第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編
五十四発目「三十年前の足跡」
キスを終えた俺たち四人は、しばらく手を繋いで、昇ってくる太陽を見つめていた。
美しさのあまり、息がとまりそうだった。
ただ静かに、しんしんと、雲海の向こうから昇ってくる太陽。
この世にこんなに美しい景色があるのかと、夢じゃないかと疑うほどに。
「
隣の
俺の左手と
「お母さんにも、お父さんにも見せてあげたい……」
「
俺はふっと横を向くと、
「
「おかしいな……っ、いつもは口うるさくて、勉強しなさいしか言わない両親なのに……会いたいっ……寂しいよ……
ひくっ、ひくっと喉を詰まらせながら、
「おいおい、大丈夫か
フィリアが心配そうにこちらを向く。
「
慰める、と言ったって、
俺が慰めても、
でも……
震える
「うぁあぁあああっ! あぁああぁああっ!!!」
美しい日の出を眺めて、ふと現実世界の両親のことを思い出したのだろうか?
いつも俺より大人に見えている
俺は何も言えなかった。かける言葉が見つからなかった。
ただ縋りつく胸を貸してやることしか出来なかった。
「ありがとうっ……
少し戸惑った。
好意を向けられるのは嬉しいけれど、俺は無力だ。
フィリアや
「ありがと……服よごしちゃってごめん……」
目を赤く腫らした
「
フィリアは
「あの、フィリアさん。俺は?」
「お前はまだだ
俺はまだ、応用スキルを身につける段階にないらしい。
「そう落ち込むな
「そうだよ
「でも一つ言わせて、
"【
「えぇっ!? 俺の渾身のネーミングセンスだぞ!! オ◯ニーをもじって付けたんだ」
「そんなこと分かってるわよ。 なんでそうしたのっ?? 恥ずかしくないのっ??」
「恥ずかしい訳ないだろう! 俺はオ◯ニーに誇りを持っている!
俺たちがオ◯ニーによって、何度命を救われたと思ってる!
俺たちが今生きているのは、すべてオ◯ニーのお陰なんだぞっ!」
「まあそりゃそうだけどっ。 はぁもう良いわっ。そんなにオ◯ニーが好きなら好きにしなよっ、変態彼氏っ!」
………
しばらく静寂が訪れた。
そして。
「ぶふっ、あははっ!!! くくっ!」
俺たちは同時に笑い出す。
まったく、何を言い争っているのか。
ああ、平和だ。幸せだ……
「なあ二人とも、
フィリアがドン引きした様子でそう言って、
俺たちは日の出を後にした。
振り返ると、そこには大きな窪みがあった。
クレバスというべきか。
マグダーラ山脈の山頂は、火山口のような大きな凹みがあったのだ。
俺たちは足元を確かめながら、蟻地獄のような雪の斜面を、凹みの中心へと降りていく。
「凄いな……ここがラストボス
【
ラストボス、【メディシン・阿修羅】??
聞き覚えのある響きに、俺と
「あぁ、30年前。ここで攻略連合軍が【メディシン阿修羅】を倒し、薬の大ダンジョン、マグダーラ山脈は攻略されたんだ」
フィリアがそう言った。
「懐かしいな。私がまだ2才の頃か。絵本で読んだのを覚えている。 確かバーンブラッドもその部隊にいたんだよな」
「あぁ、攻略隊二百人のうち生き残った10人。その中の一人が、当時15才、のちの"六人目の英雄"【バーン・ブラッド】だ」
フィリアがそう繋ぐ。
【バーン・ブラッド】
どこかで聞いたことがあると思ったら、
確か【バーン・ブラッド】さんは、温泉型モンスター【天ぷらうどん】に殺されたと話していたな。
「15才か、信じられん……アイツほどの強さがあれば、フィリアをどんな敵からも守ってやれるだろうなぁ……羨ましい」
誠也さんは十分強いと思うけどなぁ。賢者になれる俺が言えたことじゃないけど。
それにしても【バーン・ブラッド】さん、どれほど強かったのだろうか?
