六十一発目「最悪再び」
―
ヨウコに腹を突かれた痛みが、全身に響いていた。
宿敵ギルアを目の前にした私は、私の身体は地に伏したまま、微動だにと動けない。
仮面の男の正体は、ギルアだった。
私の元同僚であり、鈴を殺した
フィリアを無茶苦茶な目に合わせた因縁の相手である。
ギルアを守るように、獣族少女のヨウコとニーナが立ちはだかっていた。
彼女たちの顔は恐怖に歪んでいた。
私に助けを求める表情をしていた。
そうか、さきほど私の足を掴んだモノの正体は、ニーナだったのか……
ギルアが呼びつけたのだろう。
ニーナやヨウコも被害者だ。
彼女たち二人は、ギルアに身体を操られているのだから。
敵はたった一人……
「お前は……何者だ? ギルア……」
血の味がする口を開き、私はギルアに問いかけた。
ギルアは王国軍で出会った時からずっと、理解できない存在だった。
それでも私は、仲間だと信じていた。
信じていたんだ……
「ぶふっ、あははははぁ……久しぶりですねぇ
ギルアは心底楽しそうに笑った。
「ぎ……ギルア……っさま………」
フィリアは、地に膝をついて、
青ざめた顔で、震えながら……
「……わた……わたしっ……わたしはっ……」
絶望と恐怖に染まった目で涙を流し。
「だめじゃないかフィリアぁ……勝手に逃げやがってぇ……これはまたお仕置きが必要かなぁ……」
そんなギルアの言葉に……
「いやっ、ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!! ごめんなさいギルアさまっ」
フィリアは壊れたように号泣し、地に手をつき頭を下げた。
私は怒った。
怒りのあまり、憤死してしまいそうだった。
あのフィリアが……心の強いフィリアが……ギルアを恐れて正気を失っている。
それだけ酷い仕打ちをした。
ギルアはフィリアの身も心も、ぐちゃぐちゃに壊した男だ。
フィリアに癒えないトラウマを植え付けて、フィリアは毎晩のように、悪夢にさいなまれている。
「ギルア貴様ぁぁぁあああ!!」
血を吐きながら、私は叫んだ。
殺してやる殺してやる殺してやるっ!
重い身体に、キリキリと力を込めて踏ん張る。
許さない、許さない、許さないっ!
私は全身の痛みと毒に抗いながら、必死に立ち上がろうと試みた。
「アハハァ、おー怖い怖い……
惨めですねー
ギルアは変わらない調子で笑っている。
フィリアは俯いたまま放心していた。
そして、私の身体は動かない。
力を入れても、ビクともしない。
身体が重い……
この感覚には覚えがあった。
毒か……?
刺されていたナイフに塗られた毒が、いよいよ回ってきたのだ。
くそっ! 立てよっ! 動けよ身体っ!
目の前に因縁の相手がいるんだぞっ!
そして隣には、守るべき女がいるんだ!!
「
そんな時、
私にかけよる声がした。
「【
回復魔法に包まれて、全身の傷が癒えていく。
毒が浄化されていく。
戦う力が湧いてくる。
「
怒気をはらんだ
「あぁ……あいつがギルアだ……
フィリアを酷い目にあわせたクソ野郎だ……」
力を取り戻した私は、剣を握り立ちあがった。
そして、ふぅと深呼吸する。
そうすることで、状況を冷静に俯瞰できた。
戦場においては、常に冷静なものが負けないのだ。
私は
「
ニーナとヨウコは私が引きつけておく。
だから、
「分かりました。時間稼ぎは頼みます。
でも気をつけてくださいね……
彼はおそらく、マナ騎士団という奴らの一員です。
とても卑怯で強いですから」
マナ騎士団……?
それは、大昔に滅んだマナ王国の、騎士団の名前だが……
……まぁいい、今は関係ない。
「はは、アイツの卑怯さは、嫌というほど知っているさ……」
「フィリアっ! 聞こえるか? 私の声がっ!
私だっ、
もう二度と、フィリアを怖い目になんて遭わせないっ!
だから怖がらなくていいっ!
お前は私が、この
「……せいや……っ」
私の言葉に、ハッと我に返ったように、フィリアが顔を上げる。
「あぁ! 私は
フィリアを愛している男だっ!
