五十三発目「夜明けと隣の君」


 俺の戦いが終わっても、

 フィリアの戦いは終わっていなかった。

 エルヴァルードが倒れて安全が確保されて、フィリアは【ステュムパーリデス】に駆け寄った。

 目の色を変えて、涙を流しながら、必死に治療を施していた。


 そして……

 フィリアの思いが届いたのだろう。

 【ステュムパーリデス】は息をふきかえして、自力で立ち上がった。

 その身体には、もうほとんど傷が残っていなかった。

 もともと回復力の高い鳥らしい。

 フィリアもその生命力の高さに驚いていた。













 

―フィリア視点―



「ギャォォォォ!!」


 と、オレの命の恩人、【ステュムパーリデス】の親鳥は、大きな声で鳴いた。

 もう心の声は聞こえなかったけど、

 オレに感謝してくれているのはよく分かった。


「……ありがとうな。お前と会えてよかった。死なないでくれてよかった」


 白く美しい毛並みをでながら、オレは別れを惜しんだ。


「お前も、頑張れよ。ちゃんと子供鳥を育てるんだ。 硬い骨とか、変なものを食べさせるんじゃねぇぞ」


「ギュルゥゥ」


 オレの言葉に答えるように、友だちは大きなクチバシをオレに添わせた。


「……じゃあ、さよならだ。 オレはお前が集めてくれたキルギリスの骨で、死にそうな父さんを助けにいかなきゃいけない。

 お前も、子供が心配してるだろ? 早く帰ってやらないと」


「きゅぉぉお……」


 親鳥は、寂しそうな声で、オレの身体に身を擦りつけてくる。

 あぁ……ずるいな……

 すっかり情がうつっちまった。

 別れたく、ないな……


「ギャォォォォ!!!」


 ステュムパーリデスは、一際大きな声で鳴くと、

 オレから離れて距離を取った。

 そしてゆっくりと後ろを向いて、バサリと、夜空へと舞い上がっていった。


「じゃあな。また会おうな。……っっ……」


 アイツには、最初は餌にされかけた。

 でもオレを助けてくれた。命を懸けて。

 子供のために吹雪の中でも餌を探しにいく、優しい優しい奴だった。


 オレは、泣いていた。


「っ……うぅっ………あぁっ……」




 ぽんっ、と大きな手が、オレの頭の上に乗っかる。

 その手は、オレの頭を優しく撫でた。

 また涙がこみ上げる。

 うまく言葉に出来ないけれど、オレの心は今、凄く洗われていた。


「なぁっ……誠也せいやっ……!!」


「なんだ? フィリア」


「動物のアイツと、獣族のオレが、友だちになれたんだぜ……

 人間と獣族が、仲良くなれないわけないよな、なぁっ……」


「っ……あぁ。そうだなっ。その通りだっ」


 誠也せいやに背中から暖かく抱きしめられた。


 ふと、王国軍に捕まったときに受けた、狂気の仕打ちを思い出して、胸がゾッとした。


「王国軍の奴らに捕まって、オレは……オレは……死ぬよりもつらい目に遭わされたっ……!! 人間なんてみんなクズだ、死んでしまえと思ったこともあった……」


 ずっと我慢してきた。辛かった思い。

 王国軍の奴らにつけられた、心と身体の傷。

 はじめて誠也せいやに弱音を吐いて、オレの心は少しだけ、軽くなった。

 

