俺は。

 こんな可愛い子を。

 こんなにまっすぐで優しい女の子を。

 斬らなくちゃいけない。


『……マナトに伝えてください。

 喧嘩もいっぱいしたし、迷惑もかけたし、嫌なお姉ちゃんだったかもしれないけど……

 私はっ、マナトのこと、大好きだったからって!

 マナトが弟で良かったってっ!!』


「…………うん。必ず」


『…………お姉ちゃん二人で、マナトのことをずっと見守ってるから……

 すごく悲しいと思うけれど……どうかお願い。幸せに生きて。

 きっとこれから先、楽しいことや嬉しいことがたくさんあるから……

 素敵な出会いがたくさんあるから……』


 オレは、大剣を振りかぶった。

 ヨウコは、俺の前で、両手を大きく、広げて目を瞑った。

 信じられなかった。


「ば、バカなっ!? 使役が使えない!?」


 ギルアの驚く声が、ひどく遠くから聞こえる。


『……マナトをどうか、よろしくお願いします』


 俺は、剣を振り下ろして……

 無防備なヨウコの身体を。

 ヨウコのまだ小さな身体を。

 真っ二つに切り裂いた。


 ズバァァァァァ!!


 彼女の生命の気配が消えて、

 眼の前には、真っ赤な血と肌色の肉片が残った。


「…………っつ!!」


 …………


「…………っはぁ、はぁ、はぁっ……」


 剣が重い。

 身体が重い。

 涙で視界が滲む。


 まだ、終わっていない。

 ボスを、殺さないと……


 ギルアを見る。

 彼のレベルは48だ。

 ニーナとヨウコが死んだため、レベル半減3回分のうち、2回分は元に戻ったようだが、

 マナトはまだ生きているので、一回分のレベル半減は残ったままだ。


 つまりギルアの素のレベルは96であると推測できるが、マナトのレベルを倍増させた代償で、現在ギルアのレベルは半減しているのだ。


 対して俺のレベルは171だ。

 勝てない道理はない。



「そ、そんなバカなっ! 使役スキルが破られたことなど、これまで一度もっ……

 まさか、意識が途切れたのか? 神経が断裂した?

 俺のスキルは脳から信号を送るから、それを遮断して……」


 混乱するギルアの元へ、俺は突撃した。


「うわぁぁぁっ!! 来るなっ、来るなぁぁ!!」


 ギルアは先ほどの余裕が嘘のように、後ろに転びながら逃げ惑った。


「……潰すっ」


 全部ぜんぶ、この男が元凶だ。ギルア。

 マナ騎士団……俺達のクラスをハメた連中。

 お前もその仲間なんだろう?


 ………あぁ、そうか、もしかしたら。

 この男なら、俺達が元の世界に帰るための方法を、知っているかもしれない。

 なにせ、俺達をこの世界に召喚したマナ騎士団の、仲間なのだから。


 半殺しにしよう。


 そして、俺は……


 ギルアに追いついて、上から剣を、ギルアの腹部へ……


「………!!!」


 ドキンッ!


 と、心臓が跳ねて、一気に視界が薄暗くなった。


「………なん……だ??」


 そして俺は、訳の分からないまま。

 地面に倒れ込んで、泥を舐めた。


「……っ……ぐっ…………」


 い、痛い、右腕が痛い。

 頭がガンガンする。

 なんで急に?

 あぁ……そうか……賢者タイムが切れたんだ……


「ぷっ、くふふ、あははははぁ!!!」


 俺の頭上で、ギルアが高らかに笑う。


「形勢逆転だなぁ! いや決着というべきかぁ。

 もうお前らのなかに、まともに戦えるヤツはいなくなったなぁ!!」


 ぐしゃっ!


 ギルアに、頭を踏みつけられた。

 身体が、ぴくりとも動かない。

 出血多量で、頭がボーッとする。


「……いやぁーあぶねぇあぶねぇ……さすがは【スイーツ阿修羅】を倒した男。シルヴァを退けた男というべきかぁ。

 無駄な頑張りご苦労さん。

 さぁ、楽しい血祭りのはじまりだぁ。

 誠也せいやさんにフィリア、獣族のガキとお前、そしてお前の女かぁ!

 さきに女から殺してやるよぉ!

 自分の愛する女が泣きながら、無惨に俺になぶり殺させる。

 それを地面に這いずりながら眺めていろ! 雑魚ども!」


 ギルアは俺を踏み越えて、フィリアの方へ、

 直穂なおほの方へと歩いていく。

 短剣をくるくると回しながら、愉しそうに……


「ま……まて……」


 伸ばした左手は、虚空を掴んだ。

 ギルアは手の先へ、俺を置いて、直穂の方へと歩いていく。


「……まて……まて……まて……」


 手を伸ばして、空気を握る。

 土を引っ掻く。

 何をしても、どう足掻いても、ギルアは止まってくれない。

 俺の身体は、動かない。


 地面から見上げる夜空は綺麗で、その周囲は暴力的な山火事で燃え盛っていた。


 


 ★★★



―フィリア視点―


「そん、な……」


 行宗ゆきむねが、倒れた。

 ギルアが勝った。


 誠也せいやの手を握る手に、ぎゅっと力が籠もる。


「全滅か……」


 もう、戦える人が残っていない。

 ギルアがこちらに歩いてくる。

 このまま俺達はみんな、ギルアに殺されるのだろうか。


「……げほ、ごほぉ……」


 誠也せいやがまた苦しそうに、口から血を吐いた。


「……だ、だいじょうぶか誠也っ!?」


 慌てて回復魔法を重ねようとして、ふと手が止まる。

 こんなことして、意味があるのだろうか?

 だって、もう……終わりだ。

 どうせ、みんな殺されるんだから……


「…………【回復ヒール】」


 いくら回復魔法をかけても、傷口を塞いでも、

 内蔵まで傷ついた身体は、なかなか治らない。


「……誠也せいや……もう、終わりみたいだな……ごめん……」


 俺は諦めて呟いた。

 そして、天を仰いだ。

 

「父さん……そして、浅尾あさおさん……

 どうやら俺達は、薬を届けられないみたいだ……

 お母さん……ジルク……

 無茶言って家を飛び出してごめん、家に帰れなくて、ごめんなさい…………」


 無力感、絶望。

 そしてこれから始まる拷問への恐怖……


「……行宗ゆきむね直穂なおほ……一緒に旅をしてくれてありがとう。楽しかったよ……」


 涙が頬をつたう。


「ニーナ、ヨウコ、マナト……

 約束守れなくてごめん。まきこんで、ごめんなぁ……」


 そしてオレは、目線を下へ、誠也せいやを見た。


「……なぁ、誠也せいや……愛してるよ。

 ずっと、これからも、幸せに暮らしたかった……」


 ぎゅっと両手で、誠也せいやの手を握る。


「最後にせめて、キス……しよ……?」


 そしてオレは、目を瞑りながら、誠也の口元へ、乾いた唇を落とし


「まだだ」


「え?」


「まだ……終わって……ない……」


 誠也せいやはたしかにそう言った。

 ふっと目を開けると、誠也せいやの力強い瞳が、

 まっすぐで綺麗な瞳が、

 オレを射抜いていた。


「……約束、しただろう……」


「……約束?」


「お前を必ず、父のもとまで送り届けると……」


 誠也せいやはそう言って、優しく笑った。

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