五十六発目「闇の廊下の突撃者」
「ねぇ……」
声が聞こえる。
「ねぇ……ねぇっ、起きて、
声色は震えている。
身体をギュッ、ギュッと揺すられる。
「お願い……早く……起きて……」
泣きそうな震え声。
まずい、早く起きなければ。
「どうしたっ!!!!」
俺は目をかっぴらいて叫んだ。
何事だっ! 敵は誰だ! 無事なのか
「いやぁぁあぁああっ!!!!」
「どうした
「びっくりさせんなアホぉっ!! 心臓止まりかけたわっ!」
ベシッ!!
俺のほっぺたは強めに叩かれたた。
どうやら俺が大声で飛び起きたせいで、
「ごめん驚かせて…… って、すげぇ真っ暗だな。 もう夜か」
夜の和室は、真の闇に包まれていた。
暗すぎて、
しかし、下腹部に質量を感じる。
じっと目を凝らすと、
どうやら
「そう……起きたらもう真っ暗だったの。この部屋には、私と
俺もキョロキョロと周囲を見渡してみる。
シーン、と静まり返った
どうしてこんなに真っ暗なのか? というと、ここが森の中であるからに他ならない。
森の夜には街灯もない。街明かりもない。
必然的に夜は真っ暗になり、ほとんど何も見えなくなる。
出歩くにはめちゃくちゃ怖い。
「それで?
「それは……」
「トイレに、行きたいんだけど…… でも一人で歩くのは怖いから……」
恥ずかしそうな震え声で。
「分かった、一緒に行こう。俺もトイレが近いみたいだ」
俺はそう言って、
下半身に意識を向けてみると、俺も同じく尿意が溜まっていることに気づいたのだ。
「ありがと……
俺は、布団から立ち上がった。
★★
「【
という
真っ暗だった和室全体が、ぼんやりと炎のオレンジ色で照らされる。
俺と
「たしかトイレって文字が、廊下の奥の突きあたりにあったよね?」
「そうだっけ?」
「うん……あったはず」
俺たちは二人で手を絡めあい、肩で触れあいながら、ガラガラと和室の引き戸を開けた。
和室の外には、闇に包まれた廊下があった。
一歩を踏み出すと、足元が畳から木造へと変わり、ひんやり冷たい。
年季の入った木造りの床がギギィと音を立てた。
「ひっ……」
この足音、めちゃくちゃ怖い……
長い長い廊下は、前も後ろも闇に包まれていた。
「フィリアちゃんや
「分からない……」
真っ暗な静かな廊下に、俺と
本気で怖い……
遠くから聞こえるちょろちょろと温泉の流れる水音、ちちち……と虫の泣く声でさえ。
俺の神経はすり減らされて、次第に恐怖に染め上げられていく。
何も異変はない。ただ静かな夜の温泉旅館。
でも……
急に眼の前の死神が飛び出してくるんじゃないかなんて想像してしまい、怖くてたまらなかった。
「は、早くいこ……」
続いて俺も歩いていく。
ギギィ、ギギィ、ギシ、ギシ…
一歩、一歩……
「ねぇっ、
「なっ、なに?」
「この廊下って、こんなに長かったけ?」
「え……?」
心臓が止まりそうだった。
「そ、そんな訳ないだろう? 昼間と違って暗いから、遠く感じるだけだよぉ……」
そう返事した俺の声も、自分の声じゃないぐらい上ずっていた。
「だよね。きっと、もう少しで行き止まり。トイレと温泉への入り口があるはず……」
「あ……!」
同時に声が漏れた。
行き止まりが見えたのだ。
右上には、小さくトイレの表示があった。
「良かった……あったっ」
自然と足が早くなる。
10メートルぐらい先、トイレはすぐそこだった。
ギシ、ギシ、ギシィ……
ピトッ
慌てて俺も足を止める。
「……
「ねぇ、聞こえなかった? 後ろから、足音がもう一つ」
え……?
その次の瞬間
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!!
すぐ後ろから、激しい足音が迫ってきた。
振り返っても、何も見えない。
「いやぁぁあああっ!!」
炎の明かりが消え、あたりは完全な真っ暗になる。
何も見えない、真っ暗、ただ足音だけが響いてくる。
俺は恐怖で声が出なかった。
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!
「ひぎっ!? あぁ、あああぁっ!」
真っ暗のなか、
暗闇の背中から、何かが凄い勢いで迫ってくる。
この足音は、人間ではなく……まるで獣のようだった。
とにかく、戦わなければっ!
もう足音は目の前だった。
俺は反狂乱になりながら、迫ってくる得体の知れない足音へ、拳を半ばヤケクソで振るった。
ビュンッ!!
しかし…
足音が消えた。
え……?
つかの間の静寂……
なにも聞こえない。
ドゴンッ!!
「ぅやぁぁあああっ!!!」
後ろで、
「
振り返る俺。
そこには、化け物がいた。
姿やカタチや大きさは暗くて分からない。
「痛い痛いっ!! 助け……助けてぇっ!!」
泣き叫ぶ
俺は恐怖で震えながらも、
ビュン……
しかし、俺の拳は
ドゴッ!!
直後、首に鋭い痛みを覚えた。
上から首もとを
「ぐふっ!」
俺は耐えられず、前に倒れ込んだ。
ドゴッ!!
床に叩きつけられて、冷たい床の
そこへ、化け物が飛び乗ってきた。
バキッ! ゴキッ!!
背中と後頭部を
何が起こった。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
助けてっ
死にたくない……
俺は全身に力が入らないまま、ただ目の前に倒れた、
「きゃぁぁあああああぁあああぁああああ!!!!」
その時。
甲高い女の子の悲鳴が遠くから届いてきた。
フィリアの声ではない、もっと高い声だ。
俺は恐怖のあまり、腰がくだけそうだった。
「・・・――――・・・!」
俺の上に乗っかった化け物が、なにか小さな声で呟いた。
俺を殴っていた手がピタリと止まる。
「・・・――、―――・・・!!」
化け物の声も、可愛らしい女の子みたいな声だった。
何言ってるのか、うまく聞き取れなかったけれど、
俺の上に乗っかった体重はフッと軽くなり。
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!!!
化け物は忙しい足音とともに、トイレの方向の奥へ、温泉の方へと走り去っていった。
どうやら、見逃されたらしい。
ドクドクドクドクドクドクドク……
心臓の音が地鳴りのように響き渡る。
あれだけ叩かれても、そこまで傷をおっていないのは、俺のレベルが高いからだろうか?
「
俺は恐怖に震えながら、膝立ちになり、
「
そのまま俺たちは、強く強く抱きしめあった。
「うぅぅ……あぁああ……怖いぃ……怖いよぉぉ……」
俺も涙が止まらなかった。
「だいじょうぶか……?
「だいじょうぶじゃ、ない……もうやだ……あぁああぁ」
互いに互いの体温を探り合う、少しでも安心するために……
「キス……しよ。怖いのマシになるかもしれない……」
「そうだな、んんっ……」
ぐちゅ、ちゅ、んん……
湿った長い舌には、ちゃんと体温があって。俺たちの冷えた心臓をじんわりと温めてくれた。
んん……ちゅぅ……
じょろじょろろろろ………
ふと、膝下で水音がした。
下半身から太ももにかけて、じんわりと暖かく湿った感触がした。
「あ……うそ……」
少し遅れて、俺も気づいた。
俺と
目からは涙を
下の方では、仲良くおしっこを
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