六十発目「白い仮面と赤白マント」


―フィリア視点―


 突然だった。

 直穂なおほ行宗ゆきむねに後ろから、冗談まじりに話しかけた刹那。


「オット」


 という、知らない男のくぐもった声が聞こえた。

 背筋に寒気が走った。

 身体がビクンと震えた。


 次の瞬間。

 誠也せいやが凄い形相で剣を振り、オレの左隣をビュンとかすめた。


「何者だ……貴様……??」

 

 誠也せいやはオレの後ろにいる誰か、殺気の籠もった目で睨みつけた。


「サア?、何者ダロウナァ……?」


 その男は誠也にひるむ事なく、お調子気に鼻を鳴らした。

 また、全身に悪寒が走り、吐き気がした。

 なんだ? これは……

 心臓の鼓動は早くなるのに、体温は急速に冷えていく。

 じわじわと汗がふきでる。

 手先が震える……

 まるでそれは、身体の奥深く、魂に刻みつけられた恐怖。

 オレは息が止まりそうで、何も出来なかった。


 グサァァァァ!!!


 そして刹那、誠也せいやが刺された。

 信じられなかった。

 ニーナとマナトとヨウコが、なぜかナイフを手に握っていて、なぜか誠也せいやの身体を刺していた。

 誠也せいやが悶えて、ガフッ! と口から血をふきだし、

 誠也せいやの右手の火魔法がボッと消滅し、明かりが消えた。


 背景の夜空が透き通るほど綺麗だった。

 真っ赤な血しぶきが、花火のように弾けた。


「え……?」


 眼の前の光景は、信じられなかった。

 寝ぼけてるんじゃないかと疑った。

 悪夢ならどれほど良かっただろう。


 ニーナ達三姉妹は、誠也せいやの身体からナイフを引き抜き、それぞれ違う方向へ。

 ニーナは直穂なおほのほうへ、ヨウコがオレのほうへ、マナトが行宗ゆきむねのほうへと、

 距離を詰めて、襲いかかってきた。


 ドゴッ!! と音がして、

 直穂なおほ行宗ゆきむねが、眼の前で殴り飛ばされた。

 オレは痛みを感じなかった。

 守られたのだ。


 オレを狙ったヨウコの拳は、ギリギリのところでピタリと止まり、直後地面に叩きつけられた。

 誠也せいやがヨウコを押さえつけたのだ。

 口から血を吐きながら、誠也せいやはヨウコを組み伏せて、乗りかかった。


「せ、誠也せいやっ!!!」


 オレは膝をつき、誠也せいやの肩をつかんだ。

 酷い傷だ。

 内臓までは届いてないみたいだが、速く止血しないと。

 

「【回復ひーる】っ!」


 オレの口から出た声は、裏返っていて震え声で、自分の声だとは思えなかった。


「貴様ら、ヨウコっ! 私たちを騙していたのか? 何が目的だっ!?」


 誠也せいやは怒り狂った声で、ヨウコの綺麗な黒髪を鷲掴みにして、ヨウコの顔を地に押しつける。


『ち……違う……身体が……勝手にっ……』


 ヨウコの口から、消え入りそうな泣き声がした。


「ん?」


 回復魔法の使用中、オレは違和感に気づいた。

 何かが引っかかる。うまく回復できない。おかしい。

 あぁ、まさか……毒か。


誠也せいやっ、これ毒だっ! ナイフに毒が塗られてたっ!」


「フィリアっ!! ヨウコの言葉を翻訳しろっ! 何か言っているだろう! 返答次第ではいますぐ殺すっ!」


 誠也せいやが焦ったような声で、オレを見た。

 目つきが血走っていて、殺されそうな恐怖を感じた。


「ヨウコは、"身体が勝手に動いた"って言ってる」


「はぁっ!? こいつふざけてんのか!?」


 誠也せいやはさらに激昂する。


「違う! ヨウコもニーナもマナトもみんな優しい奴だから。 

 おそらく操られてるっ。何かの特殊スキルだ」


「なに?」


 誠也せいやの手が動揺で止まった。

 止まってしまった。


 ドンッ!!


