五十七発目「混浴露天風呂ハプニング」
―フィリア視点―
ギラギース地区の外れの秘湯、蛍火温泉にて、
オレは
日が沈み、真っ暗になった棚田温泉に、赤みががった光がチラホラと飛び交う。
夜、
それはもう幻想的な景色を見せていた。
この
(脱衣所の看板に書いてあった)
「ふぁーー気持ちいいなぁ……」
石に囲まれた温泉で、
オレは目を瞑って湯を楽しんだ。
棚田温泉というのは、山の傾斜にそって緩やかな階段のように並んでいる温泉のことである。
基本的に、高い場所のほうが温度が高い。
赤い光を燈した
逆に、オレたちよりも下の段、最下層の温泉宿の近くには、ほとんど
この棚田温泉は、温泉宿から上へ上へ傾斜を登るように並んでいるのだ。
「なぁフィリア。 このあと
どう思う?」
「いいと思うぜ、オレももう十分眠れたからな。
「そうだな……」
実はオレ達は、温泉に入るのは二回目だ。
最初に少しだけ温泉に浸かったあと、
オレ達は死んだように爆睡した……
日が沈んでまもなくして、オレと
先に寝ていたはずの
無理やり起こすのは気が引けたので、しばらく待ってもなかなか起きないので、
こうしてオレ達は、二度目の湯船に浸かっているのである。
「今日で出発から四日目だろ?
今夜のうちにまた川を越えて、フェロー地区には入りたいよな。
流石に、また黒竜の群れに襲われるなんて珍事は起きないだろうし……
明日の夜までには、アルム村に到着するはずだ」
明日は、アルム村を出発してから5日目にあたる。
「同感だ。
朝3時に川を越えるとして、日付が変わる頃に
日が沈んだのが約2時間前だから、
今は午後9時頃か。
あと3時間後には出発するということだ。
「午前3時に川を渡るのが、最も軍の警備の穴をつける」
そう
つまり誠也の計算では、ここから川までは、徒歩3時間圏内なのだろう。
温泉宿で休むというオレの提案を
「さぁ、そろそろ上がるか。
オレはそう言って、風呂から立ち上がった。
そのときだった。
「・・・ーーー・・・、ーーー・・・ーーーー・・・・・~♪」
どこからか、かすかに、少女の歌声が聞こえてきた。
「え……?」
オレは混乱し、背筋がゾクッと凍りついた。
どうしてこんな山奥で、歌声が聞こえるんだ。
近くに、だれかいるのか?
「私が確認してくる……フィリアはここで待っていろ」
歌声が聞こえてくるという事は、
つまり近くに誰か人間がいるということ。
獣族であるオレや、王国軍を裏切った
「ちゃぷ……ちゃぷ……」
耳を澄ませば、歌声と共に水音が聞こえる。
少女の歌は、棚田の下の方から聞こえてきた。
少女の方へ忍び寄っていく。
状況だけみたら、
「・・・――――………」
そして突然、少女の歌が止まった。
一瞬、水音だけの静かな時が流れる。
その直後。
「きゃぁぁあああああぁあああぁああああ!!!!」
少女が甲高い悲鳴を上げた。
耳がキインと痛くなる。
少女の悲鳴は、オレの鼓膜を破るばかりの勢いだった。
『あぁもうっ! どうしたニーナ姉! うるせぇよっ!』
『に、人間っ! 人間の裸の男がっ!』
『はぁ、幻覚見てんじゃねぇの? こんな辺境に人がくるかよ…… え??』
少年と少女らしき二人、どうやら姉弟らしい二人が、
なんと獣族語で、そんな会話をした。
よく目を凝らすと、二人にはオレと同じように獣耳が生えていた。
オレと同じ、獣族の子ども達だ。
『にっ、逃げるぞニーナ姉!!』
『でも、ヨウコがっ!』
『ヨウコ姉ちゃんは俺が背負う! ニーナ姉は先に南の小屋へ逃げてくれ!!』
獣族の子供二人が、ばしゃばしゃと水音を立てながら棚田の下へ、
恐怖に染まりながら、
『待ってっ!! 二人ともっ!!!』
オレは獣族語で声を張り上げた。
『オレも獣族だっ! オレたちは敵じゃない! 逃げなくていい!! 止まってくれっ!!』
オレの声に、二人は振り返ってくれた。
『獣族語……』
『止まるなニーナ姉、罠だよきっと』
罠じゃない!