「そうか……そうだよなぁ、辛かったよな。

 ずっと心配してた……

 フィリアが元気そうだったから、話題に触れないでおいたんだ……

 ごめんなぁ……全部、私のせいだ……」


 誠也せいやのせいじゃないよ。

 そう言いたいけど、そうじゃない。

 誠也せいやはオレに出会う前、ガロン王国軍だったのだ。

 オレと同じような獣族をさんざん殺したと、正直にオレに話してくれた。




「でも……それでもオレは、夢を見ているんだ。

 獣族と人間が、手を取り合って仲良くできる世界。

 父さんの描いた理想を、オレは叶えたいんだ……

 オレは誠也せいやに会えてよかった。

 あの時、誠也を助けて良かった。

 オレはな、誠也せいや

 ……お前のことが、異性として、だ、大好きだ」



「え??」










誠也せいや視点―


 私は、フィリアの言葉に、耳を疑った。

 いやもちろん、納得はした。

 私達は両思いかもしれないと、浮かれていたこともあった。

 でも、私達には年齢差がある。

 私は32歳で、フィリアは14才程度。

 こんなおじさんが、可愛い女の子に好かれるわけがないと、どこかで思っていた。


「なぁ、オレは、気持ちを伝えたぞ?? 誠也せいやは……オレのこと、どう思ってる、んだ?」 


 フィリアは、不安そうに肩を震わせた。

 私に背中を抱かれたまま、前を見つめながら……


「もちろん好きだ。お前を愛してる、フィリア。 ずっとずっと好きだったっ」


 私は間髪入れずに叫んだ。

 フィリアを一刻も早く、安心させたかった。


 フィリアの肩をぐるりと回し、フィリアと向かい合せになった。

 振り返ったフィリアは、ネコ耳をピクリを立てて、顔を真っ赤にして、

 ポロポロと泣いていた。


 私も泣いていた。

 嬉しかった。

 好きだと言って貰えて、心が通じあえて、

 初恋の女の子を殺されて、復讐に燃えた22年間。

 ずっと凍っていた心が、ようやく救われた気がした。


「フィリア……私はお前の優しさが好きだ。

 どこまでもお人好しで、困ってる人をほっとけなくて、でも絶対に諦めない強さが好きだ。

 私はフィリアの匂いが好きだ、頑張ってる匂いがするんだ。

 私を好きになってくれて、ありがとうフィリア……」


 私がフィリアを褒めると、フィリアは真っ赤な顔で、キョロキョロと目を泳がせた。


「なっ、ズリぃぞっ! だったらオレも、誠也せいやの好きなところを言ってやる! 

 オレは、誠也せいやの全部が大好きだ。愛してるっ!

 はじめて会ったときから、運命の人だって感じてた!

 男らしくてお人好しで、獣族のオレに手を差し伸べてくれた。

 これからもずっと、オレは、誠也せいやと一緒じゃなきゃいやだっ!」


 こんなにまっすぐ、好意を向けられたのはいつ振りだろうか?

 気恥ずかしくて、照れてしまう。

 私達は、たぶん、似たもの同士だ。

 真面目で、頑固で、お人好しで努力家。

 似たもの同士で、お似合いだと思った。

 運命の相手だと思った。


「だから誠也、オレと結婚してくれ!

 獣族と人間が仲良く笑い会える世界。誠也せいやとオレなら叶えられると思うんだ。

 それだけじゃないっ、

 結婚して、子供をいっぱい作ってっ! 