 と、お腹が潰れるような打撃を受けて、オレの身体がぶっ飛ばされる。

 ヨウコがオレを殴り飛ばしたのだ。

 痛い、痛い、痛い痛い痛い。

 背中を大きな岩にぶつけた。


 「フィリアっ!」


 誠也せいやが、心配する声。

 くそっ、状況はどうなっている!?

 視界がぼやける……

 暗さも相まって何も見えない。

 ニーナもヨウコもマナトも、たぶん男声のアイツに操られている。

 誠也せいやは毒を食らった。

 直穂なおほ行宗ゆきむねは無事だろうか?


 どうする? 考えろ。

 何が起こっているんだ?

 必死に頭を動かし始めた時。


 ボボォォォォォ!!


 と音がして、

 周囲が赤と黄の明かりに包まれた。

 眩しくて、熱い……



 ★★




万波行宗まんなみゆきむね視点―

 

 まずい、暗くて何も見えない。

 腹を蹴られた、背中をうった。

 マナトが襲いかかってくるのが分かる。

 

「いギャッ!!!!」

 

 直穂なおほの悲鳴が聞こえた。

 マズイ! 直穂なおほは近接戦闘が苦手だ。

 もしナイフで心臓を一突きにされれば、レベル差なんて関係ない、すぐに対処しなければ死ぬ。


 どうする!?

 暗いままじゃ戦えない。

 マナトはすぐ目の前だ。

 マナトたちが俺たちを襲ってきている理由ワケは分からない。

 でも、今はとにかく、直穂なおほを守らなければ!

 ここで死ぬわけにはいかない!

 

 あ、そうだ。

 これなら一石二鳥じゃないか。


直穂なおほ、火だ! 火魔法で戦うんだっ!」


 そう叫んだ俺は、とっさに手に意識を集中させて、魔力の流れを作り出した。

 間に合うか? いや間に合わせる。

 早く、早く、火素を押し出せ


「【火素フレイム】」


 ぼぉぉぉつ!

 と眼の前が眩しく燃えた。

 マナトの身体が、目の前にあった。


「うぉらぁぁぁぁ!!」


 俺はもう片方の腕で、思いっきりの拳を、マナトの腹に叩き込んだ。

 お返しだ。死にはしない。


 ドンッ!! と音がして。


 マナトは後ろに倒れた。

 すかさず直穂なおほのほうを確認する。


「【水素アクア】!!」


 直穂なおほは右手で火魔法を放ちながら、左手から勢いよく水魔法を吐き出して、

 ニーナの身体を後ろに吹き飛ばした。

 

 そして……え???

 直穂なおほの二の腕には、ニーナのナイフが突き刺さっていた。


直穂なおほっ!? 右腕にナイフがっ!!」


「大丈夫っ、うぐぅぅつ!!」


 直穂なおほは痛そうに涙目でナイフを引き抜き、


「【超回復ハイパヒール】ッ!」


 と、出血を止めた。


 火魔法の炎がぼうぼうと辺りを照らす。


「とりあえず、そこらじゅう明るくするっ! 【火魔法フレイム】!!!」


 直穂なおほがそう叫んだ。

 両手を斜め上に突き出して、大きな炎をぶちまけた。


 ボォォォォオ!!!


 と、その炎は、真っ暗な森を明るく包み込んでいく……

 直穂なおほは向きを変えつつ、火魔法で周囲の木々を燃やしつくしていく。


 一瞬のうちに、あたり一面山火事になった。


 赤色と黄色の光に包まれて、煙の匂いが胸を焼く。


「凄い、山火事だ……」


 俺は咳込みながらそういった。


「ごめんやりすぎた、でも視界は確保できた」


 ぼうぼうと燃え盛る森のなか。

 隣合う俺と直穂なおほ

 涙目で俺たちに襲ってくるニーナとマナト。

 

 向こうをみれば、誠也せいやさんがヨウコと戦っていた。

 

 その向こうには、あの仮面男が突っ立っている。

 ギャベルやシルヴァと同じ、マナ騎士団なのか?


行宗ゆきむね直穂なおほっ! 助かったっ!