俺が今まで出会った中で一番強かった相手は、間違いなくラスボスの【スイーツ阿修羅】である。
次に、マルハブシの毒が回って動きが鈍って来た状態の俺と、ほぼ互角の強さだった「シルヴァ様」。
マナ騎士団と呼べれていた背の低い白い仮面である。
三番目に来るのは【天ぷらうどん】か【スティムパーリデス】だが、水中では呼吸が使えなかったこともあり、厄介だったのは間違いなく【天ぷらうどん】だったな……
「さあ、ついたぜ中心部。このあたりの床に、転移魔法陣の入力装置があるはずだ。
フィリアの指示で、
雪のすぐ下には床があり、円対称の複雑な魔法陣の模様が床一面に広がっていた。
「これは、このボス部屋ごと転移する転移魔法陣だ。 ボスを倒した勇者への報酬のある部屋、宝物庫へと転移してくれる」
「宝物庫!? 宝物があるの!?」
フィリアの言葉に、
「何年前に攻略されたと思ってるんだ。もう全部回収済みのスッカラカンだぜ。でも、面白いことが出来るぜ」
フィリアはニヤリと笑い。しゃがみこんで魔法陣の模様の中心に手を当てた。
「じゃあ、転移するぞ……」
俺たちはフィリアに頷いた。
転移魔法陣が青白く光る。
ボス部屋全体。半径100メートルぐらいが光に包まれて、朝陽のオレンジと干渉して幻想的なイルミネーションを作り出している。
「ねぇ、
「洞窟の中でさ、ボス部屋と一緒にクラスメイトが消えたのって、これと同じように転移しちゃったからなのかもね」
「え……?」
転移、転移、クラスメイトと逸れる……
ああ、ボスを倒した後、
「たぶんそうだと思う。クラスメイトは実際この世界のどこかに居て、指名手配されてるらしいからな……」
そして、視界は真っ白な光に満ちて、全身が灼かれるような感覚があった。
でも、熱くない……
俺は意識を手放した……
★★★
フッと目が覚めた。
そこは、真っ白な光に包まれた空間だった。
四角い大きな部屋だ、床も壁も天井もすべて、柔らかい白い光で輝いていた。
「これが、大ダンジョン討伐の報酬、宝物庫だ。
30年前攻略連合軍が、死闘の末に辿りついた場所……」
フィリアが、俺と
「不思議……影がない……」
となりの
本当だ。確かに俺の足元を見ても、身体の影が消えていた。
「さぁ
「お、おいフィリア、本当に大丈歩なんだろうな?」
「安心しろ、もし怪我しても直してやる!」
「でも、痛いのは嫌だぞっ!?」
フィリアと
何の話だろうか? と眺めていると。
フィリアが、背中のバックの側面に付いた短剣を手に取った。
その短剣の胸の前で抱えて、グッとしゃがみ込み。
ダンッ!!! と地面を蹴って、
フィリアはその短剣を振りかざし、誠也さんを斬りつけようと……
「おい、フィリア、信じてるからなっ……」
恐怖に震えた声の
フィリアの握った短剣は、
ピタッ……
ギリギリの所で、短剣が止まった。
一時停止したと言うべきか。
音も反動もなく、勢いよく振りおろされたフィリアの短剣がピタリと空中で静止したんだ。
「ほら、すげぇだろ!? この宝物庫の空間は、神様の力で
宝物庫での報酬の奪い合いを避けるための、神様の数少ない配慮だって言われてる。
物理攻撃も魔法攻撃も、絶対に人間同士に当たらないんだ」
フィリアは興奮気味に説明した。
つまり、なるほど。
この空間は宝物庫、人同士が殺し合いを出来ないルールになっているという事。
「なんかゲームのシステムみたいだね。ねぇ、ちょっとコッチ向いて?」
俺は声のする方へ振り向いた。
ゴッ!!!!