『オレは本物の獣族だ!
この裸の男は、人間だけど優しい人間だ! オレの自慢の夫だ!
オレたちは敵じゃない!』
オレは
『オレたちは今から「獣族独立自治区」に向かう!
知っているか!? そこには獣族が1000人以上暮らしている、ガロン王国公認の獣族の領土だっ!
お前たちも一緒に行かないか!?』
オレは二人に向かって、そう言い放った。
『嘘つくんじゃねぇよ! じゃあ一体どうやって、あの厳重警備された川を渡るんだっ!?』
『ちょっとマナト、失礼な物言いをしないの』
弟の方がぶっきらぼうにオレに問いかけ、姉が言葉遣いを
弟くんの問いに、オレは答えた。
『簡単だ。空を飛んで渡ればいい』
『そらぁ?』
オレの答えに、獣族二人は驚いたような、呆れたような声を漏らした。
バギィィィ!!!
突然。
下のほうで、木が割れるような音がした。
そして、
ドドッ、ドドッ!
と、なにかが近づいてくる。
『ここにも居たかクソ人間っ!!! ニーナ姉とマナトに手を出すなぁぁぁあ!!』
獣族語。
怒気と殺気の籠もった声で、3人目の獣族の少女が、オレ達へと突進してくる。
『ちょっとヨウコ! 寝てなきゃダメでしょう!』
お姉さんのニーナが、叫んだ。
突進してくる三人目の獣族少女に向かって、心配するように。
『出ていけ人間っ、ここは私達の家だぁぁ!!』
勢いよく四足歩行で走るヨウコは、ぐっと足を踏み込み、
ズルッ
「んぁあ!!?」
ヨウコは、温泉の床で足を滑らせた。
ヨウコはそのまま身体のバランスを崩して、ドボンッと、近くの湯船に落下してしまった。
「なんなんだフィリア……。獣族語がわからん私には、何が起こっているのかさっぱり分からん」
「あとで説明する」
オレは湯船に沈んだ獣族少女ヨウコへと駆け寄った。
ヨウコは、水面に浮かびながら気絶していた。
『ヨウコっ!!』
『ヨウコ姉ちゃん!』
ニーナ姉と弟のマナトが、悲痛そうな心配声で駆け寄ってくる。
オレは、気絶したヨウコをお湯から引き上げて、びっくりした。
『凄い熱だな……これは……』
ヨウコの額は、火傷するほど熱かった。
なにか大きな病気を患っている。
そんな中、姉のニーナが口を開いた。
『ヨウコは、私の妹なんです。
しばらく前から、ずっと酷い病気で……
私とヨウコとマナトは三人姉弟で……両親はもういなくて……』
なるほど、姉二人に弟一人、
『私も弟のマナトも、魔法なんて使えないので、
日に日にヨウコの体調は悪くなって……
でも、ヨウコは頑張りやさんだから、寝てなきゃだめっていってるのに、いつも働くんです。
家族思いで、一生懸命で……』
そうか……
ヨウコは気絶しているだけで、息はあった。
人目見て分かった。
ヨウコの病気は、おそらく性感染症だ。
人間たちの仕業だろうな……
『独立自治区に行けば、お医者さんに治療して貰えますか?
屋敷から私達を逃してくれた男の子、
「獣族には、すごくて優しい医者がいるんだ」って。
「僕を助けてくれたんだ」って。
名前はたしか、フィリアさん……』
『え……』
突然、ニーナ姉の口からオレの名前が出て、びっくりした。
オレには人間の知り合いなんかほとんどいないぜ……
ん?