 ニーナ達はみんな、あの仮面に操られているんだ!

 みんな泣いてる! 身体が勝手に動くってっ!」


 フィリアの叫び声が聞こえる。

 

『………―――ー!!』


『・・ーー・・・・ーー!!』


 マナトやニーナも、混乱した様子で叫んだ。


 なるほど、そういうことか。

 さきほど仮面男が、ヨウコとマナトとニーナの頭にポンと手を置いているのを見た。

 おそらくそれが、”操りの条件”だ。


「みんな聞いてくれっ! 仮面男の手に触れちゃだめだっ!

 おそらく仮面男は、手で触れた相手を思い通りに操れる力を持ってる!」


 俺は全員に情報共有をはかった。


「なるほど理解した!!

 あの仮面男をぶっ倒せば解決だな! 私に任せろっ!!

 直穂なおほ行宗ゆきむねは賢者の準備をしてくれっ!!」


 誠也せいやさんが返事した。

 声がガラガラで掠れている。


行宗ゆきむね危ない、前見てっ!」


 横から直穂なおほの緊迫した声。

 はっと視線を近くに戻すと、マナトが泣きながら俺にとびかかってきていた。


『……―――………!!?」


 俺には、マナトの獣族語は聞き取れない。

 ただ、その声は恐怖に染まり、二人の姉に助けを求めているのが分かった。


 殴りかかってくるマナトに、俺はどうしていいのか分からなかった。

 俺は、マナトを殴れない。

 だってマナトは悪くない。

 優しい男の子だ。

 操られているだけで敵じゃない。


 モンスターとは訳が違う。傷つけたくない。

 どうしよう。

 

 そんな一瞬の迷いによって、

 マナトの拳は、俺の顔面にクリーンヒットした。


 またぶっとばされる俺。

 躊躇してしまった、それにしてもマナトの動きは早かった。

 いやおかしい。 強すぎるだろ?

 おかしい。

 賢者状態ではなくても、今の俺のレベルは57だぞ?

 少なくともマナトが、俺ほど強いハズがないだろう。


「行宗ぇっ!? どうすればっ!?」


 直穂なおほが叫ぶ。

 マナトが襲いかかってくる。


「俺か直穂なおほが賢者か天使になるしかない、けどっ!!」


 マナトもニーナも、凄く強い。

 簡単な攻撃は避けられてしまう。


 俺たちは戦える人数は、俺と直穂なおほ誠也せいやさんの三人しかいない。

 たいして相手も、ニーナとヨウコとマナトの三人。

 いや違う、傍観している仮面を合わせると、相手は四人になる。


 おそらくあの仮面も、相当強いはずだ。

 だからこそ、勝てるのは賢者か天使しかいない!

 でもっ!!


 ”攻撃が絶え間なく続いて、オ◯ニーする暇がないっ!!”


 マナトかニーナか誰かを気絶させれば、裕が出来るかもしれないが……

 気絶させるほど強くマナトをなぐるなんて……

 恐怖の顔に染まったマナトの顔面をなぐるなんて……

 そんな非道いこと……俺にはできないっ……



 ヨウコ対誠也せいやさん。

 ニーナ対直穂なおほ

 マナト対俺。


 俺たちは、なるべく痛みを与えないように攻撃を受け止め続けた。

 しかし、このままではジリ貧だ。

 本気で戦えない。傷つけたくない。

 だって相手は、俺たちの友だち。

 優しくて仲良しの、獣族の姉弟なんだからっ。




「プクク、アハハ……」


 仮面の男が、マスクの下で笑っている声が聞こえた。

 何が楽しい? 何が目的だ?

 お前は何者だっ! マナ騎士団っ!!



誠也せいや視点ー



「貴様ァァ!! 獣族達を開放しろっ! 男らしく正々堂々戦えぇ!!」


 誠也せいやは激怒しながら、仮面男に飛びかかった。

 しかしヨウコが防いでくる。

 慌てて攻撃を弱める。

 優しい獣族を、傷つけるわけにはいかない。


「ブクク……ダッタラ俺ヲ殺シテミロヨ、ザコ」


 ヨウコの向こう、仮面の裏で、男はいやらしく笑った。


「あぁ、言われなくてもなぁっ!!」


 私はさらに怒りを高ぶらせる。


誠也せいやっ、毒を抜かないとっ! 早く治療しないと死んじゃうっ!」

 

 フィリアの泣き叫ぶ声がする。

 安心しろ。タネは分かった。

 もう殺れる。


 ビュンッ!!!


