五十八発目「のぼせあがった二人」


 ふぁぁぁ……

 フィリアの前でみっともない真似を晒した俺と直穂なおほは、

 あれから10分後、二人きりで温泉に来ていた。


 夜虫の鳴く夏の夜中。

 赤い光の熱蛍ねつぼたるが、沸き立つ温泉のまわりを飛び交い、それはもう幻想的な夜景色だった。


「気持ちいいねぇ……」


 直穂なおほは濡れた黒髪からしずくをこぼしながら、透き通るような白い華奢な腕をぐぐっと伸ばした。

 はだけた肩の曲線は美しく、まるで天使の水浴びのような直穂なおほの所作に、俺の目は釘付けだった。


 棚田温泉の中腹。

 岩に囲まれた湯船に、二人で隣り合うように浸かっていた。

 寄り添う直穂なおほは、服を着ていない。

 直穂なおほが身にまとうのは、胸から下を包み隠す一枚のバスタオルだけだった。


 湯の流れでゆらめく水面下の白い布は、直穂なおほの身体の輪郭をくっきりと映し出して……

 俺の心臓はドクンドクンと高鳴った。

 俺は温泉以上に、直穂なおほにのぼせていた。

 

「まさか……高校生にもなっておもらしとはねぇ……

 ……ねぇ行宗?」


 直穂なおほが気の抜けた表情でこちらを向いた。


「そうだな……クラスメイトや和奈かずなには言えないな」


「うん」


 チチチチ……と鈴虫がなく。

 ここには、直穂なおほと俺の二人きり。

 今だけは、焦る必要もなにもなくて。

 ただ、プライベートな二人だけの時間が流れていた。


 フィリアにみっともなく抱きついた後。

 俺たちは、怪異事件の真相を知ることになった。

 廊下で俺たちに襲いかかってきた化け物の正体は、ヨウコちゃんという、獣族の女の子だったらしい。

 ヨウコちゃんは、この宿に隠れ住む獣族三人姉弟のうちの、次女らしい。

 人間である俺と直穂なおほを敵とみなし、他の兄弟二人を守るために、暗い廊下にて、俺たちに襲いかかってきたという訳らしい。

 

 三人姉弟の名前は、長女のニーナ、次女のヨウコ、末っ子のマナト。

 三人姉弟は、いつもこの宿の裏口から中に入り、ここで隠れて暮らしていたそうだ。


「今からヨウコの病気を治して、三人を独立自治区に連れて行くんだ」

 と、フィリア言った。

 また続けて、

「お前ら二人、温泉に入って身体を洗ってこい」

 とも言われた。


 よって俺たちは、そのまま温泉へ向かい、

 こうして俺と直穂なおほは混浴することになったのだが……

 