約束しただろう? 上書きしてやると……
このギルアのクソ野郎は、私が必ず始末してやる!
だからっ! 安心して見ていろっ! フィリアっ!!」
「……うっ……ふっ……ぅぁあ……」
フィリアは私を見て、また泣き始めた。
でもその涙は恐怖ではなく、安心の涙であることは、その表情を見れば分かった。
もう決して怖い目に遭わせない。怯えさせない。
フィリアの笑顔は私が守る。私がフィリアを幸せにする。
これからも、死ぬまでずっと、
私はフィリアと添い遂げるのだ。
剣を握る手に力が籠もる。
グッと足で地面を踏みしめ、腹に力を込める。
集中しろ…
私は今から、ギルアに攻撃を与え続ける。
しかし私の攻撃は、ニーナやヨウコに簡単に防がれるだろう。
ヨウコ一人でさえ、掻い潜って一撃与えるのに苦労したのだ。
ニーナとヨウコ二人を相手に、ギルアに攻撃を通すのは至難の技だろう……
でも、それでいい。
私の役目は、ギルアに攻撃を与え続けて、ニーナとヨウコの二人を引きつけた状態で時間を稼ぐことだ。
時間さえ稼げば、
「ギルアぁぁぁああ!!!」
私は叫びながら、ギルアへ向かって斬りかかった。
ギルアに操られたニーナとヨウコが、私の前に立ちはだかる。
★★★
―
「
私が天使になるからっ!
私は近接戦闘が苦手だから、マナトを抑えておくには
だから天使になるべきなのは私だ。
「わ、分かった……
でも…… だ、だいじょうぶか?
一人でできるか
一人でできるかって……そんなこと聞かないでよっ……
めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたじゃないっ!
「ば、ばかにしないでっ!
私にだってできるからっ! 戦えるからっ!」
上ずった声でそう叫んで、私は木の陰に隠れた。
メラメラと燃え盛る夜の森……
木陰にしゃがんだ私の手は、ガタガタガタと震えていた……
クラスメイトと戦ったあのボス戦で、私は天使になることを躊躇った。
みんなのいる中でオ◯ニーするなんて、とてもじゃないけどできなくて……
でも
今度は私が戦う番だ。
天使になってみんなを守る。
でも……
怖い………
怖いよ……
全身に寒気がして、手の指先が震えた……
心臓を死神に掴まれたようで、地獄に引きずりこまれるような感覚。
嫌な汗が、ぶわっと滲み出した。
この戦いの命運は、私にかかっていた。
私は一刻も早く、天使にならないといけない。
震える手を抑えながら、下半身に潜り込ませて、必死に深呼吸をする……
でも、全然楽にならない……
息苦しい……
感覚が冷えて、何も感じなくなっていった……
焦る……焦る……どんどんと怖くなる。
早く、早く、戦わなくちゃいけないのに!
じゃないと、みんな殺されちゃうのにっ!
急がないと、急がないとっ……
たった一瞬が、無限の時間に感じられた。
呼吸が荒い、心臓が早鐘を打っていた。
開始してから、どれだけたっただろうか……
生きた心地がしなかった。
まだ……なんで?
なんで私は………
「
そんなとき、私の耳に……
愛する彼の言葉が届いてきた。
「
俺は
この世の誰よりも愛してるっ!
その優しい声も、屈託ない笑顔もっ、控えめなおっぱいも、エッチな身体も……
全部ぜーんぶ大好きだっ!」
っ……!!
最愛の彼からの、愛の言葉を受けて……
冷えていた私の心臓が、トクンとときめいた。
好きって言ってもらえて嬉しかった。
彼からの熱い想いが、私への愛が、
私の心に伝わって……
全身が熱くなって、のぼせてしまいそうだ。
「
めちゃくちゃ興奮するっ!
耳元で囁かれるのも、ぎゅっとだきしめられるのも、人生で一番幸せな瞬間なんだっ!
だからっ……!!」
キン、キンと剣のぶつかる音がする……
今も
私に期待してくれている。私を信じてくれている。
私に言葉を投げかけて、励ましてくれている……
「俺は世界で一番、
良いところもだめなところも全部ひっくるめて、
我慢されてごめんっ! 意地張ってごめんっ!