 ヨウコが体勢を崩した隙をついて、私は握っていた剣を、仮面男へと投げつけた。


『ウギィィッ』


 ヨウコが痛がりながら、無理やりな動きで剣を防ごうと超反応を見せる。

 やはり、ヨウコは常に仮面男を守るように操作されている。

 だから、動きが読みやすい。

 剣を受け止めようとしたヨウコに、私の待ち構えた左脚がクリーンヒットした。


『うぁぁぁっ!!』

 

 ヨウコのうめき声。

 ヨウコの涙が弾けて、私の頬に跳ねる。


 かなり痛いだろう。


「すまない」


 私はヨウコを力強く、遠くへと蹴り飛ばした。


『ナニッ!?』


 仮面男は動揺し、逃げるように後ずさる。

 やはり予想どおりだ。

 この仮面男は、弱い。


「人を弄ぶんじゃねぇっ!!」


 私は怒りと共に、ヨウコが受け止めて落ちた剣を拾い上げて、

 仮面男の首へと叩き込んだ。


 ギギッ!

 

 右足が掴まれて、引っ張られた。

 勢いが止まる。

 ヨウコは遠くまで吹き飛ばしたはずだ、戻るには早すぎる、

 一体誰がっ!?


 まぁいい。素早く剣を振り抜け……

 当たるっ!!


 バチィィ!!!


 何者かに足を掴まれたせいで、刀の軌道がズレた。

 仮面男がしゃがみこんだせいで、首ではなく仮面をかすめて……

 パカンと、仮面が割れた。


 二つに割れた仮面が、カツンと、地面に落ちる。


「え……?」


 仮面の下の素顔。

 仮面男の正体を見て。

 私は絶句した。


「え……??」


 フィリアが、喉につまったような掠れ声を漏らす。


「ちぃっ! てめぇっ!! くそがっ!!」


 歪んだ顔で私の睨む男は、私のこの世で一番憎き相手、

 ギルアだった。

 

 ギルアは一週間ほど前まで、私の王国軍の部下だった。

 しかしコイツは、私大切な部下だった鈴を毒殺した。

 私も毒殺しようとした。

 私とフィリアを捕まえた。

 私を拷問した。

 フィリアを拷問した。

 フィリアを毎日家畜以下に扱い、純粋なフィリアを汚し、傷つけ、癒えないトラウマを植え付けた。

 

 お前……お前……だったのかっ……!!

 ぶち殺してやるっ!!

 

 脳の血管が切れた。

 私は我を忘れて、二撃目をギルアに叩き込もうとした。


誠也せいやさん危ないっ!!」


 直穂なおほさんの声。

 

 ドゴッ!!!


 直後私は、戻ってきたヨウコに、腹を思いっきり殴られた。

 ナイフ切り傷の後遺症もあり、内臓を吐き出しそうなほど痛かった。

 私は殴り飛ばされた。

 完全に宙に浮いて、頭と背中から地面に激突した。


「うぐっ……」


 後頭部に何か刺さった。

 おそらく何か石が、頭にぶつかったのだ。

 ダメだ……意識が飛びそうだ……

 痛い、痛い……痛い……

 身体じゅうに力が入らなかった。

 だめだ。もう戦えない。

 私のそばには、フィリアがいる。

 目の前には宿敵、ギルアがいる……


 守らないと、フィリアを守らないと。

 立たなければ、立たなければっ!! 

 必死に気合を入れても、血まみれの身体は、言う事を聞いてくれなかった。


「それにしても派手に燃やしやがってあの女っ……こんな山火事……王国軍に駆けつけられると厄介なんだがなぁ……早く全員始末しねぇとなぁ……」


 感情の籠らないギルアの声が、やけに鮮明に、脳の奥まで響いてきた。

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