 なにせ俺にとっては、同級生女子との混浴なんて、人生初体験のイベントである。

 下半身の状態がバスタオル越しにバレないよう、俺は身をかがめるのに必死だった。




「ねぇ、行宗ゆきむね、目ぇつむって」


 直穂なおほがふと、そう言った。


「ん?」


「目ぇ、つむって」


 直穂なおほは俺を見て、同じ調子で繰り返した。


「わかった」


 そう答えた俺は、静かに両目をつむった。


「ありがと」


 直穂なおほは、ザバァァという水音とともに立ちあがった。

 ぴちゅんぴちゃん、

 水滴が水面へ落ちる音。

 そして、ジュボンという、何かが湯に沈む音がした。


直穂なおほ?」


 俺が尋ねても、直穂なおほの返事は返ってこない。

 じゃぶ、じゃぶと、直穂なおほの足音が、ぐるりと横からまわりこみ、

 俺の正面で音を止めた。


「……わたしがいいっていうまで、ぜったいに目をあけちゃだめだからね」


 そう発した直穂なおほの囁き声は、すぐ目の前だった。

 吐息がふわりと俺の鼻先をくすぐるぐらい、鼻の先で


「んふぅ……っ」


 直穂なおほの吐息とともに、

 俺は、柔らかいカラダに包み込まれた。

 抱きしめられた。

 衝撃のあまり、心臓が外まで飛び出してしまいそうだった。


 直穂なおほを包んでいたはずの、バスタオルの感触ではなくて

 やわらかい女の子の生肌なまはだで、ぎゅーっと抱きしめられた。


 直穂なおほは比較的貧乳だけど、実際に俺の胸で受け止めた感触は、おもちみたいに柔らかくて、

 あぁ、やっぱり女の子なんだな、って思った。

 先端の感覚も、ちゃんと俺の……


「ん……ふぅぅ……」


 俺の左耳の奥へと、直穂なおほれた吐息を吹き込んできた。

 背筋からゾクゾクとした感覚が昇ってきて、脳内がピリピリと痺れる。

 俺のカラダは、背中に回った直穂なおほの両腕にガッチリと抱きとめられて、身動きがとれなかった。

 濡れた手のひらで、さわさわと背中を撫でられる。

 お腹どうしが湯の中で密着しあい、じんわりとあたたかくて、天国へと昇天してしまいそうだった。


「んれろ……じゅぷり……」


 直穂なおほの長い唾液まみれの舌が、俺の左耳のなかをくちゅくちゅとほじくりまわす。

 肌越しに、直穂の体温とか心臓の音とか、いろんなものが伝わってくる。

 直穂なおほの濡れた黒髪ショートヘアがふわりと揺れて、俺の左ほっぺをくすぐってくる。


「な、直穂なおほっ……」


 俺はたまらず、情けない声をあげた。

 こんなのもう、理性がもたない。


「じゅぷり……んあぁ……れろぉ……」


 直穂なおほは、俺の耳たぶをあまがみし、はーっと熱い吐息を鼓膜にぶつけて、

 幸せそうにもだえるように、その天使のようにうつくしいからだを、俺のからだへとこすりつけてくる。

 

直穂なおほ……これ以上はっ……


 俺の言葉は遮られた。

 直穂なおほの唇が、俺の唇を激しくふさぐ。

 直穂なおほの舌が、俺の口内への入ってくる。

 舌と舌が絡まりあって、激しく交わる。


「ちゅぷ、ちゅる……、んぁっ、んっ、んんっ」


 おでことおでこが重なりあう。

 鼻と鼻も触れあって、

 互いの乱れた鼻息が、ぶつかりあって、熱くなる。

 

「れろ……れろぉ……んぷっ……」


 だめだ……

 もう、理性が溶ける……


 俺は両腕を直穂なおほの背中へとまわし、抱きしめかえした。

 直穂なおほの身体を抱き寄せて、その可愛らしい頭に手をのせ、さわさわと撫でまわした。


「………………」


 直穂なおほの動きが、突然とまった。

 唇がふっと離れて、身体の密着が緩んだ。


「ごめんね……」


 直穂なおほはせつなそうにそう言った。

 その声は、寂しそうで、泣き出しそうで、

 俺は心の奥がズキンと痛んだ。


 直穂なおほはスッと身体を起こして、俺の腕のなかから抜け出した。

 ザバァと水音を立てて立ち上がる。

 直穂なおほは再び俺の隣へと、水音と立てて歩いた。

 そして、湯船に沈めていたバスタオルを、拾い上げる音がした。


 ザバァァァ……


 ピチャピチャピチャピチャピチャピチャピチャピチャ……


 …………


「目、あけていいよ」


 俺は、ぼーっとしたまま目をあけた。

 そこには変わらず、薄暗い温泉があった。


「そろそろ上がろうか。これ以上は、のぼせちゃう……」


 見上げた直穂なおほの身体には、びしょびしょのバスタオルが巻きついていた。

 そして彼女の表情は、暗闇でも分かるくらいに赤く火照っていた。

 

「ほら……立って」


 直穂なおほの手のひらが、まだ湯船に浸かったままの俺へと伸びてくる。


「うん」


 俺は直穂なおほの手をとって、湯船から立ちあがった。

 ポタポタポタと、水音が石の床へとしたたりおちる。


 直穂なおほは俺を見て、とびきりいやらしい顔で笑った。


「んふっ、ちゃんとたってくれた……」


 幸せそうで、恥じらいのまじった直穂なおほ表情かおに、

 俺の心臓はバクンと飛び跳ねた。

 俺も恥ずかしくて、何も言葉を返せなくて、

 直穂なおほのことがいとしくてたまらなかった。

 抱きしめたくてたまらなかった。


 手をとりあいながら、じっと見つめ合う、

 水に濡れた男女がふたり。

 互いに顔を、まっかっかにそめながら。


「いこうか……」


 直穂なおほが、沈黙を破った。


「うん」


 俺もコクンと頷いた。

 俺たちは手を握りあい、指を絡め合いながら、

 寄り添うように、棚田温泉を、一段一段下へと降りていった。


 俺の心臓の高鳴りと、下半身の膨らみは、しばらくしずまりそうになかった。

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