きっと不安にさせたよなっ……
俺と結婚してくれ
この戦いが終わったら、二人で幸せになろうっ!
一つになろうっ!
約束したいんだっ!
この先の未来、たとえどんなことがあってもっ!
たとえ現実世界に帰れなくてもっ!!
俺は
私の視界が、涙で滲んだ。
嬉しかった。凄く嬉しかった。
それはおそらく、私が一番欲しかった言葉だった……
この世界に召喚されてから、一週間が過ぎて、
現実世界に帰る方法どころか、
でも、それでも……この先にどんな運命が待っていようと……
私は、
それはそうとして……
この戦いが終わったら結婚だなんて、完全に死亡フラグだけどね……
「だからっ! この戦いは勝たなきゃだめだっ! 戦おう
そして勝って、そのあと無茶苦茶セ◯クスしようっ!!」
ふふっ。
思わず笑みが溢れた。
最後の一言が余計なんだっての、
ううん、嘘……
ほんとは私も期待してる。
ずっとずっと
凄く興奮する……
……言質は取ったからな?
男に二言はないんだよな?
ふふ、楽しみだよ……
口から甘い吐息が漏れ出した。
幸せと興奮でおかしくなりそうだった。
そうだ、もっともっと、おかしくなれ、
私は
そして旦那に劣らないぐらいの、頭の中まっピンクなド変態なんだからっ!
「私もっ……!」
私も答えなければいけない。
彼のプロポーズに対する私の返事を……
そして夢を語るんだ。
彼と私と、これからの人生のことを。
「私もっ、
優しくて、男らしくてっ、かっこよくてっ、
そんな
うんっ! 結婚……シよっ!!
私も
死ぬまで
思いのたけをぶちまけた。
高揚感と
熱くて熱くて火傷しそうだ。
全身が火照って熱い。
幸せで、心臓が暴れて、
すごく興奮する……
あぁ好き、好き、
好きだよ
好き、好き……
大好き、
大好きだから………
私は、戦う。
この戦いを乗り越えた先で、私は
負けるわけにはいかないんだからっ!!
この階段を、一気に駆け上がろう。
登った先で、幸せが待ってる。
「んんっ!」
そして、私は、
戦う天使となった。
駆け巡る身体の震えとともに、
全身が純白の光でつつまれて……
私は……天使だ。
私が、この戦いを終わらせる。
邪魔な敵を、ギルアを、ぶっつぶす!!
★★★
―
ギルアがマナトに投げ与えた剣と、俺の剣が交錯する。
俺はマナトの動きを見極めながら、防御に専念していた。
マナトを傷つけるわけにはいかないからな。
マナトは恐怖に染まった顔で、混乱の悲鳴を上げ続けている。
ニーナやヨウコも同じだ、獣族語で何かを叫んでいるけれど、
俺には聞き取れない……
真剣と真剣の戦い。
一歩間違えて、剣で喉を捌かれれば即死である。
だが、俺は高レベルになったおかげだろうか
それとも
マナトの動きは単調だったので、防ぐのは比較的に楽だった。
これでいい、時間を稼ぐんだ。
でもそれでいいのだ。
時間さえ稼げば、
そんな時……
ふとあの時のことを思い出していた。
最初のボス戦で、俺がオ◯ニーした時のこと……
あの時の俺は、死の恐怖のあまり、ぜんぜん立ち上がれなくて、
怖さのあまり、ぜんぜん興奮できなかった。
もしかしたら、今の
今まで、
もしくは声を掛け合っていた。
思えば最初のボス戦でも、
抱きしめて、オカズにすることを許してくれたから……
俺は賢者になれたのだ。
今度は俺の番だ。
きっと
俺は戦闘中で、そばにいれなくても、言葉だけでも、
俺は
そして、俺は、
そして
純白の光を身にまとい……
天使となった。
★★★
「チッ! しつこい野郎がっ!」
ギルアは冷や汗をかきながら、ニーナとヨウコを操り、
「ギャッ!」
「うぅぅっ!」
攻撃を受け止めるたび、ヨウコやニーナが悲鳴を上げる。
「クソ野郎が……」
そしてついに、その時はやってきた。
キィィィィンという閃光とともに……
大地に天使が舞い降りた。