 おじいちゃんおばあちゃんになって死ぬまで、オレは誠也と添い遂げたいっ!」


 フィリアのその言葉を聞いて、

 私はもう、我慢の限界だった。


 真剣な顔のフィリアに、ギュッと抱きついて、ひと思いに抱きしめた。

 そして、半開きの唇に、私の唇を重ねて、

 フィリアの口のなかに、じゅるりと舌を入れ込んだ。


 ぐちゅぐちゅぐちゅ……


「んんっ!! んんんっ……んん!!」


 突然の深い接吻に、フィリアは一瞬身体をビクつかせたが、

 すぐに私の舌を受け入れて、私の首へと両腕を回した。


 キス、キス、キス……

 絡まりあって、求め合う。

 フィリアの柔らかくて熱いからだ、もふもふとした髪の毛に立派なネコ耳。

 互いに互いを求めあい、幸せのなかで舌を絡めあった。

 可愛い、可愛い……可愛いフィリア。

 こんな女の子と、私は結婚できるのだ。


「あぁ、結婚しよう。絶対にフィリアを幸せにする。一緒に二人で、幸せになろう……」


 私はそう言って、またフィリアとのキスを再開した。

 キス、キス、キス、キス、キス……

 時間も忘れて、しばらくの間。


 ふと二人で我に帰ったとき、

 行宗ゆきむねくんと直穂なおほさんが、ニヤニヤと私達を見ていたので。

 二人で顔を真っ赤にして、恥ずかしくなった。












―フィリア視点―


 ありがたい事に、

 誠也せいやたち三人は、オレを探している間。集めるべき薬剤モンスターを捕まえておいてくれたらしい。


 そこに、今まで集めた分と、行宗ゆきむねが倒してくれた【ステュムパーリデス】と、

 オレの手に入れた【キルギリスの骨】を合わせると、


 浅尾あさおさんとオレの父さんの治療のための薬材は、すべて揃った。


 つまり、あとは帰るだけだ。

 今は出発してから4日めの早朝。夜明け前だ。

 浅尾あさおさんの延命のリミットは、あと3日。

 あと3日以内に、なるべく早く、アルム村へと帰還する。


 オレは誠也せいやと手を繋いで、ボス部屋跡地と転移魔法陣の存在する、マグダーラ山脈の山頂を目指した。

 直穂なおほ行宗ゆきむねも、隣で手を繋いで歩いていた。


 山頂に近づくにつれて、傾斜は急になっていった。

 見下ろせば雪景色が広がっていく。

 もうすぐ山頂ということで、だんだんと、星空が明るみを帯びてきた。

 もう夜明けだ。





 ちょうど山頂についたとき、

 東の空から、ギラリと陽光が差してきた。


 日の出だ。


 その美しさのあまり、俺たち四人は、あっと息を漏らした。


 山頂から見える景色は、マグダーラ山脈が大きすぎる上に、

 遥か下で雲海に覆われているため、地上はほとんど見えなかった。

 

 

「綺麗だな……フィリアに負けないぐらいの美しさだ」


 誠也せいやが見惚れたような声で、ぽつりと呟いた。


「なんだよそれ」


 誠也せいやが変なことを言うもんだから、思わずツッコんでしまった。


「オレさ。7年前に家族、父さんと母さんと、ここで日の出を見たんだ。

 あの時と変わらず、凄く綺麗だ」


 ギラついた太陽から、オレは目が離せなかった。


 朝の冷気、霧の匂い、雲の香り、誠也せいやに握られた手の暖かさ。

 その全てが震えるほど美しくて、幸せで、

 永遠に感じていたいとさえ思った。


「見てるか神様、オレ、新しい家族を連れてきたぞ……」


 太陽に、ぽつりと話しかけてみた。

 ここは世界で一番、天に近い場所。

 女神さまも、祝ってくれるかもしれない。


「ふふ」


 隣の誠也せいやが笑った。


「私達の子供が出来たら、またここに連れて来よう」


 誠也せいやの言葉に、オレはイケナイ想像をしてみる。

 子供を作るってことは、アレをするんだよな。

 気持ちいいといいな。

 王国軍にやられたときは、辛いだけだったから……


 オレと誠也せいやの子供か……

 ふふ、一体どんな顔をして生まれてくるのやら……?





「いや、子供は連れて来れないよ。迷子になったら大変だ」


 オレはふと、7年前にここで迷子になった経験を思い出し、慌ててそう言った。


「そうだな。今回も危なかった。

 遭難して死んでておかしくなかったからな。

 死にかけた私が、フィリアと出会えて、こうして二人で生きのびて結ばれたことは、これ以上にない奇跡だ。

 女神様に感謝しないとな」


 間違いない。

 いくつもの危険を乗り越えて、何度も奇跡に助けられて、

 オレと誠也せいやは、こうして手を繋いでここにいる。

 

「なあ誠也せいや、ここでキス、してもいいか? 

 なかなか簡単に来れる場所じゃないからな。

 ここでのキスを、一生の思い出にしたいんだ」


 そんな提案をしたオレの声は、震えていた。

 自分の好意をまっすぐに伝えるのは、まだまだ慣れなくて、緊張する……。

 すごく恥ずかしくて、ドキドキして……

 心臓の鼓動がドクンドクンと脈をうつ。


「そうだな。私もそうしたいと思っていた」


 誠也せいやも、オレと同じように照れあいながら、

 オレに正面から向かいあって、オレの肩に手を乗せ、顔を近づけてくる。

 オレはそっと目を閉じる。


 チュ……


 誠也せいやは優しく、軽いキスをした。

 陽の光に照らされて、キスする二人を暖かく照らす。


 ふと目を開けると、

 直穂なおほ行宗ゆきむねもオレたちと同じように、

 二人同士で抱き合って、唇を重ねていた。


 オレはまた目を閉じて、愛しい誠也せいやに集中した。




 雪山の山頂に、四人の男女。


 陽光が差し、2つのカップルは、長い影をつくりながら。


 大好きな君と、幸せな時間を分かち合っていた。

 


 

 




 《第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編 完》

 これにて、執筆ストックが尽きました。

 毎日更新は今日で終わりです。

 基本的に、私は一週間に1話か2話しか執筆できません。

 よって、これより「不定期更新or書き溜めてからまとめて更新」になります。すみません。

 

 次の章のタイトル発表!!!!


《第五膜 こぼれた朝露、みつの残り香編》


 連載開始からずっと書きたかった章が、ついにはじまります!!

 頑張って書いていくので、応援よろしくお願いします!!

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