「あれっ!? なんでっ??」
動揺する
俺は
見事に鼻っ面を、ぶん殴られた。
「ゆ、ゆきむねっ!!?」
「ちなみに、軽めの攻撃からは守ってくれないからな。って、手遅れだったか」
フィリアの声が聞こえる。
ジーンと鼻先に衝撃が走る。
俺の身体は後ろに倒れ込み、地面にゴツンと激突した。
「
俺は後頭部に床で殴打して、衝撃が脳内を駆け巡り……
「あれ?? 痛くない……?」
あまりの衝撃に、俺は声を漏らした。
「え? 痛く、ないの?」
俺の顔を覗き込む
「この部屋にいる間は、痛覚を感じないし、もし怪我しても自動で回復魔法をかけてくれる。
ダンジョンの宝物庫は、世界で一番安全な場所だ」
フィリアが解説をしてくれた。
なるほどここは、ゲームの世界でいう安置か。
絶対に攻撃されず、死なない場所。
「もういっそココに住みたいなぁ……世界一安全なんだろう?」
「ばか言うなよ
それに、故郷で
「そうだったな。それで、この白い部屋からどうやってでるんだ?」
「そりゃ当然、もう一度転移魔法陣で転移するんだ」
フィリアはそう言って、床に手を当てると、呼応するように青く光る転移魔法陣の模様が浮かび上がる。
「次はもう地上の外だ。転移するぞ」
フィリアの合図とともに、空間が真っ白な光に包まれていく。
ギュッ……
尻もちをついたままの俺の前で、
「ごめんなさい
そういって頭を下げる
「いや、びっくりしたけど、なんかスッキリしたよ。
好きな女の子に思いっきり殴られるの、なんか新鮮で気持ちよかった」
「え? ど、ドM??」
ドMだと誤解されてしまった。
空間を白い光が包み込む。
ギュッと目を瞑り、目を開けると。
目の前にひろがるのは、地上世界だった。
★★★
目を開けるとそこは、まだ微かに薄暗い、夜明け前の森が広がっていた。
俺たちはゆるやかな崖の上に立っていた。
眼下には、なんてことのない、どこにでもありふれた森景色が広がっていた。
「これが、大ダンジョンを制覇した戦士たちが見る、最初の地上の景色か、
なんというか、地味だな……」
「当時は大勢の人が待ち構えていたらしいぜ。ほら見ろあそこ、記念碑が残ってる」
フィリアが下を指さすと、そこには縦に長い石碑があった。
「まあマグダーラ山脈は人里から離れてるから、ダンジョンの攻略後調査が済んだら、どんどんと人が減っていったそうだ。
それにこの辺りは不穏な事件も多くてな。
名のある戦士たちの原因不明の死亡事件が重なったんだ。
マグダーラ山脈周辺は、呪いの森とか死の森とも呼ばれてるんだ」
後ろを振り返ると、すぐそこには高い高い崖があった。
高い崖は斜め後方へ、鋭い角度で天へと伸びていた。
ゴツゴツと岩肌を見せながら、雲の向こうへと、続いていた。
「凄いね。私達、あの上にいたんだね」
「この崖の先に、あの親鳥の巣があるのかもな……わかんねぇけど。 元気にしてるといいな」
フィリアも上を見上げながら、そう言った。
「あ……ねぇ見て行宗っ! 光が降りてくるっ!」
すると、高い高い薄暗い崖に、上から明るいペンキが塗られていくように。
日光の当たる面が、ぐんぐんと高度を下げて下へ下へと迫ってきていた。
「二回目の日の出だ……」
みんなで、東の空を見た。
遠くの山際から、太陽が顔を出して、周囲を明るく包み込んだ。
「す、すっごっ! まさか一日で、日の出を2回見れるなんてっ!」
「そうか、高い山から降りてきたから、
「オレも初めてみたぜ! 七年前にここに来た時は、地上の空は曇っていたからな!」
フィリアがそう言った。
それにしても、凄い経験だな。
「スマホがあればなぁ……写真に残しておきたいのに……」
「そうだな。目に焼きつけないとな……」
そう答える俺。
そういえば、この世界に来てからスマホを見ていない。
毎朝スマホでオカズを探し、VTuberの配信とアニメを見るルーティンも途絶えてしまった。
まあそのかわり、俺の隣には
さて、早く
「なあフィリアさん。ここからどうやってアルム村まで戻るんだ?
「おいおい
オレは獣族、誠也は王国軍からの脱走者、見つかったら終わりなんだぜ?」
フィリアは顔を真っ青にしながらブンブンと首を振った。
「森の中をまっすぐ進めばいい。コンパスさえあれば私が案内できる。方向音痴のフィリアも安心してくれ」
「てめぇ
「私と出会ったときの事を忘れたのかフィリア? お前はマグダーラ山脈を目指していたが、一周回って元の場所に……」
「うわぁぁ、言うな言うなっ! あれは仕方ないだろっ! コンパスが壊れたんだからっ!」
フィリアは顔を真っ赤にして誠也さんを小突く。
仲がいいな。この二人。
隣を見ると、
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