「待たせてごめんね……」
そう冷たい声を吐く、天使となった
ギルアを鋭く睨みつけた。
「チッ! クソがぁぁ!」
ギルアの明らかに動揺する声。
形勢が逆転した。
今この場で群を抜いて強いのは、天使となった
「あまりこの手は使いたくなかったんだがなぁ……そうも言ってられねぇか……」
ギルアは真剣な目つきに豹変し、ポケットに手をやり……
「コードMゥ!!」
不可解な単語を叫んだ。
そしてポケットの中から、三本の薬の瓶を取り出した。
ギルアが後方へ飛び、
つられてニーナやヨウコも、ギルアのそばへと引き寄せられて、
獣族姉弟たちが、ギルアの元へと呼び寄せられていく……
「何をする気だ?」
違和感……
その違和感は、すぐに嫌な予感へと変貌した。
心臓の音が嫌にうるさい。
ギルアは、三本の瓶を握りしめて……
それぞれ、ニーナと、ヨウコと、マナトめがけて投げつけた。
空を舞う、赤い液体の入った瓶……
その瓶には見覚えがあった。
あ……あぁ、だめだ……
それを飲んじゃ……だめだっ!
俺はすぐさま、マナトを追いかけて走り出した。
「だめぇぇぇえええ!!!!!」
だめだ、だめだっ!
それを飲んじゃだめだっ!
なんで警戒していなかったっ! バカなのか俺はっ!
あれはっ! あの薬はっ!
マルハブシの猛毒だっ!
俺たちのクラス全員が、ボス戦前に飲まされた猛毒だっ!
あのときステータス画面で見たあの文面は、今でもトラウマのように一言一句覚えている。
ーーーーーーーーーー
状態異常 マルハブシの猛毒
約一時間の間、ステータスを限界値まで引き上げ、その後、死に至らしめる。
治療法のない猛毒。
ーーーーーーーーーー
短時間のパワーアップと引き換えに、飲んだ者を死に至らしめる猛毒。
俺たちの場合は、クラスの番長
文面にもあるように、基本的に”治療法のない”猛毒である。
「飲んじゃだめだァァァ!!!」
俺は叫び、マナトを必死で追いかける。
マナトは、投げつけられた薬の瓶を手で受け止めて、
その瓶を、口元へと……
ぐっ……
俺は、ギリギリでマナトに追いついて、薬瓶を握る手を右手で握って食い止めた。
そして力を込めて、薬瓶をマナトの手から引っ剥がし、地面に叩きつけてバリンと割った。
その時だった……
視界の中に、信じられないものが写っていた。
死を噴きながら空を舞う、切り落とされた人間の腕だ。
二の腕で切断されたその腕は、俺とマナトの間を舞った。
それが俺の右腕だと気づくには、数瞬を要した。
俺の右腕は、マナトの剣によって、完全に切り飛ばされていた。
★★★
―
あ……あぁ…
私は、頭の中が真っ白になっていた。
ギルアは奥の手として、マルハブシの猛毒……
つまりボス戦で私達が飲まされたものと同じ、
一時間の超ステータスアップとひきかえに、その後死んでしまう猛毒を、ニーナとヨウコとマナトに飲ませようとした。
ニーナとヨウコは、止められなかった。
彼女たちは、マルハブシの猛毒である赤い液体の入った瓶を受け取り、それを飲み込んでしまった。
でもマナトだけは、
しかし……
その一瞬の隙に、マナトの剣は、
そして、もう一方で……
マルハブシの猛毒を飲んでレベルが倍増したニーナとヨウコが、凄まじい速度で
腹を貫通されて、血を撒き散らす
右腕を失い、絶叫する
それでも、ニーナとヨウコとマナトは、容赦なく二人に襲いかかった。
あ……あぁ……ぁああ……
「だめぇぇええええ!!!」
私は混乱しながら、ガタガタの恐怖に身を震わせながら……
マナトとニーナとヨウコに、閃光の一撃を叩き込んだ。
「うぁあああああ!!!」
そして私は絶叫しながら……
諸悪の根源、ギルアへと、全身全霊の一撃を放った。
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