あぁそうか、思い出した。
オレと
『私達三人は、小さいころから貴族の屋敷で、
ですが一週間ほど前、蘭馬くんという少年が
彼はこう言いました。
「森の中で、フィリアという獣族の女の子に親切にされて、命を救われた。
お前たちもここから逃げろ、川の向こうにいけば獣族独立自治区という楽園があるんだ」と。
私達家族は、
でも、王国軍の警備の中で、川を越えることは出来なかった。
母は射殺されました。
父は食事を取ってくると言って、そのまま帰ってくることはありませんでした……』
ニーナ姉は、涙を流して
『ヨウコの体調も、日に日に悪くなっていきます……
お願いします。私達を獣族独立自治区に連れて行ってくださいっ!!』
肩を震わせるニーナ姉の背中に、優しく両腕で抱きしめた。
『辛かったな……よく頑張ったな…… 大丈夫だ。
安心しろ。オレがフィリアだ!
一週間前に森で
オレに任せろ。ヨウコの病気は簡単に治してやれる。
お前ら三人、独立自治区に連れて行ってやる』
ニーナ姉とマナトは、信じられないという目でオレをみた。
『あ、あなたが、医者のフィリアさん……??
あ、あぁぁ、ホントですかっ……夢、じゃないんですか……』
『夢じゃない。 ヨウコの病気はすぐに治る。もう大丈夫だ』
『うっ、あぁあぁあ、よかったぁぁあ』
ニーナ姉は、
弟のマナトくんも、唇を噛み締めながら、ポロポロと泣いていた。
そうか、
あの時助けた
因果はめぐるものだな……
ふと見上げると、
あ、そういえばオレたちハダカだった。
オレの身体が見られるのはいいけど、
早く風呂から上がらないとな。
★★
「つまりそういう事だ。
あの時足を治療して道案内した
「そうか……あの少年が……」
風呂から上がり、浴衣を着て。
オレたちは寝室へ続く道を歩いていた。
「しかし……暗いな」
「そんなに暗いか? オレには気にならないが……
オレは獣族だから夜目が良いってコトか……
「いや、心配ない」
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!
そんな時。
「きゃぁぁ!!」
ニーナ姉が悲鳴をあげる。
前から飛び出してきた2つの人影。
オレは恐怖で、心臓が止まりそうだった。
しかし、その二人は……
ぐちゃぐちゃの泣き顔の、
「うわぁぁぁあああ!! どこいってたんだよフィリアぁぁぁ!!!」
まずは
「うぁぁあんっ、げほげほ……ごほぉおぉ……フィリアちゃんっ、こわがったぁぁ」
涙でびしゃびしゃの二人に抱きつかれて、
風呂上がりの清潔なオレの身体が、一瞬のうちに二人の体液で汚された。
「うっ……離れろ二人ともっ、苦しいっ……!」
二人の下半身から、生暖かく湿った
まさかとは思うが……
え? ……冗談だろ?
『おいっ! 誰だお前らっ! フィリアさんから離れろぉぉ!!!』
弟のマナトが恐怖で声を震わせながら、勇気をだして、
「ひぃぃぃぃい!!」
上も下もビショビショに濡れた身体で、強くオレに抱きしめてくる。
二人は力が強い。かなり痛みを感じる。
オレはため息をついて、まずは人間語で、
「落ち着いてくれ
この子達は敵じゃない。怖いものなんていないんだ……」
と安心させて、
次に獣族語で、
『安心しろマナト、ニーナ姉。
この二人は恐怖で気が動転してるだけだ。オレたちの味方だ……』
オレは二言語を駆使して、なんとかこの場を収めることに成功した。
『補足①』
獣族三姉弟は、人間語の聞き取りだけなら可能です。
生まれた時からずっと奴隷なので、何とか聞き取れます。
『補足②』
蘭馬くんは、”三十発目「ゲームオーバー」”にて、中盤に軽く登場したキャラクラーです。
テンポを保つためサラッと流したシーンでしたが、実は今回の出会いに繋がります。
14年前の、王国国王ガルーマンの「奴隷解放宣言」により、以降ガロン王国では”獣族奴隷の所持”は禁止されているのですが、
蘭馬くんの両親は金持ちの貴族で、家の奥に隠しながら獣族奴隷を飼育していたんですよね。
蘭馬くんは、フィリアと出会いをキッカケに、家の獣族奴隷を逃がすことを決意する。
ちなみに、三人が上手く逃げ延びた理由は、
蘭馬くんの両親が、”獣族奴隷の探索”を、正規のガロン王国軍に依頼できなかったからでもあります。
そもそも違法行為ですからね。
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